第2話 巨大サソリ

 レイが見つけた、割ってしまうと死ぬ石。俺が探し求めていたものが今、この手の中にある。


「その石、持ってっちゃだめ……?」


 レイが今にも泣きそうな顔で見つめてくる。計算ではない、天然のそれだからこそ、心が痛む。


 まあ、痛んだところで、レイのお願いを聞くとは限らないのだが。それはそれ。


「うーん、そうだね。この石、落として割ったら死ぬけど、持ってたい?」


「それが本当なら、隠す場所が砂の中って雑すぎだろ……」


「俺もそう思う」


 使い道ならいくらでも思いつく。それこそ、国を滅ぼすことも、支配することも、一生分の稼ぎを得ることもできる。だからこそ、遠ざけるべきなのだろうが――。


 反応がないレイをちらと見ると、黒い瞳を怪しく光らせて、俺の顔を見上げていた。


「なにそれ――カッコイイ!僕、持ってたい!」


「うーん。レイはすぐに落としそうだから、俺が持ってるよ」


 ここで見つかったのも何かの縁。持っていくことにしようと、手のひらに汗をかきながら、背嚢リュックサックに入れることにする。よくはないが、よいことばかりしていても俺の目的はきっと、達成できない。


 まあ、リアが一緒なら、大丈夫だろう。本当は砂が入るので開けたくなかったが、仕方ないのでササッと入れる。


「えー。僕が持ってたいのに……」


「そうだね、きれいだからね」


「バラのトゲとは勝手が違うだろ。落としたら死ぬんだぞ」


 どうやら、トーリに対しては、少し脅しが利きすぎたみたいだ。まあ、バラの見た目でトゲに毒がある魔法植物もあるし――なんて言ったらますます怖がらせてしまうか。ひとまずは安心させる方向で。


「割った人が死ぬのは魔法の力だから。二人がどうこうしても大丈夫だよ」


「あ、そっか」「ああ、そうか」


 二人の声が揃う。その一言でほっとしたトーリに釣られて、明るい笑い声が戻って来た。


「トーリも僕も、まだ無敵の七歳だからねっ」


「一応確認だが……本当に、八歳になるまでは魔法が効かないんだよな?」


 ――そう。魔法が効くようになるのは八歳からなので、七歳の二人が恐れる必要はないのだ。まあ、厳密に言えば、「限りなく効きづらい」だけなのだが。


「本当だよ。使えないことには、効くようにもならないからね。試してみる?」


 二人そろってびくっと、体を震わせ、直後、レイが守るようにトーリに抱きつく。


「僕のトーリに何するの!」


「ほぇ」


 いつから「僕のトーリ」になったのか。トーリも真っ赤な瞳を点にして、ほぇ、と無理解を顔に浮かべている。俺は手指をこしょこしょと動かして、


「ぐへへ。何してやろうかー」


「わーやめてぇ、トーリを砂漠の砂一粒にしないでぇ、砂になっても一瞬で見つけて小瓶に入れて一生大切にしてあげるからね、トーリ」


「こゎぃょぅ……!」


 トーリの目が大なり小なりになっている。しかし、まるでそうしてほしいかのように、サラサラと言葉が出てくるものだ……。レイなら本当に、この広大な砂漠からトーリ一粒を見つけるくらいのことはするだろうからさらに怖い。


「さて。そろそろ行こうか」


「どこにー?」


「確か、西ヘントセレナに向かうって言ってたよな」


 この砂漠も含めて、大陸の両側、東西の海までがヘントセレナ共和国に当たる。当然、ここからは水なんて一滴も見えないが、ヘントセレナは海国としても知られている。


 もともとはトーリの言う通り、西に向かう予定であった。西の方が治安がよく、南からの温かい海流により、これからやってくる冬を越しやすい気温だから。


 だが、あの石を手に入れたことで、状況は少し、いや、かなり変わった。今ならまだ砂漠の真ん中辺り。東西どちらにも舵を切れる。


 このまま、背嚢リュックサックに石を隠したまま何もしない――というわけにもいかない。形あるものはいつか壊れるのだから。


「ラー」


「――」


「リア、なんて言ってるの?」


 彼女の声が聞こえるのは俺だけであり、二人にはただの鳴き声にしか聞こえない。


「あたしがいるから大丈夫よ、と仰せだ」


 そろって首を傾げる七歳児に、新たな行き先を告げる。


「水の魔国に行こう」


「水の魔国……カッコいい名前だ!」


「だよねー!俺もそう思うー」


 名前だけで気分が上がる国、水の魔国。まあトーリは、別にぃ、という感じだが。


「あれ?でも、ヘントセレナはどこ行っちゃったの?」


「水の魔国は、東ヘントセレナの南にある。要はオレたちが向かっている方向と真反対だな」


 さすがトーリさん、よく分かりすぎていらっしゃる。これじゃあ誤魔化せそうにない。


「こっち?あっち?そっちぃ?どっちっ」


 あっち?からトーリもハモり始める。覚えたての、こそあどなる呪文が楽しいお年頃らしい。それはさておき。


 つまり俺は、来た道を戻ろうとしているわけだが、そのまま伝えてごねられても困る。


 トーリはともかく、レイはどっちから来たかなんて分かっていないはずだ。ここは上手く誤魔化して。


「もどっち」


「えー、戻るのー!?」


「バレてしまったか……」


 ぷくーっと、お餅のように膨んだレイの頬を、トーリが指でつついてぷしゅぅとつつくと、空気の抜けた口から思わずといった様子で笑みが漏れた。唇はまだ尖っているが、もう怒ってはいなさそうだ。


「二人とも、お願い。俺についてきてくれ。頼む」


「ルジは仕方ないなあー、まったく」


「ありがとう、レイ!助かるよ!」


 下手に出ると、レイはすぐ調子に乗る。悪いやつに騙されないか心配だなあ――なんて思っていると、トーリが半目でじーっと俺を見てきた。べ、別に、扱いやすいなあなんて思って……るけど。そのトーリが視線を遠く彼方に向ける。


「戻るのはいいが、あれはどうするつもりだ」


「あれって?」


 トーリの赤い視線の先を、右目を凝らして見ると――サソリが、こちらに向かって走ってきていた。


 距離を目算、大きさを算出。目標――、


「なんか……大きいな。トーリ!レイを抱えて逃げ――」


「もう逃げてる!」


 二つ折りにしたレイを、同じ背丈のトーリが肩に担ぎ、すでに俺を挟んで巨大サソリの反対側、遠くまで走り去っていた。


 決断が早くて助かるが……なんだろう、この見捨てられたような気持ち。


「てか、なんだよあれ、あの大きさの生き物がこんな砂漠でどうやって生きてるんだよ、ふざけ――いや、普通の生き物じゃないか」


 向かい来る間に軽く準備運動をしてから、リアと石の入った背嚢リュックサックを閉じる紐を結び直して後ろに置く。


「間違いなくモンスターだが……見たことがないな」


 ザリザリと砂を這いながら、高速で真っ直ぐに進んでくる。迷いなく、間違いなく、俺を狙っているらしい。あと十秒で、相手の間合いだ。


「さて、と。久々だなあ。少しは楽しませてくれよ?」


 暗褐色の体躯から伸びる鋭い針をこちらに向け、赤い複眼が嗤う。久々の運動に俺は心を躍らせていた。

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