第6話 ラスピスチェリーの川
山を登るほどに、川の色がみるみる赤くなっていく。下流の桃色程度では興味を示さなかった二人が、今では小川の側を通るたびに近寄っていくほどには赤くなっていた。
「なんでこんなに赤いの?血……?」
「いちごじゃないか?飲んでみたら案外、甘いかも」
「……嘘だね。トーリは今、嘘をついている!」
レイは手に持っている紫のキノコを傘のように持ち、その先端――傘のように尖ってはいない、まんまるぶよ〜んなキノコのカサを、トーリに差し向ける。向けられたトーリがギクッと、反射的に表情を変える。
「な、なんで分かるんだよ」
「やっぱりかあ。イチゴ味の川なんておかしいと思った」
「さては、鎌をかけたな……?」
さささっと、まんまるぶよ〜んなカサでレイが顔を隠す。その両端をガシッと掴んだトーリが、ぬぅっと横から顔を出す。
その怨霊みたいな、「祟りますよ……?」とでも言いたげな変顔が、レイにはツボだったらしい。表情に反してまったく怒っていなかったトーリも、レイに釣られてけらけらと笑う。
本当に仲がいい双子だ。それだけに、見ていて苦しいときもあるが。
「ねえねえルジ、飲んでもいい?」
「いいよ」
「どんな味?」
どんな味、と聞かれたので、すん……と火を消すように表情を落としてみる。
「え、何その顔、怖……。トーリ、先に飲んでいいよ」
「おまっ、人を生贄に捧げようとするな。蛾の幼虫食べられるんだから平気だろ」
「それ、たこ焼き食べれるんだから同じ赤色の血も飲めるよねって言ってるようなものだよ。蛾の幼虫を喜んで食べる人たちに失礼だよ」
「それは、すまん。知らず知らずのうちに傷つける表現をしてしまって……」
「いいんだよ。トーリはトーリのままで、いいんだよ。そういうわけで、先に飲んでいいよ」
「えっ」
よく分からない理論でトーリが説き伏せられている……。タコを食べないのは一部の民族だけであり、蛾の幼虫を好んで食べるのは一部の民族だけ。
――つまりは、おおよそが食べ物だと認識するものと、おおよそが食べ物だとは認識していないものとで、真逆だ。
いつになったら兄に言い返せるようになるのやら。とはいえ、いちご味だと嘘をついたトーリに味方するのもなんだか違うので、今回は黙って見守ることに。俺が真顔を作って遊んだのは置いておく。
それに、賢いトーリなら、頭の中では結果は分かっているはずだ。
トーリが恐る恐る、真っ赤な水に手を差し入れる――瞬間、手を起点として波紋状に、川がみるみる透明になっていく。
「えーっ、なにこれ!」
「ラスピスチェリーの川だな」
目をキラキラと輝かせるレイに対して、ほっとした表情を浮かべるトーリ。そのまま透明な水をすくってごくごくと飲む。
「……飲めなくはないが、砂漠の水の方が美味い」
「どれどれ」
と言いながら、トーリの手に残る水を吸おうとするレイを見て、ばしゃっと、川に流してしまうトーリ。
「あー」
「普通に飲めょぉ……!」
ちぇ、と口を尖らせつつも、自分ですくって飲む。その間も、トーリはレイの奇行に怯えていた。
「ところで、らすぴすちぇりーって、なあに?普通の川の水の味だけど」
レイの問いかけにトーリが自分の
「魔力を発する石のことだ。魔力は水に溶けやすく、溶けると赤色になる。上流の川底にラスピスチェリーがあるんだろうな」
「つまり、魔力水、みたいな?」
「そうなる。ちなみに、今でもオレやレイみたいな八歳未満の子どもが触れれば透明になるが、七年前の『魔法降天』までは誰がすくっても透明になった」
「魔法降天って、七年前に魔法が空から降ってきたってやつ?」
「ああ。七年前のその日、それまで原初の人類と呼ばれるごく一部にのみ与えられていた魔法を八歳以上の全員が使えるようになったんだ。それを、神が空から魔法を降らせたということで、『魔法降天』と呼んでいる」
「へー!そうだ、ルジも飲んでみてよ!」
まったく興味がなさそうで、思わず笑ってしまう。
まあ、大したお願いでもないので、聞いてやることに。俺が手を入れても、川は赤いまま。おー、と小さな歓声を受けて、そのまま口もとに運ぶ。
「どんな味?」
「魔力の味」
なんとも形容しがたい味。レイに甘いのーとか酸っぱいのーとか聞かれるが、うーんとしか答えられない。
――ふと、トーリが引き寄せられるように、山頂を見上げたのが目に入った。
「どうした?」
「いや、なんでも」
と言葉では言いつつも、警戒するように、トーリは背中の
***
少し登っていけば、トーリの警戒の理由が分かるようになる。
「なんか、聞こえる……?」
聞いたことのない楽器の音色だ。弦楽器だと推測はできるが、その音は長く長く伸びていく。
「わ、とと」
「大丈夫か」
足元を通るリスを避けようとしてよろけるレイを、トーリが支える。
「きゅん……」
「ぽいっ」
「ぐへっ」
山道の中でも比較的、硬い石が少なく、土で覆われた地面に、トーリはレイをぽいっと捨てる。お尻から着地していたので、砂に顔面着地したときに比べれば、声の割に痛みはほとんどないだろう。
「しっかし、動物の気配が異常に多いな」
曲がはっきり聞こえるようになるに連れて、歩きづらいほどに地面が動物で埋め尽くされていく。どうやら、音の鳴る方へ集まっているようだ。
「わあ、トーリの次にかわいいのがいっぱいいる。踏みそー」
「……ん?いや、レイには、オレがどう見えてるんだ」
「知りたい?」
「……え。ああ、いや」
トーリは音楽に半分気を取られており、レイは動物の向かう先が気になるらしい。
「少し寄り道していこうか」
音の源を確かめるべく、俺たち三人は満場一致で進路を外れ、音のする方へと向かう。どうやら、茂みの向こうから聞こえるようだ。
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