第78話 機転

「ありがとうございます!お釣りはいいです!」


「あ、ちょっと……」


タクシーの運転手が何か言っていたけどとりあえず無視。


そんな場合じゃないんだ。


黛のアパートは新し目で綺麗な3階建てアパート。

入り口は屋内のオートロック式だけど外階段になっていて、階段を登ったすぐの所、201号室が黛の部屋だ。

通りからは見えないけど、横に回って駐車場からは黛の部屋の玄関は見えるはず。


ダッシュで駐車場まで行くと、制服を着た警察官が2階の階段を登った先に立っていた。警察官は2人だ。

もっと近くに寄ってみよう。会話が聞こえるかも。


「寒い中、ご苦労様です」


黛の声だ!


「いえいえ、すみませんねぇ、こんな時間に。それで、通報があったんですがね、女性の叫び声が聞こえるって」


いいぞ!頼むから中を確認してくれ、お巡りさん!


「ああ〜もしかしたら、アレですかね。さっきDVD観てたんですよ。ちょっと音が大きかったかな」


「……確かに、音、大きいですね」


そう言って部屋の中を覗くような仕草をする警察官。

俺の場所からでは黛の姿は見えない。


「ご近所にも迷惑がかかるかもしれないんで、音、もう少し抑えていただけますかね?」


「あ、は、はい!それはもちろん……申し訳ありませんでした……」


「いいんですよ」


おい!なに帰る流れ作ってんだよ!


もう一人の警察官は携帯電話に電話がかかって来たみたいで、そっちの対応しているし、黛と話している警察官は調べもしないで帰ろうとしている。


マズい……このままではユキノ先輩が部屋に取り残される!

な、何とかしないと……!

あ、俺もここにいるところを見られたりしたら不審者だと思われるかも!


俺はアパートのベランダ側に回ってみた。

しかし、黛の部屋だと思われる窓にはカーテンが引かれていて中は伺えない。というより、ベランダが邪魔をしてよく見えない


そこに、ふと地面に転がってる物に目が止まる。

欠けたコンクリートブロックのカケラ。


ほんの少し良心の呵責に苛まれたが、それはすぐに吹き飛んだ。

気付けば俺は、その拳大のコンクリートを掴み、振りかぶっていた。







「では、何かお気付きのことがあれば、ご連絡ください」


「はい、ご苦労様でし」


ガシャンッ!!!


盛大に窓ガラスが割れる音がアパートの周囲に響く。


「今の何だ?!」


警察官が黛に聞くが、焦った様子で黛は玄関ドアを閉じようする。


「ちょっと待って!あなたの部屋から聞こえましたよ!おい、ベランダ側に回って見てこい!」


「はい!」


指示を出された警察官は階段を駆け降りて行った。



 





なに?!どうなってるの?!

お巡りさん、来たんだよね?

助けてー!!あたしはここにいるよー!!


「むー!うー!」


あれ?

腕をガムテープで固定されてるけど、指は動かせる!

後ろ手に固定されなくて良かった……


あたしは両手のグルグル巻きにされて固定されているガムテープの隙間、何とか少しだけ指が動かせることに気付いた。


その動かせる指を使って、これまた口の周り首の後ろまでグルグル巻きにされたガムテープを剥がすことを試みる。


痛たたたた……後頭部の髪の毛が……

難しいけど、剥がせないわけじゃない。お巡りさんが玄関にいるうちに何とかテープを剥がさないと!


「では、何かお気付きのことがあれば、ご連絡ください」


え、嘘でしょ?!

帰っちゃうの?ろくに調べもしないで?

待ってよ!もう少しなんだから!


「はい、ご苦労様でし」


ガシャンッ!!!


盛大に窓ガラスが割れる音がアパートの周囲に響いた。

それと同時にガラス片が床に飛び散る音も聞こえた。

間違いなくこの部屋の窓ガラスが割れたんだ!

ショウタロくんかな!いや、今はそれよりもガムテープを!





 


ダダダダダッ

 

足音が俺の方に近づいて来るのが分かる!

これはこれでマズいぞ!俺も逃げなきゃ!


「おい、お前!待て!」


み、見つかった?!


どうする?!逃げるか?

いや、ここで逃げたらユキノ先輩はどうなる?それに逃げたら逃げたで全て俺のせいになってしまう可能性だってある。


俺は追って来ているであろう警察官に背中を向けたまま、立ち止まってしまった。


「お前か?窓ガラスを割ったのは……一体どういうつもりだ……!」


万事休す――





その時だった


「た、助けてー!!誰かー!!」


ユキノ先輩?!

間違いない!ユキノ先輩の声だ!


俺は後ろを振り返ると、警察官も助けを求める叫び声が聞こえた黛の部屋を驚きの顔で見上げている。

若めの警察官だ。その警察官と目が合う。

そして、


「君、そこから動くなよ!いいか、逃げるんじゃないぞ!」


「……は、はい」


そう言うと、警察官は再び黛の部屋に走って戻って行った。

俺もそれを追うようにアパートの玄関口まで走る。


 


「ちょっと!……開けなさい!今の声、それからガラスが割れた音も、この部屋からでしょうが!!」


黛の部屋の玄関ドアでもう一人の警察官が完全に閉じられるのを防いでいるようだ。


「ち、違います!テレビの音です!」


「テレビじゃないです!!お巡りさん、助けてください!あたし、その男に監禁されてます!」


ユキノ先輩の声が再び聞こえた。

早く中へ!これで玄関を閉じられてしまったら、ユキノ先輩を人質に立て込まれてしまうかもしれない!


オートロックで開かないアパートの玄関口ドアを無理やりこじ開けようとしている若い警察官。これでは開くはずもない。

仕方ない……


「お巡りさん!駐車場の方からだと柵をよじ登れば階段に行けます!」


「分かった!危ないから君はそこにいてくれ!」


「お願いします!助けてあげてください!」


再び俺と若い警察官はアパート玄関口を出ると、警察官は柵を軽く登って飛び越えるとあっという間に階段にたどり着いてしまった。俺は駐車場から見守るしかないか……


一方、その上司か先輩と思われる警察官は、黛の部屋の玄関ドアで未だ綱引き状態になっていた。


「いいからドアを開けろ!!」


若い警察官も加わって、これで2対1だ!


俺はすかさず携帯電話で警察署に連絡を入れた。


「もしもし、松越警察署ですか?!こちら、松越市南町4丁目2番2のハイツソレイユにいるんですが、警察官2名が被疑者と思われる人物と揉めています!」


「南町交番の須藤と山下だ!」


若い警察官が、俺の電話の会話が聞こえたのか、俺に向かってそう叫んだ。俺は頷いて続ける。


「警察官のお名前は、南町交番の須藤さんと山下さんだそうです!早く応援を!お願いします!」

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