第55話 保健室にて

先日の入院から断続的に頭痛が続いている。

特にめまいがひどくて、嘔気が伴う時もある。入院の時にもCTなどいろいろ検査はしてもらたのだが、特に異常は見つからず。

主治医は精神的なものもあるのではないかと言っていた。あながち間違っていないような気がする。


そんな状態の中、新学期が始まった。




 

 

休み気分が抜けないある日、俺は朝から体調が悪くてよっぽど休もうと思ったけど、近く小テストがあるというので無理してでも授業にでなきゃと思い家を出た。

熱もないし大丈夫だろうと軽く気持ちで自転車をこいでいたんだ。

頭がポワポワしていて

そして――


 

キキィィー!!


 

登校中の小学生の列に突っ込んだ。

あわやというところで避けたのだが……


ズザザ……

ガシャン!!


タイヤが横滑りして転倒してしまった。


「だ、大丈夫ですか……?」


駆け寄ってきてくれたのは身体がでかい小学校の男の子。


「あ、ああ……ごめんね、ビックリさせて」


痛いやら恥ずかしいやらで、早くその場を去りたかったのだが、カバンの中身をぶち撒けてしまっていた。


イソイソと集めていると、


「はい、どうぞ」


「あ、ありがとう……」


10歳くらいだろうか、女の子が、俺がいつも持ち歩いている[俺ノート]を拾ってきてくれて差し出した。


「…………」


なんだろう――

 

今の女の子にまったく見覚えはないのに、何か心に引っ掛かる……

そして、記憶のどこかにある誰かの陰とその子が重なって……


「グッ……」


また頭痛だ。

よく見たらズボンの膝部分がビリビリに破けている。

血が滲んできたが、頭痛の方がひどく感じた。


何とか自転車を起こそうとするが、頭痛と膝の痛みで力が入らない。


「あ……」


手が滑って、また自転車が倒れかかった時、


「大丈夫?!」


ハンドルを持って自転車を支えてくれたのは、瑞穂だった。







その人はフラフラと自転車を運転していた。

危なっかしいなと見ていたら、登校中の小学生の列に突っ込んでいき、あわや激突寸前に避けて盛大に転んでしまった。

うちの学校の制服だから誰だろうと思って近づいて行ったら、


「佐伯くん?!」


佐伯くんは見た通りボロボロで、自転車を起こすこともままならなかった。


「……だ、大丈夫、大丈夫だから」


言葉とは裏腹にまったく大丈夫じゃなさそう……


「カバンは私が持つから。行ける?」


「うん」


ひとまずは自転車に乗れたけど、相変わらずフラフラとしている。ここから学校まで大した距離でもないけど、私はヒヤヒヤしながら佐伯くんの後ろを進んだ。


なんとか下駄箱までやってきたけど、佐伯くん、なんだかさっきよりも具合が悪そう。帰った方がいいのに。


上履きを取ったところで、脚に力が入らなくなったのか、ガクンと膝から崩れ落ちてしまった。


「佐伯くん!やっぱりちゃんと休んだ方がいいよ!まずは保健室に行こう?それから帰りなよ!」


佐伯くんは息を荒くして辛そうに無言で頷いた。

佐伯くんの顔は土気色になり冷や汗をかいている。

こんな弱った佐伯くんてすごく珍しい……


時間が少し早かったからなのか、生徒も教師もまばらだ。

近くにいた1年生に、先生に体調不良者がいるということを伝えてほしいと頼んで、私は佐伯くんを保健室まで連れて行った。


昇降口から保健室までは距離がある。

会話もなく無言が痛い。

佐伯くん体調が悪いのに会話も何もないのだけど。

絞り出した言葉は、


「……いつかとは逆だね」


文化祭の時のことだ。

あの時は別に私は体調が悪いというわけじゃなかったけど、こうやって佐伯くんを介抱できたことに、お返しできたみたいな感じになってちょっぴり嬉しい。

少し意地悪なことを言ったから、いつものように皮肉を込めた言葉が返ってくるのかなって思ったけど……


「……すまない」


小さな声で佐伯くんはそう言った。




保健室のドアは空いていて、以前私が横になったベッドに佐伯くんを促した。

まだ誰もいないけど、ベッド周りのカーテンは閉めておこう。


息が荒く顔色は相変わらず悪い。

何かできることはないかな……

確か、冷蔵庫にペットボトルの水とかスポーツドリンクがあったよな。あと膝の手当てもしなきゃ。


カーテンを少しずらして冷蔵庫に行こうとした時


「瑞穂……」


え……?


佐伯くんから久しぶりに名前で呼ばれて、少し驚いてしまった。振り向いて佐伯くんを見るけど布団を被っていて表情が見えない。


「な、何?何か飲み物でも持って来ようか?」


どもってしまった。


あの空き教室での告白から、佐伯くんとはまともに話をしていない。変に緊張してしまう。


「……大丈夫……大丈夫だから……」


「え、な、なにが……?」


「瑞穂はちゃんと……俺が……守るから……」




 

どうして……


どうしてそんなこと言うの……


私は佐伯くんのことを傷つけた。


私の浅はかな考えが、みんなに迷惑をかけた。


なのに


なんで……


そんなこと言われたら、


もう……諦めきれなくなるじゃない――

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