第14話 地下洞窟
あのあと、山の破壊神ことビモーフーが十匹くらいやってきた。見えている分だけで満足してくれたかと思ったが、ムーテのバイオリンの音はかなり広い範囲に届くらしく、次から次へとやってきた。
ちなみに、ノラニャーとカルカルは、姫と相談の上、カルカルだけ食べることにした。
そんなこんなで、美味しいご飯をお腹いっぱい食べて、今に至る。
姫の言う通り、あれだけあった肉が残らずすべて、小さな体に吸い込まれて消えた。肉だけでも姫の体積の三倍はあったと思うのだが、果たして、いずこへ。
その後は、三人揃ってはしゃいでいた。長い時間をともに過ごせばそれだけ慣れるものだ。あと、夜になると、なぜかやつらは元気になる。そんな、夜という薬が三人の距離を少し縮めてくれたようだった。
ちなみに、耳の上の高い位置で二つ結びにする遊び――ふたちょん化が横行していて、俺までムーテにふたちょんされてしまった。
その後、子どもたちの風呂やら歯磨きやらの間に、モンスターが入ってこられないよう、魔道具で結界を張って回った。一度設置すれば綻びがない限りは有効となる。ムーテがいるため、動物たちも見張ってくれるとは思うが、念には念を入れておく。
そうこうしてやっと落ち着いたときにはすでに、三人揃って眠ってしまっていた。トーリも今日はぐっすり眠っていて、少し安心だ。その幼い体に毛布をかけておく。ちなみに、俺はまだふたちょんのままだ。
「ラーウ?」
「ふたちょんに目覚めたわけではない。断じて。ただ、みんなにウケるから味をしめただけだ」
「ラウラ……」
リアに呆れられてしまった。風呂から出てきたときも大ウケだったのでこのままにしていたが、もう誰も見ていないし、悲しくなってきたので、解くことに。
「いてっ。くっそ、ツタに髪の毛が絡まってやがる……」
「ラーガブッ」
リアが歯でツタを噛みちぎってくれると、俺の燃えるような青髪がハラハラと落ちて、何本か犠牲になってしまった……。
「ああ、髪が……。まあ、すぐに生えてくるか。――よし、行こう」
「ラウ」
背嚢を前に抱えリアを頭に乗せて、山頂の崖から飛び下りる。坂を滑り平地を駆け、あっという間に麓に下りる。俺一人なら、このくらいの山、なんてことはない。
背嚢を開ければ、命の石には傷一つなく、月明かりを受けて青く輝いていた。
「確認したいことがあってさ。悪だくみは夜にするものだろ?」
どれだけ警備を頑丈にしようと、人が成すことには必ず、欠陥がある。
東は水の魔国に近いため、他国よりも一段と厳重な警戒態勢が敷かれている。
「ラウ?」
リアが警備を超えられそうか、心配して聞いてくる。普段の警備なら容易く対処できるし、リアも心配しない。ただ、
「――もうすぐ、戦争が始まるからな」
そんな時勢を鑑みれば、リアが心配するのも無理はない。が、そんな顔をさせてはおけないので、くしゃっと頭を撫でる。
「大丈夫。人間たちは戦争が起こるとは思ってないよ。それに、特に戦争が起こるからといって、警備を増やしたりもしない。前の戦争でも圧勝してるし、魔法降天から七年が経っても何も起きてないからね。――要は、魔族を下に見て愚かにも安心してるってことだ」
山も砂漠もその向こうも、すべてヘントセレナという一つの国ではあるが、東西の間に広大な砂漠を挟む上、西は戦争とは無関係。そのため、当初は西に行く予定だった。
なお、砂漠とラスピス山はヘントセレナの領土ではあるものの、放置されている。重要なのは都市部の防衛であり、それ以外に手が回らないのだろう。
結果として、東西ヘントセレナの門は国の内部、山麓付近に設けられている。砂漠も国と考えれば入国自体に審査はないが、都市部には魔族は基本的に入れない。
「とはいえ。昔より技術が進歩して、ずいぶんと厳重になったね。どうやっても越えられる気がしないや」
「ラウ……」
「越えられそうな雰囲気出せてた?それはよかった」
呆れたといった様子で、リアは俺の頭から飛び降りた。
昔ここに来たときは、せいぜいが人の背丈を少し伸ばしたくらいの柵と、針のついた返しで仕切られている程度だった。柵の向こうはしばらく何もない草原が続いているのがここからでもよく見えたものだ。
それが今。魔法により建てられたのであろう石壁は、五階建てくらいの高さがあり、威圧感もさることながら、その向こう側も窺い知ることはできない。
「一足飛びで越えるにしても、壁の向こうが見えないんじゃあ危険だし。警備も、うじゃうじゃいる。出入り口はどう見ても一つしかなさそうだし――強そうなのがいっぱいだ。こんなの、どうやっても無理だろ」
「ラゥ、ラーラー?」
そう言って、リアが足元にすり寄ってくる。
「――俺はもう、ムーテみたいには戻れないよ」
その背を撫でようとすると、ふいと避けるように俺から離れ、少し離れてちょこんと座った。
「ルゥゥ……」
機嫌を損ねてしまったらしい。これは、一人でなんとかするしかなさそうだ。
「んー……。全員、殴り飛ばすか」
「ガブッ」
「いてて」
チリリンに刺されても痛くなかったのだから、リアに噛まれたところで当然、痛くはない。肉体的には。
「どうしようかな――」
そのとき、つんと、肩を叩かれる。なんだかじんわり、肩こりが治っていく気がする。なんだろうと振り返れば、そこには見覚えのある暗褐色の巨体が――。
「チリリン――。てか、速いなっ?」
「チリチリ」
山の地下にトンネルを開けるのに一日かからないとは、恐ろしいやつだ。褒められて嬉しそうにチリチリ言っている。
……しかし、ここにいられると都合が悪い。眠らせるのも一つの手だが、敵に回すと排除するしかなくなる。レイが悲しむので、できれば避けたい。となると、上手く誤魔化して。
「チリチリ、チリ、チリチリチリ」
何を言ってるのかさっぱりだ。
「リア――」
は答えてくれそうにない。ご機嫌斜めであった。
「チ、チリ?」
「あーごめんな、チリリン。リアは機嫌を損ねると高くつくんだよ。ちょっと我慢してくれ。俺たちはこの中に入る方法を探してるんだ。中で飼い主を見つけたらチリリンを迎えに来るから、ここで待っ――」
「チリ!」
それなら任せて!とでも言わんばかりにハサミを振り上げてジャキジャキ鳴らすと、ハサミで俺を掴み、背中に放って乗せた。人の話を聞いちゃいない。
「あ、待って。大変に嫌な予感。リア、背嚢を――」
「チリチチチ」
渋々といった様子で背嚢を咥えて乗り込むリアをしっかりと抱きかかえて、掴まれるところに掴まっておく――。
「チチチチチチチ――!」
急に雄叫びを上げ――否高速チリチリを唱えると、門に向かって猛ダッシュを始めた。子どもたちを乗せて砂漠を渡ったときは手加減していたのがよく分かる。
「なんだあれ……?う、うわあっ!!なんだあのサソリは!?」
「あばばびゅああ」
風圧で口が閉じられないほどの速さで壁に突進――と見せかけて飛び上がり、そのままの勢いで壁を駆けていく。振り落とされそうになるのを、尻尾に掴まってなんとか耐える。
向かう先には返し――反り返る壁がある。垂直を越えても、サソリというのは張り付いていられるものか。
否、無理無理無理無理。普通のサソリならともかく、この質量を支えられるわけがない。
「おまぇのしふひょーらむぅぃあばばば」
「チリチリー!」
ドーン!
チリリンは足で返しに穴を開け――東ヘントセレナに侵入した。
返しになっているその内側を渡っていく。
「リア、大丈夫か?」
「ラゥゥ〜……」
「怖かったよな、可哀想に……。穴開けられるなら、最初から登る必要なかっただろっ」
「チリッチ」
「ラウ」
「下の方に穴開けたら壁が崩れるかもしれないからって……上の方だと修理しづらいだろうが」
「チリっ?」
「えっ、みたいな反応だな。そりゃあ、人が魔法を使ったって、魔法で空を飛べるわけじゃない。それに、ここは人間の国だ。この高さから落ちたら普通に死ぬぞ」
「チ、チリ……!」
ショックで力が抜けて、ザリザリと少しずつ、返しの上を滑り落ちていく。
「壁を降りてから落ち込め!」
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