第57話 自分ができることを

あれ……?


俺、何で保健室で寝てるんだっけ。


身体を起こしてみたら、膝がズキっと痛んだ。

布団を避けてみると、膝のあたりのズボンが破けている。

たくしあげると、包帯が巻かれていた。


少し考える。


うっすらとだが、霞んだ記憶に瑞穂がいたような感じがする。


今何時だ……


鞄からケータイを取り出して時間を確認。

午前10時を回ったところだ。

 

いかん。

今日、何のために無理して登校したんだよ。

ベッドから降りてカーテンを開けると、保健の先生がいた。


「ああ、佐伯くん起きた?もう大丈夫なの?」


保健の先生は瀬川先生といって、30代前半の女の先生だ。俺も保健委員だからちょいちょい絡みはあった。

先生はデスクワークをしていたみたいで、メガネを外しながら俺の方に向いた。


「すみません瀬川先生、もう大丈夫なのでクラスに戻ります」


「まぁ、そんなに無理することないんじゃないの?頭の怪我だってあんまり良くないんでしょ?親御さん迎えに来るらしいし、今日は帰んなよ」


「はぁ……でもテストあるし」


「佐伯くんってそんなキャラだったっけ……ああ、ごめん決めつけちゃダメよね、失言だ。忘れて」


「別にいいですよ。親には俺から迎えは大丈夫だって言っておきますから」


親って、誰に?まぁ、母さんだろうけど、母さん普段は車は運転しないからな。迎えに来るったってどういうふうに来るんだよ。


「あなたが大丈夫ならいいんだけど、無理はしちゃダメ」


「はい、ありがとうございます」


優しいな。

こういうことさりげなく言えちゃう瀬川先生はすごいよ。


とりあえず、母さんに連絡するか……


「ああ、そうだ。膝の処置してくれたんだから、あとで吉沢さんにお礼言っておきなよ」


「え、そうなんですか?!」


「覚えてないの?たまたまその場に居合わせただけみたいなんだけど。それにしても、そうか……覚えていないくらいだなんてちょっと心配だね」


なんだよそれ。

それにしたって瑞穂が?

うーん……さっきのうっすらとした瑞穂のイメージ、その時のものなのかな。


どうしよう。

結構気まずいな……



 

トントン


「どうぞー開いてます」


ガラッ

 

保健室のドアが開いた。


「お世話になります。佐伯翔太郎の父の……翔太郎!大丈夫なのか?!」


大丈夫なのかじゃねー!!

何で父さんが来たんだー!


「ああ、お父様ですか。彼、ちょうど起きたところなんです」


「父さん?!仕事は?」


「ちょっと中抜けしてきてな。いや、いいんだ俺のことは。先生、お世話になりました」


「いえいえ、私は何も。ほら、やっぱり帰りなよ佐伯くん。担任には私から言っておくから」


そんなこんなで2人に押し切られる感じで俺は学校を後にするとこになってしまった。

父さんは車で来ていて、乗った時に気付いた。


「あ……自転車」


「次に登校するときに車で送って行くから。それよりも翔太郎、ちょっと話があるんだ。母さんもそろそろに帰って来るし、一旦家で休んでろ」


何だよ話って。

あまり良い予感がしない。





家について、少し休んでいたら昼前に母さんが帰ってきた。頭痛もそうだけど、膝のケガについてもだいぶ心配されてしまった。

わざわざ仕事休むのことないのに。申し訳ない気持ちになる。


昼飯を食べ終わったころに、父さんがさっきの話の続きを始めた。


「あのな翔太郎、話というのは、最近の翔太郎はやっぱり何か無理しているように見えるんだよ。それが俺も母さんもとても心配なんだ」


母さんもお茶を配りながら無言で頷いた。

そうだよな。

突然泣き出すわ入院するわ。

そして、今日の転倒騒ぎ……

どう見たって普通じゃない。


「ごめん……心配かけて……」


「いや、お前が謝ることじゃない。それでな、翔太郎。お前、少し学校を休んだらどうかって思ってるんだ」


ええ……

進級できないんじゃ……

それに、そんなことしたら前世界線とはまったく違った道を進むことになる。ていうか、実際そうなってるけど……

これ以上俺の知っている知識が役に立たなくなる状況は作りたくない。


「休むってどれくらい休めばいいの?」


「とりあえずは、1ヶ月くらいかな」


「ごめん、それは無理だ。テストがあるんだ。これ以上順位を落としたくないし、休めば進級できなくなる」


「分かってるわよ。でもね、私だっていつ翔太郎が倒れるんじゃないかって気が気じゃなくて……」


母さん……


前世界線では母子家庭になってしまったから、大変な思いをさせてしまった。寂しい思いもたくさんしただろう。

母さんにも二度とあんな思いをさせたくない……


「……分かった。でもさすがに1ヶ月は長いよ。まずは1週間。それでいいだろ?」


「翔太郎……」


「頼むよ。俺、クラスメイトのヤツら…あいつらと一緒に卒業したいんだ」


それを言うと父さんも母さんも何も言わなくなってしまった。

少し酷なこと言った自覚はある。

でもあいつらと卒業したいっていうのは本当だ。


「……よし、分かった」


「お父さん!」


「母さん、俺も同じ気持ちだが、翔太郎がこんなふうに言うことって今まであまりなかっただろう?翔太郎を信じてみよう」


ああ、ありがたいし本当に申し訳ない…………


「その代わり、しばらく遠出は避けてくれ。何かあった時に駆けつけられなくなる。自転車も乗るならヘルメット……いや、なるべく乗らない方がいいかもな」


おう。

デバフが次々と……

仕方ないか……父さんも母さんも精一杯なんだろう。自分でできることをしようとしているだけなんだから。

 

自分でできること……?


――そうだ



 


「あのさ、その代わりと言ってはなんだけど、今度の土曜日、どっかドライブに連れて行って欲しいな、気分をリセットしたい」


これは賭けだ。


土曜日は父さんが事故に遭う日。

そもそもゴルフなんかに行かなきゃ、帰りにタクシーにも乗らないし、事故にも遭わない。

だったら先に予定を入れてしまえばいい。

 


「土曜日か、俺が運転して出掛けるならいいよな。母さん?」


「……あら、お父さん、土曜日ってゴルフじゃなかったかしら?接待ゴルフって言ってたじゃない」


「しまった……そうか……3回流れて今度の土曜日になったんだっけ。まいったな……日曜日じゃダメなのか?」


「日曜日は……わ、亘たちとウチで遊ぶ約束してるんだ。アイツらにも心配させちゃってさ。なんか気を遣ってるみたいで……」


「そうか……」


咄嗟に出た嘘。

いや、本当に呼べば来るだろう。アイツらならば。この間のこともあるしな。


「珍しく翔太郎がお願いしてるんだから何とかならないの?」


「うん……まぁ、掛け合ってみるよ」


ここは静観だ。

昭和の遺産、接待ゴルフ……仕事の延長線でもある接待ゴルフの重要性は知っているつもりだ。ここで無理にお願いはできない。

だが、俺も引くわけではない。

その次の土日はどうだ――

みたいなこと言わせないためにも、今は余計なことを言わない方がいいだろう。



――しかし、所詮付け焼き刃の浅い案

そう簡単にはいかなかった……

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