第54話 あの日のこと
「それで?」
「それでって……特に、何も」
「えぇ?!そのまま何もしないで帰ったの?!」
バイト帰り
俺は同じバイトを始めたユキノ先輩に車で家まで送ってもらっていた。
といっても、相談があるってユキノ先輩に言ったら、コンビニの駐車場でこれまた事情聴取のような形になってしまっているけど。
「でも、それで急に馴れ馴れしくなったら逆にキモくないですか?経験あるからって簡単にネトれるとか思ってるのか!って思われたくないし」
「まぁそうだけど。でも距離感ってもんがあるでしょうよ。高校生でそんなことがあったんだから傷ついてるわけでしょ瑞穂ちゃんは」
「はい、かなり……でもあんなに追い込まれていたなんて、前世界線でも俺は知らなかった」
「はっきり言って同情できない部分はあるね。でもさ、たかだか16、17歳の娘の浅はかな頭じゃ、それが限界だったんじゃない?」
さすが中身オバハン。考え方がドライだ。
「将来の嫁で、
「分かってますよ。でも……なんか瑞穂から俺に対する気持ちに諦めみたいな冷めた視線を感じたんです……」
そうだ。
瑞穂のあの何もかも終わったというような目。
今まで俺に向けられていた視線とは明らかに違うような気がする。
「正直、あたしもショウタロくんの友達と同じように、これでいいのかなって思うよ?まぁ瑞穂ちゃんが望んでない限りなにもできないんだろうけどさ」
「そんなこと俺が一番分かってます。今だって[彼]ってやつに弱味を逃げられたままなんだから。でも……今、何をどうすればいいのか、分からなくて」
「まずは付き合っちゃえばいいんだよ。寄り添って支えてあげるの。そこんところ、もっとシンプルに考えられない?」
「そんな簡単なことじゃない、です……!」
俺の感情だって混乱している。4月の時みたいに憎めたら楽なのかもしれない。でも、なぜか瑞穂のことを諦めちゃダメな気がするんだ……
ユキノ先輩は缶コーヒーの飲み口の端を噛みながらジト目で俺を見る。面倒くさいヤツだとも思っているのだろう。
「で?じゃぁどうすんのよ瑞穂ちゃんとは」
「機を見て話をしてみますよ。ちゃんと」
「……そっか。あたしはショウタロくんの意志を尊重するよ。でも慎重にね」
「はい。肝に銘じておきます。それはそうと、この他に相談があって」
「ああ、そうだったね、お父さんのこと」
そう、俺の命題。
文字どおり父さんの命を救うこと。
*
父さんが亡くなった日のことはよく憶えている。というか、最近思い出したんだ。
俺が高校2年の1月だった。
その日は土曜日で朝から雨が降っていた。俺は家でダラダラと過ごしていたと思う。
父さんはというと、その日は雨だというのに接待ゴルフで出掛けていた。俺が起きた時にはもういなかったから、朝早くから出掛けていたのだろう。
警察から連絡があったのは夕方で暗くなった時だった。タクシーに乗った父さんが事故に巻き込まれてケガをしているという一報だった。報告のあった病院に行くと俺たち家族は愕然とした。ベッドに横たわる父さんは意識はおろか、搬送された時からすでに心肺停止状態だったそうだ。ガラス越しに見た父さんは、ミイラ男のように頭からつま先まで包帯を巻かれ、喉には人工呼吸器に繋がれた管が付いていた。
警察によると、事故が起きたのは確か、午後4時半くらいと言っていたと思う。
父さんは雨が降っていたためタクシーに乗って帰ったそうだ。駅前の大通りの交差点を通過しようとした時、加害者が運転する暴走車が信号を無視してタクシーの横っ腹に激突。タクシー運転手は軽傷だったが、父さんは意識不明の重体。
車が当たった衝撃で歩行者が何人か怪我をしたみたいだけど、大事には至らなかったみたいだ。
でも父さんは一度も意識を戻すことなくそのまま亡くなってしまった。
加害者は高齢ドライバーのじいさんで、アクセルとブレーキを踏み間違えたと思われるのだが、本人は最後まで否認した。あくまで車が勝手に暴走したのだと主張したのだ。後で分かったことだが、この高齢ドライバーは若干認知症の疑いがあったという。それが理由か分からないが、結果、不起訴となりそのじいさんは自宅に帰ったのだ。
俺が何より許せなかったのは、その加害者本人が一度も線香すらあげに来ないどころか、直接の謝罪の言葉すらなかったことだ。
事故から数週間後に加害者のじいさんと同居しているという、そのじいさんの息子の嫁が、謝罪と称し一人で俺の家に訪れたことがあった。兄貴が、なぜ本人やあんたの旦那である息子が来ないのかと聞くと、本人は気が動転してしまうから主治医から止められているということと、息子(旦那)が来ないのは仕事で忙しいから、とのことだった。俺はそれを聞いて呆れ果てたが、兄貴はそうじゃなかった。怒り狂い、物を投げ塩を投げ……危うく傷害事件になりかけた。
*
「と、まぁこれ以外にも加害者側の心無い対応がいろいろとあったんですけど、兄貴と俺の大学の費用は出してくれたし、なんだかんだ金で困ることはなかったんですけどね」
「それが起こるのが来月って感じなのね。本当に災難だったね……」
「ええ、まったく。思い出して本当に良かったですよ」
家族全員、親戚も含めて本当に辛い思いをした。あんな思いもう二度としたくない。それをリセットできるのだとしたら、俺がここにいる意味はある。
「あ。あと時間は正直曖昧なところはあるんですけど、たしか午後4時30分くらいだったと思います」
「ふむ……じゃぁあたしが車を出して、その白のタクシーだっけ?それに乗せないようにして、お父さんをあたしの車に乗っけちゃえば問題解決って感じ?」
「そうですね……でも本当は暴走そのものを阻止したい」
「そのじいさんに運転させないってこと?それは難しいんじゃないかな〜家だって知らないでしょ?」
「まぁ、そうなんですけど……」
不幸になるのは被害者だけじゃない。加害者であるじいさんの家族もまた目には見えない社会的制裁は受けていた。同情はしなかったけど、事故さえ起こさなければ誰も不幸にはならないのだから。
「あのね、ショウタロくん。この前も言ったけど、あたしたちがなぜこの時代に精神だけが飛ばされたのかは何にも分からない。神様からの啓示みたいなものなんかないんだよ?この世界を救え〜とかさ。だったら目の前のことや、手の届く範囲の大切なものをできる限りで守るしかないんじゃない?」
それによって誰かが傷つくことになっても……という言葉は意地悪すぎるかな。言わないでおこう。
「分かってます。でも飲み込めないんですよ……」
「……ショウタロくんは優しいね。そして愚かだ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「とりあえず、協力はするから自分たちがやれることをしよう。当日は指定の時間にあたしが車を出す。んで、お父さんとショウタロくんを乗せて自宅まで送る」
「はい。すみません、よろしくお願いします」
やれることをしよう、か……
いつだったか、同じことを思っていたよな。
ユキノ先輩が車を持っていて本当に助かった。高校生という立場の俺ができることといえばバイトで貯めた、たかだか数十万円の貯金と若い体力だけだ。無い知恵を絞って協力者を探してやっと辿り着ける。俺が理想とする未来に。
*
――冬休み
クリスマスが過ぎて年末年始とイベント事が続くけど、[彼]に突然呼び出されて、ということは今のところない。
[彼]のあの言葉、信用したわけじゃないけど、ホッとしているのが半分、またいつ呼び出されるか分からない不安が半分といったところ。
クリスマスは優里と美羽と一緒に私の家で過ごした。
優里は私に気を遣ったのか、そばにいてくれた。
楽しかったしすごく嬉しかったけど、申し訳なかったな。
あれから――
佐伯くんとはまともなやり取りはしていない。
佐伯くん自身は私に対してこれまでと変わらない(前のままの少し冷たい)態度だ。
絶対嫌われたと思っていたから、それがすごく意外で申し訳なくて、私の方から避けているような態度をとってしまっている。
それでも、ときどき見せつけられる佐伯くんの小さな優さに私はどうしたらいいのか分からなくなる。
私はこのまま佐伯くんのことを好きなままでいていいのだろうか……このまま諦めてしまった方がお互いのためになるのかな……
そして――年末年始が過ぎ、新学期がやってきた。休み気分が抜けないある日のことだった。
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