第13話 姫
モンスターが集まり向かいくる光景に、バイオリンの戦闘音楽が合わさって、ことさらに心が躍る。
だが、俺は今、一人ではない。
俺一人なら別に、食べられようと溶かされようと、大した問題にはならない。
けれど、ムーテを守りながらとなると話は変わってくる。主に、理性を保たなければならないという点で。
「今度からは、先におねだりするようにね」
「はーい」
確信犯の可能性もあるし、本当に反省しているのかも疑わしいが、まあいい。
音楽に釣られて、向かい来るモンスターはざっと、二十体。巨大サソリは釣られていないが、ノラニャーとカルカル――ネコ型、ヒツジ型の姿が多い。
そして、極めつけはビモーフー。牛を三回りほど大きくしたような型のモンスターだ。大木を容易くなぎ倒しそこに道を作ることから、山の破壊神とも呼ばれている。チリリンといい勝負……だと思うが、正直、モンスターなんてどれも同じような強さだ。
「おー、ごちそうが釣られてきたねー」
そう言いながらも、ムーテはモンスターを呼び寄せるバイオリンの演奏を止めようとはしない。
「……こんなにたくさん食べられるのか?」
「残ったら空間収納に入れるよ。残らないけどね。さ、こんなものかな」
やっと、バイオリンを空間収納に戻す。よかった。とりあえずは、見えている限りで満足してくれたみたいだ。
が、この場で動かずに対処するには、いささか、数が多い。
「――ちょっと抱えるね、姫」
「はーい」
ムーテをお姫様のように抱えてまずやってきたのは、山の破壊神、ビモーフー。突進してくるのを跳躍でかわし、黒い背に両足で飛び乗る。
「ビモーフーは大賛成だが、ノラニャーとカルカルは、食べるにはちょっと可哀想じゃないか?」
「ノラニャー、美味しいよ?カルカルも結構好きだし」
ちなみに、ノラニャーは見た目が完全にネコで、違う点と言えば二足歩行することと、人の物を盗むのが好きなことくらい。芸達者でイタズラ好きのネコとしか、俺には思えない。
一方、カルカルはヒツジ型だが、縦半分を境目として左右それぞれが原色で作られた紫と原色そのままの黄色に分かれている。縦列の群れで行動するが目は見えておらず魔力探知――魔力によって視界を得ているとされる。
ネコとヒツジは可哀想だから、ちょっと考えるとして。
――背中から俺たちを振り落とそうと暴れるこのビモーフーだけは、絶対に仕留めてみせる。美味しさが桁違いだから。
そんな意地と根性でムーテを抱えながら、舞うように平衡を保つ。
「すまん。お前だけは間違いなく美味いから、大人しく食べられてくれ……」
「やっちゃえー」
まずは二本ある角。高く売れるので、きれいに折らなければならない。ひと思いに蹴り飛ばしてやろうかと思ったが、今後ムーテにお世話になるにあたって渡せるものが何も無いと、ふと気づいてしまい、足を引っ込める。
トーリがバイオリンを作るには、ラスピスを見つけるのに協力すればいいという話だったが、いずれにせよ、資金調達もしておきたい。
「一気に抜いた方が痛くないしきれいに抜ける、って聞いたことがあるな」
「タペの葉をめくるときみたいな?」
タペの葉は、小さな傷口を塞ぐのに使われる。あれも一気に剥がしたほうが痛くない。
「そうだ。普通の冒険者は倒してから取ろうとするから、粗悪な品しか用意できないんだ。こういうのは、暴れて傷つく前に取るのがコツなんだよ」
「分かったー」
ムーテを片手で抱え直し、両足で乗っていたビモーフーにまたがって、好き放題暴れる背の上で脚力だけで踏ん張る。
「結構、鍛えるのにいいんだよなこれ」
「すごーい。全然揺れを感じない」
「姫を酔わせるわけにはいかないだろ?」
平衡を意識しながら上半身を前に倒し、片方の角をつかんで――思い切り、引っこ抜く。
「モ、モウ?」
ビモーフーが二本ある角のうち一本を失ったことにより、体勢を崩して、倒れそうになる。
「マズいっ!」
姫を抱えたまま、わざと地面に転がり落ちて、倒れそうな巨体を片手で支える。
「角が、傷つく……ッ!!」
強く押し返したらダメだ。ちゃんと力を制御しないと。
見たところ、この牛角は二本とも傷一つないから、かなりの高値で売れる。優しく、優しく、支えてやらないと……価値が……下がる……っ!
「わたし、お金には困ってないよ?」
「そうか。じゃあ、欲しいものを言ってみろ。これを売った金でそれを手に入れてやる」
「お母さんは、お金じゃ見つからないかな」
「それ以外で、だ。バイオリン以外にも世話になるかもしれないからな」
やはり、単純に母親を探すという意味ではないのだろう。大金を払って捜索隊にお願いしてもラスピスは見つからないということだから。
「――ねえ、るじ」
「なんだ、姫」
「あ、姫呼び固定なんだ。あのね、なんでもいーい?」
「バイオリンができたときに、トーリがどれだけ喜ぶかによる」
やっと、ビモーフーを立て直せそうだ――。
「じゃあ。とーりすを、わたしに頂戴」
ドゴオオオン!
……力が入って、ビモーフーを突き飛ばしてしまった。
大木が軽く十本は折れた音がした。が、牛の角とかマジでどうでもいい。どうでもいいと言いつつ、諦めきれないので姫を抱えたまま、追いかける。
「え、何、トーリと結婚したいの?」
「んー……そうじゃなくて。文字通りの意味」
ふっ飛ばされたビモーフーは気絶――いや、これはもう、倒したと言っていいだろう。角は――残念ながら、バッキリ折れていた。
「ってことは……監禁……?」
「ペットに首輪をつけるみたいな言い方だねー。でも、それよりもっと、上の権利が欲しいの」
どういう意味だ。全然分からん。分からんが、新鮮なうちに姫の空間収納に入れたいから、早めに皮を剥いでしまおう。
狩りに行くときは背嚢から刃物を出して腰に下げている。戦うには向かないが、護身くらいには使える。
「例えばね」
と言い置いて、ムーテはビモーフーの折れた方の角を、ひと息に引き抜いた。
「こういうこと。焼いたり、食べたり、食べ残したり。捨てたり、剥いだり、売ったり。目玉をほじくったり、尻尾を切ったり――そういう全部をひっくるめて、とーりすが欲しいの」
それを聞いて最初に思うのは。
「レイよりもやべー子だ……」
「えへへ。……やっぱり、ダメ?」
ダメかと聞かれれば、そりゃあ答えは決まっている。
「いいよ。バイオリンを完成させたらね」
「……殺しても?」
皮を剥ぐ手が滑り、死んだばかりの肉から血液が流れていく。
「ごめんね、悪い冗談。もう二度と、こんなこと言わないから――」
「さっき止めなかっただろ」
「え?」
「いいよ。トーリスを好きにしていい」
確認せずとも、瞳の中の小林檎が回っていることは想像できた。ムーテが何を考えているのかは知らないが。
「それって――」
「そのままの意味だよ。さ、ムーテも手伝ってくれ。いつも自分でやってるんだろ」
先ほどの問いかけ。ムーテがお腹いっぱいでいられたのは、音楽のエサでモンスターをおびき寄せ、自力で倒して食べていたから。
「……せーかい」
ムーテは引き抜いた角で、血抜きした肉を小さな塊にし、空間収納に放り込んでいく。慣れた手つきだ。
「どこにそんな力があるんだか」
「お肉をたくさん食べると強くなれるんだよ」
血で汚れた洋服はどうするのかと思えば――動物たちがわらわらとやってきて、植物の洗浄力を活かしてきれいにしていた。
「――本当に姫だな」
「とーりすに汚れた姿を見せるわけにはいかないから」
その言い方は、まるで、最初からトーリがここに来るのが分かっていて、準備してきたかのようにも聞こえた。
動物たちが手入れをする中、ちらりとのぞく首元に、あざのようなものが見えた気がした。
初めはバイオリンの練習でできたものかと思ったが、なんとなく違和感のあるそれが、心に引っかかりを残した。
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