第3話 ヒロイン登場(?)

 顔面から砂に突っ込み伏せるレイ、えんえんと泣きじゃくるトーリ、そして、巨大サソリのハサミに挟まれる、血まみれの俺。


 ――思い返そう。あれは、三十分ほど前のこと。


 巨大サソリ型モンスターと接触した俺は、ジャキジャキ鳴らすハサミがどんな威力かと思って、まず挟まれてみた。


 凝りに効くような気がしたが、それ以上の威力は出せないようだった。


 一応、針も向かってきたので、刺されてみた。結構、太い針だったので、刺されるというより、肩に穴が開いて、血がいっぱい出た。


 毒の方は、まあ別に、効かなかった。全身がじんわり温まって、むしろちょっといい感じなくらいで、肩凝りに効いたような気がする。


「これで終わりか?」


「チリチリチリ……」


 口から生える二本のハサミ――鋏角が、ダメ押しと言わんばかりに、ガブッと、かぶりついてくる。消化液で服がしゅわっと溶けるが、肌は無傷。むしろ、つるすべ肌になったような気がする。


 あっという間に血が止まり、傷が塞がった肩を軽く回して、首をコキっとならす。


「見ての通り、君に俺は殺せない。賢そうな君なら分かるかな」


 あむあむと狭角を動かすサソリの目の横を撫でる。その意識は俺――ではなく、背後の背嚢に向いていた。


「狙いは命の石だよね。君はそれを守るよう、飼い主から言いつけられている。大方、見つかるまでは身を潜めて、持っていこうとする輩がいたら排除しろ、って指示だろ?」


 無駄だと諦めたのか、俺を砂地に降ろすと、チリチリと鋏角を鳴らす。その姿はまるで、怖がっているみたいだった。


 きっと、レイが見つけた石――命の石は、これまでにも誰かが見つけたことはあったのだ。独特な魔力を内包する物質であるため、魔法を使えば、見つけること自体はそう難しい話でもない。


 問題は、ここに石があることを、俺が知らなかった点。つまり、見つけたとしても、誰も持ち出すことができなかったということだ。


 ここに命の石を放置しておけば、チリリンによる被害は増える一方だろう。



 ――まあ、そんな思考は、俺が石を持ち出す言い訳にしかならないのだが。


「チリ……」


「ラウラー」


 背嚢リュックサックから、リアの声がチリリンの言葉を翻訳してくれる。曰く、「それがご主人様のご命令ですから……」とのことらしい。


 どうやら、飼い主によほど懐いているらしい。もとはきっと優しい性格なのだろうが、逆らえないというよりは、忠義を尽くしているのだろう。となれば、俺が命の石を持ち出すためには。


「安心しろ。俺が飼い主と一緒にいられるよう、話をつけてやる」


「ジャキンッ!?」


 空さえ切り裂きそうなハサミを豪快に鳴らし、八つの目が一斉に、俺を見たような気がした。曇りなきその視線から、そっと目をそらす。


「あー多分、あいつだろ。大丈夫大丈夫、知り合いだから」


「ジャキジャキ」


 よほど嬉しいのか、ハサミで挟んで凝りを解してくれる。甘噛ってやつかな。


「あはは。くすぐったいよ。――戻っておいで」


 点に見えるくらい遠くにいる二人に手を振れば、レイを二つ折りにして担いだまま、恐る恐るといった様子で戻ってきたトーリは挟まれる俺を見て固まり、


「ルジー、死ぬなー!」


「あでっ」


 レイを放り出して、泣いてしまった。そうか、大きなハサミに噛まれている絵面は子どもには怖いのか。これは、ちゃんと躾けないと。


「すまない。みんながびっくりするから、人を噛むのはやめよう。今後、嬉しいときは、そうだな……尻尾を振るように」


「チリチリ……」


 しゅんとして、俺を離すところから察するに、反省しているようだ。胴を撫でると、尻尾がぶんぶんと犬のように動く。いい子だ。


「肩から血がー!」


「ああ。もう塞がってるから、大丈夫大丈夫」


 血はさておいて。


 この先、名前がないといろいろと不便だ。叱るにしても、トーリとレイを誤解で驚かせてしまっては可哀想だし――。


「なんか……かわいいのがいる!飼いたい!」


 何かと思えば、砂の上に顔から落っことされて、ごろんと仰向けになったレイの第一声だった。


 トーリはまだ泣いているが、レイが寝転んだまま、トーリの足の甲をよしよしして慰めてくれているので、色々と言いたいことはあるが、放置。


「実はこの子、飼い主がいるんだよ。これから返しに行こうと思って」


「そっかあ、なら仕方ないね……」


 どうしようかと、一瞬、悩む。が、一瞬が過ぎればそこに迷いはない。


「返すまでの間、名前がないと不便だから、レイがつけていいよ」


「ほんと!?じゃあ、じゃあ……チリチリ言ってるから、チリリン!」


「チリ……?」


 本当にチリリンでいいのだろうか……。まあ、メスのようだし、本人――本サソリも嫌がってはいなさそうだから、いいか。仮名だし。


「いや、チリリンはないだろ……。それと、なんで足の甲撫でてるんだ、あと、落っことしたのは悪かったが、早く起き上がれよ」


 俺の放置した色々を、泣き止んだトーリが全部代弁してくれた。

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