第65話 後悔
交際宣言的なことをしてしまって、少し恥ずかしくなってしまったけど、瑞穂の母親にはちゃんと言わなきゃいけないことがある。
「あの、俺……瑞穂、さんのお母さんにずっと言えなかったんです」
「付き合ってるってこと?」
「ち、違います……いや、それもそうですけど……」
調子狂う
どもるな俺、ちゃんと言うんだ!
「ずっと謝りたかった……本当に申し訳ありません……瑞穂さんのことも謝罪が遅れてしまったことも」
謝って済むことじゃない。
そんなことは俺だって分かってる。
でもそれじゃ俺の気が済まないから……
「……悪いけど、その謝罪は受け取れないな」
え……
受け取れない……?
それほどまでに俺を憎んでいるということか……
そうか……そうだよな……
「佐伯くん、なんか勘違いしてない?今回の事故はあなたの一人の責任なの?あなた一人に瑕疵があるわけ?」
「きっかけを作ってしまったのは間違いなく俺です」
「全部じゃないじゃない。運が悪かった……まぁ、私もまだそういうふうに心の整理がついてるわけじゃないけど、結局、そういうことでしょ。あなたが謝ることじゃないもの」
「……でも」
「佐伯くん、気持ちは分かる。でもその考えはある意味傲慢。身体張って助けた瑞穂の立場がないじゃない」
「それでも俺は……ご家族には責められて当然だと思っています」
「はぁ……佐伯くん、あなた、毎日お見舞いに来てくれてるんだって?知り合いの看護師に聞いちゃった。そんな人のこと責められるわけないしでしょ」
グッ……
バレていたのか……そういうことをはっきりと面と向かって言われてしまうと、結構、恥ずかしい。事実だけに……
「…………佐伯くん、あなた、モテるでしょう?」
「な!そんなこと……別に……」
どうして急にそんなこと聞くんだ?!
瑞穂から何か聞いていたのか?!
焦った俺の顔を見てお義母さんはフッと鼻で笑うと、瑞穂のベッドの布団を剥がし、背中に挟んであったクッションを念入りに入れ直した。
後で聞いたが、
「瑞穂〜あんたの彼氏なかなか良い男じゃない。早く起きないと誰かに取られちゃうぞー」
手際がいいな。
さすが看護師。
取られちゃう、か……絶対にそんなことはないんだけどな。
そのあとは、馴れ初めだとかを聞かれたが、瑞穂が起きたら本人に聞いてくれと、うまく躱した。
あとは適当に相槌を打って、遅いからと帰ることにした。
なんだかどっと疲れてしまったよ……
バスに乗り駅までの道程。
俺はさっき、お義母さんと話していたことを思い出していた。
勢いであんなこと言ってしまったけど、よく考えたら瑞穂にちゃんと付き合ってとか言ってないし言われてない。正確には恋人同士という定義になってはいない……
いや……違うな。
瑞穂の知らないうちに俺と付き合っていたことにしてしまうのは、正直悪いとは思うけど、俺はどんな瑞穂だろうと責任を持つって決めたんだ。
悪いな、瑞穂。お前が起きたらちゃんとケジメはつけるからさ。
あ……
ちゃんと告白したとして、断られたらどうしよう……
……今はそんなこと、考えるのはやめておこうか。。。
*
『そう、大事に至らなくて本当に良かったよ』
「心配かけてすみませんでしたユキノ先輩……」
『ホントびっくりしたんだよ?事故が起きて2人が倒れてて。あたし、あなたのお父さんに何て申し開きしたらいいか、分からなかったんだからね?!』
父さんに言われたとおり、俺はユキノ先輩に連絡を入れた。もちろん、ユキノ先輩もニュースで瑞穂のことを知っている。俺を気遣いつつも注意はしてくれた。
それは仕方ない。俺はユキノ先輩の信頼をある意味裏切った形を取ってしまったんだから。
「本当にすみませんでした……次のバイトの時にでも何か穴埋めはさせてもらいます……」
『べ、別にいいけどさ……責めてるわけじゃないし。バイトも無理しないように!』
俺は、俺の周りにいる人たちに支えられている。本当にそれが実感できる。
ユキノ先輩も幸せになってほしいな……
心からそう思う。
「電話してたのか?」
「ああ、雅也。ちょっとなバイトの先輩と。事故の時お世話になったんだ」
「世話になったんならなにもバンド練習の合間じゃなくて家に帰ってからゆっくり話せばよかったじゃねぇか」
「うん、まぁ。でも思い出した時に行動しないと、何もかも忘れそうで……いつでもできるようなことは特にな」
いつ、何にが起こるか分からない。
まざまざと思い知らされた。
頭のケガをしてからも多少は物忘れっぽいものはあったけど、[俺ノート]のモザイクを認識してから、どうもそんな不安が消えないんだ。
「ありがとな雅也」
「なにが」
「バンドに入れてくれて」
「言い出しっぺはユズだ」
「だとしてもだよ」
この空気感。
そうだ、高校生の時、この空気感がとても心地良かった。言葉にしなければならない時も必ずあるけど、言葉にしなくても、なんとなく通じ合えているような感じ。バンドの音が合わさった時のような感覚。
俺は恵まれていたんだ。
*
その日、日課の見舞いから家に着くと、なにやら玄関に人影が見えた。遠目からだとめちゃくちゃ怪しい。
「おかえり、翔太郎」
「あ?どした、お前ら」
ウチの玄関先に立っていたのは、亘とあかねだった。
「僕たち、翔太郎のこと待ってたんだ」
「いや電話かメールしろよ。そのためのケータイだろが」
よく見ると、あかねがどんよりと落ち込んでいる様子だった。
「少し話いいかな?」
さっきから亘しか喋っていない。
どうしたってんだ。
まるで、俺がタイムリープしたあとにはじめて会ったときのようじゃないか。
「まぁ、いいけど。上がれよ」
そう言って俺は自室に亘とあかねを招き入れた。
「……あかね、翔太郎に言うことがあるんだろ?」
亘が優しくあかねを促す。
あかねは今にも泣き出しそうな顔だ。
あ、なんとなく分かってきた。
「私……瑞穂さんに酷いこと言った……」
「あかね……」
ため息混じりに亘が言うが、俺はあかねの言葉を遮らないようにした。
「後悔してるんだ……こんなことになるなんて分からないじゃん。いつか謝ろうとして、でも謝る機会がなかなかなくて……いや、違う。私の勇気がなかっただけ。でもあんなことになってしまって……」
ズンと重い空気が広がった。
あかねよ……気持ちは分かるが……
「ごめん、翔太郎。本当は一緒にお見舞い行きたいと言いに来たんだよ。あかね、事故があってから塞ぎ込んじゃって……」
あかねの立場を考えれば理解できる。自分ではどうにもならないってことも。それが筋違いだってことも。
「あかね、謝りたいなら瑞穂が寝てても起きてても関係ないじゃないか。ただ謝ればいいさ。俺も一緒に行ってやる」
「……うん……ありがと」
亘があかねの頭を優しく撫でる。
まったく。大したイケメンだよ亘はよ……
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