第76話 恋心

ユキノ先輩は本気で自ら動くらしい……

大きなことを言いながらもユキノ先輩からは頼まれ事をされた。

それは、瑞穂の携帯電話の中身。

ケータイは情報の宝庫!とか言ってたけど、個人情報の関係上NGなこともあるんじゃないかな……



あの時――

確かに俺は我を忘れてしまっていた。

切羽詰まっていたとはいえ、雷に打たれようだなんて、バカな考えを行動に移してしまった。

俺を止めてくれたユキノ先輩には、あの後何も言い返せず、任せてほしいと言ってきた。

そのための頼まれ事だ。


俺はとりあえず、病院に行ってお義母さんが来るのを待つことにした。



――



あれ……?


珍しいな、


この時間帯、誰かがお見舞いに来ているなんて


部屋の中に顔を覗かせたら、カーテンの隙間から、その人の姿が少しだけ見えた。


なんだ、お義母さんか……


背中しか見えないけど、お義母さんは瑞穂の方を向いて椅子に座っていた。


声を掛けようとしたその時

俺は思わず足を止めてしまった


お義母さんは、小刻みに肩を振るわせ、鼻をすすり、泣いていた……


俺も、きっとお義母さんだって、希望を捨てたわけじゃない。

でも、時々襲って来る不安に耐えられなくなる時だってあるんだ。

お義母さんも気丈に振る舞っていたのかもしれない。


俺は気配を殺して、病室を去った……







翌日、

少し気まずい思いをしたけど、話を進めなきゃ

俺はいつもように、病室でお義母さんを待つことにした。

やって来たお義母さんは、いつもと変わらない様子だった……

変な気を遣わせないよう俺もいつも通りを装うことにした。





「瑞穂の携帯電話?」


「……はい、そうです。みんなからのメールとか溜まっているだろうし、容量のこともあるから、またにチェックして整理してあげないといけないかなって思ってまして。お義母さん、持ってますか?」


「そうなのね。瑞穂の携帯電話なら、この子の部屋にあると思うけど、確か、パスワード?が必要ですって画面に出て開けなかったと思うわよ?」


「そう、ですか……念のため確認させてもらってもいいですか?」


「それは構わないわよ。明日にでも持ってこようか?」

 

「はい、お願いします。ありがとうございます」




さらに翌日、お義母さんは、約束どおり瑞穂の携帯電話を持ってきてくれた。


「確かに……ロックがかかってますね」


「そうなのよ。あまり弄ったりして使えなくなっちゃったりしたら嫌じゃない?だから触らないようにしてたの」


「確かにそうですよね……でも使えなくなったり壊れたりすることはないので大丈夫ですよ」


「そうなの?ならいいんだけど」


お義母さんもそうだけど、この年代の人たちはデジタル機器に疎い人が多いからな。

実は、瑞穂が普段から使っている暗証番号を俺は知っている。前世界線で瑞穂から教わったことがあったんだ。意外な理由だったからよく覚えている。


それは、父親の誕生日。


ロックされた携帯電話での画面に数字を入力。


――ビンゴ


やはりか。

きっといつまでも瑞穂は父親のことが大好きだったのだろうな。


お義母さんが瑞穂の褥瘡防止のための体位交換や着替えの整理をしている間に通話履歴とかを確認しなくちゃ……


「やっぱり無理でじゃない?良かったら持って帰ってもいいから調べてくれるとありがたいんだけど」


「え?いいんですか?」


個人情報の塊だぞ……本当にいいのかよ。


「うん、減るもんじゃないでしょ」


いやいや、減るから。いろいろと。

でも親が良いと言っているんだ。良しとしよう


「そう、ですか。分かりました。時間がある時に試してみます」


この時代、個人情報保護についてうるさく言われていなかったか。逆にそれが俺にとっては有利に働いているのかもしれない。





ほとんど客のいない帰りのバスの中、俺は瑞穂の携帯電話を何となく見ていた。

少し悪い気もしたけど、ロックを解除して、ホーム画面を見ると、[データ]が目に入った。

やめた方がいいのかな……

当然ためらいはあるけど、黛につながる何かがあるかもしれないし……


えいッ!と写真のフォルダを選択すると、中はさらにいくつかのフォルダに分かれていた。

[学校]、[お気に]。そして、


「[無題]……」


俺は無意識に[無題]と書かれたフォルダを選択したのだが、それにはロックがかかっていた。


ドクンッ


どうしよう。

黛との淫らな写真とかが入っていたら……

いや、そんなもの保存するわけないよな

でも……今さらながら悪いとは思うけど……

好奇心には勝てない。


多分同じだろうと思った暗証番号を入力すると、案の定、フォルダが開き、サムネイルで写真がいくつか表示された。


「……俺?」


サムネイルは小さいからよく分からなかったけど、一つの写真を選択して開いてみると、それは文化祭でライブをしている時の俺を写した写真だった。

その前の写真は修学旅行の時の写真。10枚程度だが、だいたい写真の中心には俺が写っていた。


最後に開いた写真。この中では最新の写真だ。

日付は去年の12月の中ばだ。


それはいつも俺のカバンにぶら下げているシーサーのキーホルダー。

瑞穂の手なのかな。指が少し写っている。それに並べるように瑞穂にあげた俺とお揃いのシーサーのキーホルダーを置いて撮ったようだ。


二体のシーサーがまるで寄り添うように並んだ写真。


いつの間にこんなの撮ったんだよ……


ひとりの、どこにでもいるような少女が抱く淡い恋心。

俺が言うのもおこがましいかもしれないけど、写真からそんな瑞穂の感情が滲み出てくるようだった。


この写真を撮った時、瑞穂はどんなことを考えていたのかな……

この写真を見ている時、瑞穂はどんなことを思っていたのかな……


それを想像するだけで、

なぜだろう。

何かが込み上げてくる。


「同じ暗証番号使うなんて。意味ねぇじゃねぇか……」


もうないだろうと思っていた涙が、溢れて流れ出ていた。







後日、

瑞穂の携帯電話を貸していたユキノ先輩から連絡があった。


『いろいろ分かったよ。瑞穂ちゃんが使っていたマッチングアプリ。あ、この時代では出会い系サイトか。頻度は少ないけど、最後に利用したのが、一昨年の夏あたりだから、黛と接触した時系列としても辻褄が合うよね』


「そうですか。もしかしたらまだそのサイトに黛の情報が残っているかも」


『それはおいおい調べるわ。私が黛に接触するのに使えるかもしれないからね』


クスクスと電話口で笑っているのが分かる。楽しんでいるみたいだけど本当に危険性を分かっているのかな。


『それとね、電話帳にあった[先生]っていうのは、高い確率で黛のことだと思うんだ。定期的に連絡が来てる。でも、去年の秋くらいから減ってるけどね』


「それは、ターゲットを瑞穂から和泉さんに変えた時期と一致します」


『うわぁー本当クズなのねぇ。この黛って教師は。てか本当に教師なの?』


「それは俺も思います」


ユキノ先輩からひと通り報告を受け、明日にでも瑞穂の携帯電話を届けてくれることになった。そして、それから先のことについては、『まぁ、任せて』と言って詳しいことを教えてくれなかった。







2月に入ってまだまだ寒い日が続いている。

今日は雪が降るかもしれないと天気予報で言っていたからなおさらだ。


俺の中で渦巻いていた未来への不安感は一旦、そのナリを潜めているようだ。

というのも、年度末にある3年生追い出しライブの練習をしなければならないのと、期末テストも控えているから忙しさに身を委ねているからなのかもしれない。


どんよりと曇った空を見上げると、今にも冷たいものが落ちてきそうな雰囲気があった。


学校帰り

今日も帰ってテスト勉強をする予定なので、雅也とユズと少し打ち合わせを少しした後、ひとりで帰ることにした。

そしていつものように市立病院に向かう。

ここ最近では瑞穂が寝ている横で勉強することもあり、お義母さんが来たらバトンタッチで俺が帰るっていう流れができている。

瑞穂の隣で勉強していると、一緒に勉強している気持ちになれて少し落ち着くんだ。


辺りが暗くなってきた頃、お義母さんがやって来た。

いつものとおり、軽く挨拶をして、今日の出来事とか他愛のないことを話して帰る。


日常――

大きな脅威に蓋をしたまま日々が流れていく。

働いていた時とはまた違った悩みだ。


いつものバス停までを歩いていると携帯電話が振動した。この感じは電話かな……


「ユキノ先輩だ……」


電話に出てみる。


『ショウタロくん?』


「はい、どうしました?」


なんか小声で話しているユキノ先輩。

どうしたんだろう。


『やったよ。黛に接触できた!』


「え?!」


『しかも、今、あたしどこにいると思う?』


「どこって……分かんないですけど……」


『今、黛の部屋にいるんだよ!』

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