第74話 闇の底から

70 闇の底から

指定した空き教室で峰岸さんと待機。

峰岸さんは立ち会わなくてもいいって言ったんだけど、瑞穂にも関わることだからと自ら進んでここにいることを選んだ。申し訳ない気持ちとありがたい気持ちでいっぱいだ。

さっき、少しだけ美術室の外から様子を伺っていたけど、永瀬さんは何の前置きもなく和泉さんを連れ出したみたいだ。美術室には他生徒はあまりいないし、その方がかえって良かったのかもしれない。


ガラッ

少ししたら、空き教室のドアが開いて永瀬さんが和泉さんを引き連れて入って来た。


「どうぞ、入って」


永瀬さんの口調がいつもより柔らかい。和泉さんに対する最大限の配慮なんだろう。

しかし、和泉さんは俺のことを見ると明らかに警戒度を上げたようだった。不安げな顔をしている。


「えと……何なんでしょうか……」


「こんにちは和泉さん、俺は2年1組の佐伯です。こっちがクラスメイトの峰岸さん。永瀬さんは部活の先輩だから知っているよね」


「あ、はい。私……何かしましたか……?」


和泉さんから恐怖の感情が読み取れる。

そりゃそうだよな。いきなり先輩に呼び出されて誰もいない教室で囲まれるなんて、恐怖しかないよ。


「ごめんね突然呼び出して。最初に言っておきたいんだけど、俺たちは和泉さんに何か危害を加えようとか、傷つけようとかの意思は全くないからね。そこだけは信じてほしい」


「は、はあ……」


俺は言葉を選びながら慎重に話を進めた。


「今日、君をここに呼んだのは、助けてほしいことがあるからなんだ」


「助け……ですか……?」


「そう。君の助力が必要だ。早速だけど本題に入らせてもらう。まずはこの写真を見てほしい」


そう言って俺は机の上に、写真を並べた。この間の、黛と和泉さんが車に乗ってホテルから出て来た時の写真だ。


「!!」


写真を見た途端、和泉さんが硬直した。

気持ちは分かる。こんなところ誰にも見られたくないだろうから……


「な、なんで……どうしてこんな……」


声を震わせながらそう言う和泉さん。


「和泉さん、最初に彼が言ったけど、この写真であなたを脅そうとかゆするとかそんな意思は全くないよ」


永瀬さんがそう言うのだが、和泉さんの震えは止まらない。


「じゃぁ何でこんな写真を?!私、先輩たちに何か悪いことでもしましたか?!!」


「落ち着いて、和泉さん!最後まで話を聞いて!」


永瀬さんが和泉さん両肩を掴んで叫んだ。

ここまではある意味想定内だけど、教室の外のことを念の為警戒しないとな……


「ここに写っているの黛で間違いないね?」


和泉さんは俯きながらもチラリと写真を見て、コクっと頷いた。


「俺たちがなぜこんなことをしたのか理由を話す。だから一旦落ち着いて、しっかり聞いてほしいんだ」


和泉さんの目はまだ恐怖の色で染まっている。

俺は、ここまでに至る経緯を瑞穂から聞いた話も交えて全て和泉さんに話した。







「俺は……意識のない瑞穂までも弄んだ黛が許せない!多くの人の信頼や善意を踏みにじるアイツが!」


落ち着けと言っておきながら、話している間に俺が冷静でいられなくなってしまった。

一呼吸して和泉さんに視線を戻すと、和泉さんは落ち着いてはいるけど先ほどとは打って変わって冷徹な目をしているように見えた。


「ご、ごめん……取り乱した……だ、だから俺たちはここまでしたんだ。俺は黛をしかるべき場所にしかるべき手段で裁いてもらいたい。瑞穂や和泉さんのような被害者をこれ以上増やさないためにも……」


和泉さんは相変わらず冷たい視線を写真に落としていた。

彼女の思考が読めない……


「具体的に、私にどうしろと?」


「告発してほしい。警察だろうと弁護士だろうと公の機関ならばどこだっていい」


「そう、ですか……」


「こんなこと簡単に判断できることじゃないってことは分かってる。警察に被害届を出すにしても和泉さんが受けたことを包み隠さず話さなければならないんだから……」


俺がそう言うと、和泉さんは黙り込んでしまった。

今ここで答えを出すことはさすがにできないか……


「さっき……」


ポツリと和泉さんが喋り始めた。


「さっき、先輩は私のことも『被害者』って言いました」


「そうだね。君だけじゃなく複数の被害者がいるかもしれない。君は黛のアパートに行ったことはあるか?」


そう俺が聞くと、和泉さんは首を横に振った。

そうか、それじゃ知らないのは仕方ないな。


「先輩……私は被害者なんでしょうか……?」


?……何を言っているんだ?


「先生は、私を求めました。そして私も黛先生といることを選びました。それでもやはり先生は罰せられなければならないのですか……」


「罰せられると俺は思っている」


「でもそれって、その子たちは『望まなかった』んですよね?私は……違う……」


「和泉さん、君は自ら望んで黛に抱かれることを選んだということか?」


そう俺が聞くと、和泉さんはコクリと頷いた。


「ちょっと、あなた自分で何言ってるか分かってるの?大人が未成年に淫らな行為をしたとか、しょっちゅうニュースでやってるじゃない!」


峰岸さんが耐えきれなくなったのか、何かが弾けたかのように和泉さんに詰め寄った。


「ユーリ……やめなよ……」


永瀬さんが峰岸さんを諭す。

峰岸さんもこんなこと想像してなかったんだろう。俺たちは3人とも混乱していた。

 

そして、今度は永瀬さんが和泉さんに向き直り話し始めた――


「ねぇ、和泉さん。もしかしたら黛に脅されてるんじゃない?それか騙されているとか……」


和泉さんは相変わらず下を向き何も答えない。

何を……何を考えている……


「それか、警察とかだと敷居が高いっていうなら、親に相談して……」


「私はッ!!」


永瀬さんの言葉を遮るように和泉さんが叫んだ。

永瀬さんは驚いて身体を硬直させてしまった。


「私は……私には、無いんです……何もない……だから、先生の隣にいることで、先生に求められることで、私は、私を感じることができる……」


 

――


 

何てことだ……


俺が思っている以上に


和泉さんは


深い闇の底にいた……


そして、それを照らしたのが


黛だったんだ……


それが偽りの光だったとしても


和泉さんには眩しく見えたのかもしれない




 



「すみません先輩……私、協力はできません……ごめんなさい……」


俺たちは何も言い返せなかった。

黛に求められることでしか、自分自身を見出せないなんて……

なんて哀れな子なんだろう。

でも、そんな彼女を闇からすくい上げることなんて俺たちにできやしない。


「……失礼します」


そう言って和泉さんは空き教室から出て行こうとした。


「ま、待って!和泉さん!」


永瀬さんが呼び止める。和泉さんは足を止めたが背中を向けたまま言う。


「心配しないでください。このことは黛先生は言いません。だからお願いです……私のことも放っておいてください……」


そう言うと、和泉さんは今度こそ教室から出て行ってしまった。

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