第79話 清算
――数時間前……
「あ……すみません!何だかあたしばかり話しちゃって……」
「いいんだ。君の話はとても興味深いよ。だけど大変だったんだね、ご両親のこととか」
「別に不幸自慢してるわけじゃないけど、マユズミさんがすごく優しくて話しやすいからつい」
「僕はただ話を聞いていただけだよ。特別なことは何もしてないさ」
「それでもです。あたしを否定しないで受け入れてくれている。簡単にできることじゃないです」
今のところ上々……
出会い系サイトで黛と特定できてから数回のやり取りの後、実際に会うこととなった。
それで今日は二度目のデート。といっても初回はお茶しただけなんだけど、今回あたし的にはかなりうまくいっていると思う。
瑞穂ちゃんや真央ちゃんは何か心の隙間を埋めようと黛を頼ったのかもしれない。そして、その隙を突かれた。
もっとも、真央ちゃんの場合はそれすらも受け入れてしまったようだけど。
あたしが黛に接触するにあたり心掛けたことは、少しずつ自分の弱みを曝け出していくことだった。
相手を騙す時は、本当のことも少し織り交ぜたほうがいいっていつかショウタロくんが言っていたから、あたしは家庭環境について悩みがあることを黛に打ち明けた。
すると黛は、真剣にあたしの話について肯定も否定もせず、ただじっと耳を傾けてくれていた。
確かに……
よく見たら整った顔立ちに優しい眼差しと言葉。
これはヤられるよ。10代の女子だったらイチコロだ。
あいにく、あたしは中身アラフォーなんでもっと冷静になれる。それに相手に合わせた返答だって選べる。
あたしは黛の口車に上手く乗せられたような、頭の悪い女子を演じて、かなり深い懐中に潜り込んだつもりだ。
そしてついに!流れ的にではあったけど、黛の部屋まで連れて行かれることに成功した!
そう、成功はした……
はしゃぎ過ぎて写メを撮ることに夢中になっているまでは……
*
ガシャンッ!!!
盛大に窓ガラスが割れる音がアパートの周囲に響いた。
それと同時にガラス片が床に飛び散る音も聞こえた。
間違いなくこの部屋の窓ガラスが割れたんだ!
ショウタロくんかな!いや、今はそれよりもガムテープを!
んー!!
上手く剥がれない!指がつりそう!
「おい、お前!ちょっと待て!」
今度は外から聞こえて来た。
ショウタロくんかもしれないし、誰だか分からないけど、窓ガラスを割ってくれた人が別の疑いをかけられてしまったら大変だ。
「んんんん〜!!」
ビリビリ――
プハッ
取れた!!
「た、助けてー!!誰かー!!」
あたしは力の限りの腹からの声を出した。
お巡りさんが何人いるのか分からないけど、お願い!早く助けてー!
そして――
バン!!
この部屋の玄関ドアが乱暴に開かれた音がした。
「大人しくしろ!オラッ!!」
「ああああああ、クソがぁぁぁ!!」
玄関の方から怒号が聞こえる。
大丈夫なの?!お巡りさん!!
「よし、抑えた!山下ぁ!!確保!!」
「は、はい!!」
「離せー!!」
どうなったの?!
クローゼットの中からじゃ何も分からないよ!!
バタバタと尋常ではない音がしてから、少し間があって
ギッ
クローゼットの戸が開いた
「大丈夫ですか?!」
パァァァァ――
開かれた戸から後光が差したように、助けてくれた若い警察官が神々しく見える……
「……天使?」
「今、ガムテープ剥がしますからね!もう大丈夫ですよ!女性1名を保護しました!」
ヤバい……惚れてしまう……
*
あの後……
パトカーや救急車のサイレンの音に紛れてその場を去ろうとしたけど、上手くいかず。未成年だってこともあったから親を呼ばれてそれはもう叱られた。
それで終わりかと思ったんだけど、ガラスを割ったこととか事件の関係者であることから警察署に事情聴取をされに行くことになった。今日はもう遅いからということで明日でいいそうだ。
そして――
事件翌日、事情聴取が始まってからかれこれ2時間が経とうとしていた……警察署には両親と来たのだが、2人とも疲れ切った顔をしている。
そりゃそうだよな。息子の数々の事故にケガ。おまけに誘拐事件に巻き込まれるわ。どんだけの親不孝モンだよ……
昨日、ユキノ先輩は念のためと言われて救急車で運ばれていった。その後でメールをもらったのだが、特に身体に異常がなかったからそのまま帰ったそうだ。
後から聞いたことだけど、ちゃんと被害届を出してくれるみたいだ。
しかし、俺だって立場的には被害者なのに、何でこんなに事細かく話を聞かれなきゃならねんだ?まぁ、窓ガラスは割ってしまったし現場から逃げようとしたけどさ。
ユキノ先輩にいたっては俺よりも警察署に早く来たのに、まだ拘束されているんだって。
でも……メールでやり取りしている感じでは、何だか楽しそうなんだよな。ユキノ先輩って警察が好きみたいだな……
「今後、何かありましたら、こちらの今井という警察官にご連絡ください」
「はい、大変お世話になりました」
両親と一緒に頭を下げる俺。
紹介された今井さんは、年齢は山下さんという昨日駆けつけてくれた制服の警察官と同じくらいだろうか、若い女性の警察官だった。俺が高校生ということもあるから担当みたいな感じになったのかな。
そして、黛について――
詳しいことは教えてもらえなかったけど、逮捕拘留されている。今後何日間かは拘留されて、起訴されるか不起訴になるか拘留を延長するのか、まだ分からないとのこと。あれだけのことをしたんだ。不起訴になんかしてくれるなよ。
当然のことながら学校は大わらわだ。
今日は午後から学校に行く予定だけど、テレビで報道されているし、マスコミなんかが学校を取り囲んでいるみたいだからそれだけでもかなり憂鬱だ。
警察署からの帰りの車の中で――
「父さん、母さん……学校から帰ったらこれまでのことちゃんと話す。兄貴にも。だから時間作ってくれないか?」
なんだかんだで父さんにも話ができていなかったし。
「……分かった。だが……前にも言ったけど無理して話そうとしなくてもいいんだからな」
「うん……」
その後の車中はずっと沈黙が続いた。
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