第4話 チリリンコースター

「へにょ〜ん」


 レイがコンニャクみたいにヘニャヘニャになってしまった。巷ではこれを、レイノンあらためレイニョンという。


「でも、砂漠を戻るってことは、それだけチリリンと一緒にいられるんだ――えへへ、嬉しい」


 へにゃっとしたまま笑うレイを、仕方なしと、トーリが起き上がらせてくれる。レイの体力のほどは分からないが、ここまで文句も言わずについてきてくれているのは確か。


「今日は結構歩いたしね。……よし。二人はここで休憩しててくれ」


「ルジはー?」


「昨日泊まった水場から水を汲んでくるよ。二人の水筒、残り少ないだろ?」


 二人が肩からぶら下げている竹の水筒を、ぴったり同じ動きでしゃかしゃか振る。


「ルジ、ごめんね。ついてったげたいけど、僕もう限界。一人で行ってこられる?だいじょーぶ?」


「オレがついていってやろうか?」


 この二人、何目線なんだろう……。


「いや、いいよ。二人は一緒にいてくれ。歩くと汗をかくし――と」


 後ろから、チリリンの尻尾がつんつんと、俺の肩をつつく。やはり、毒を浴びると、若干、肩凝りが解消される気がする。感覚が麻痺しているだけという説もあるが。


「どうした?」


 その尻尾の先端は、チリリン自身の背中を指していた――。


***


 そんなわけで、俺たち三人とリアの入った背嚢リュックサックは、チリリンの背中に身を預け、行きにも立ち寄ったオアシスの一つで身を休めていた。速いし、大きくは揺れないし、快適だ。風は強めだが、伏せていればよっぽど大丈夫だし。


 また、砂漠の高低差により、独特の浮遊感を味わうこともできた。トーリは震え上がるほど嫌がっていたが、レイは楽しそうだった。


「にしても、あっさりだったな。不完全燃焼だ……」


 もっとワクワクするような戦いができるかと思っていたのだが、チリリンも見た目ほど強くはなかった。


 ハサミで岩を砕いたり、毒で森全体を腐らせ砂漠に変えたりするような、もっと強いモンスターが世の中にはいるはずなのだが、なかなか出会えない。


 さてと、晩ご飯だ。


 途中、休憩を挟みながらカンガルーの肉を手に入れたので、火にかけてこんがりと焼いていく。


 すっかり夜になり、星の合間を探す方が簡単なほどに星がきらめいていた。夜と同時に気温はぐっと冷え込み、二人はトーリが背負ってきてくれた一つの毛布に仲良くくるまっている。


 砂漠の真ん中まで子どもたちのペースに合わせて歩くと、およそひと月はかかったが、チリリンのおかげで明日には、東ヘントセレナに着きそうだ。


「あ、そうだ!見て、トーリ」


「なん――うげっ」


 レイがどこからか取り出した木の容器を開けると、そこには白いブヨブヨした幼虫が三匹、うじゃうじゃと蠢いていた。砂漠の貴重なタンパク源、蛾の幼虫だ。


「好き嫌いはよくないよー。お肉食べないと」


「肉とそれを一緒にするな」


 もともと、二人は砂漠で暮らしてきたわけじゃない。レイの順応性が高いだけで、トーリの反応は至って普通だ。食べ慣れていないものに忌避感があるのは、仕方ないことだから。


「三匹も見つけたんだ。すごいね」


 一日一つも見つからないことだってザラにある。それに、凍らないほど水分の少ない砂漠のど真ん中で、幼虫のエサとなる枯れ葉でさえ、ほとんどなかったというのに。


「でしょ、えっへん。ルジにも一個あげるね」


「えっ、俺はいいよ」


「えー、ルジも好き嫌い?」


「んーん。俺も蛾の幼虫は結構好きだよ。でも、俺は食べなくても平気だから」


 砂漠にいる間は、できる限りの食料を二人に食べてもらいたい。タンパク質という点だけで考えるなら、カンガルー肉よりも優れているかもしれないし。


「そっかあ……。トーリもルジも、本当に一個も食べない?」


 すごく食べてほしそうな目をしている。本気でトーリが喜ぶと思って取ってきたのだろうから、気持ちは分かるが。これは断りづらい。まあ、


「うん、食べない」


 俺は断るけど。


「ひゃっ」


「そんなバッサリ……」


 遠回しに言って分からないなら、はっきり言うしかないだろう。心優しいトーリにも、嫌なものは嫌だと、はっきり言えるようになってもらいたいものだ。


「じゃあ、オレも――うっ」


 だが、今はまだまだ、レイの顔を見ると、断れないらしい。


「あーもう!いただきます!」


 トーリは幼虫をつまむと、目をつぶってぱくっと、食べた。あ、しまった。トーリは食べ慣れてないんだったな。


「ちゃんと頭から潰さないと、噛まれるよ」


「モッモッモッモッ」


 ものすごい勢いで噛み砕いている……そして、ごっくんとのみこみ、その後、ものすごく水を飲んで、喉に流し込んでいた。食べてもらえて、レイはご満悦の様子だ。


 食べるなら炙ってやろうかと思っていたが、生で食べてしまったのだから、余計なことは言わないでおこう。


「トーリ、えらい!なでなで」


「そりゃよかったよ……」


 レイに撫でられながらも、さすがに、げんなりしていた。


「チリチリ」


 自分も仲間に入れてほしそうに、チリリンがレイに近寄っていく。トーリはよほど、あの移動が怖かったのか、ささっと俺の影に隠れる。


「ん、チリリンも食べる?」


「チリリリリリリ」


 激しく体を横に振って否定するチリリン。見た目はサソリだが、虫は食べないらしい。


「チリリンはモンスターだから、魔力があれば何も食べる必要はないんだよ」


「じゃあ、魔力がなかったら何を食べるの?」


「うーん、なんだろうね」


「チリ」


「ラウラ」


 と、背中のリアがチリリンの声を翻訳してくれる。――自分の尻尾って聞こえたが、きっと気のせいだ。うん、そうに違いない。


「赤いお肉が好きらしいよ」


「トーリと一緒かあ」


「……本当に赤いお肉って言ってるのか?」


 トーリの問いかけは適当にいなした。尻尾は赤いしお肉だし、嘘ではない。

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