第56話 前世界線 2007年秋

ピコンッ


『次回は例の場所で。南浦和から京浜東北線の電車だよ。それと今回は制服で来るように』


え?制服で?なに考えてるの……


『もう高校生じゃないんです。それにクリーニングに出すので間に合わないです』


ピコンッ


『クリーニングなんかいいよ。それとプレゼントした例のヤツ。制服の下にちゃんとつけて来てね』


「ッ!!」


気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……


いつまで……いつまでこんなことを続けるんだ。

そんなこと言ったとしても私に何ができるという訳でもなく……


高校を卒業して大学生となった私は、相も変わらず[彼]からの呼びつけられていた。高校生の頃とは会う頻度は減ったけど、相変わらずこの関係は続いている。


高校を卒業した次の日、卒業を機に[彼]と縁を切りたい一心で、[彼]からもらっていたお金をすべて返した。

それが気に食わなかったのか分からないけど、彼の態度は一変。その時また暴力を振るわれた。

恐怖と不安で[彼]の命令にずっと逆らえずにいる……


メガネとマスクをしてなるべく顔を隠した状態で電車に乗った。一年前まではなんとも思わなかったのに、今高校の制服を着ただけでこんなに恥ずかしくなるなんて……

それに[彼]からもらった下着……もう気が変になってしまいそうだ。


私は程よく混んでいる電車の車両の端の方に隠れるようにして佇んだ。


電車が都内に入ると車内がやや窮屈になって来た。

そして……


「!!」


痴漢?……多分、いや、この手の当たり方……

よりにもよってこんな格好の時に……!


「僕の言いつけどおりにしてくれたね……」


「ッ?!……」

「おっと、声を出すなよ。分かっているよね?」


痴漢をしてきたのは偶然か狙ったか分からないけど耳元でそう囁いた[彼]だった。


相手が誰だということが分かっていても、怖い、気持ち悪い……!

[彼]は私の反応を楽しむように小声で続ける。


「電車の中で女の子にこうやって触れるのは初めてだけど……なかなかフフフッ興奮するねぇ……キミもそうだろう?」


声が出せない恐怖と絶望の中、私はただ震えることしかできなかった。




それから……


味をしめたとはこいういうことなのだろうか。呼び出しが、月に2、3度になった。そして決まって混雑した電車の中で待ち合わせ。路線を変えたり時間を変えたり……時には言葉では説明しづらい卑猥な格好もさせられた。


 

 

お願い……助けて助けて助けて……誰か!!


 


逃れられない状況が続いたある日のことだった。


「痴漢……?」

 

今回も[彼]の言いつけどおりに満員電車に乗っていると、ふと、[彼]とは反対の位置に立っていたおじさんが小声で話しかけてきた。私は[彼]にバレないよう、口を押さえてコクコクと小さく頷くと、おじさんはさらに隣にいた30代くらいの女性にコソコソと話をし始めた。2人が知り合いかどうかは分からないけど、何かを示し合わしたようにうなずき合っている。


そして――


「お前、痴漢してたな」


おじさんが[彼]の腕を掴んで言った。


「は、はぁ?!なんだお前ッ!僕に触るな!」


「あなたが痴漢していたところ、しっかり写メで撮ったんですからね!言い逃れできないわよ」


「ふ、ふざけるなッ!離せじじい!」


なんだなんだどうしたどうしたと、車内は騒然とし始めてしまった。


「暴れるんじゃない!コイツは痴漢だ!俺とこの女性がしっかりと確認した!」


「マジかよ……このクソが」

「信じらんない……若いのに」

「警察に突き出そうぜ」


車内全体が[彼]に対して敵意を向け始めたその時、


「あああっ!!」


[彼]が腕を振り払うようにした時におじさんの頬を殴った。


「コイツ!」

「取り押さえろ!」


周りにいた男性たちがこぞって[彼]を取り囲み、ついには床に押さえつけてしまった。


「離せー!お前ら!ただで済むと思うなよ!!」


「あなた、大丈夫?怖かったよね、もう安心だからね」


「はい……はい……ありがとうございます……」


気付けば私は、涙がポロポロと溢れ出て泣いていた。

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