第53話 前世界線 2007年春

今日は卒業式……やっと高校生という立場から解放される。ツラいことも多かったけど、こうやって美羽や優里と一緒に卒業できたことが本当に嬉しい。


「ねぇ瑞穂ン、写真撮ろうよ〜」


美羽が懐っこく言ってくる。


「うん、撮ろ撮ろ」


「あー。上手く撮れない。ねぇそこの、えーっと……あ、佐伯くん。ちょっと写真撮ってくれない?」


「え、俺?別にいいけど……このボタン押せばいいの?」


「うん、そう」


美羽は、クラスの誰でも距離感が近いな。大して喋ったこともないような男子でさえも。


この学校ともお別れ。なのに未だにお別れできないこともある。それが心の底から卒業を喜べない理由となってしまっている。


「あぁ!有馬くーん!写真撮ろー!」


まったく……美羽はミーハーだな。誰彼構わずにああやって。

私はあんなふうに距離を縮めることはできないな。


ズルズル続けてきた[彼]との関係。何度もお別れしたいと考えて、でもきっかけも勇気もなくて「終わりにしたい」という言葉が言えていない。そして、卒業式の翌日も会うことを承諾してしまった。回数こそ減ってきたけど、これからもこんなことが続くのかな……


「よぅ、吉沢」


「魚住くん」


「この間はライブ来てくれてありがとな」


「ううん、こっちこそ。すごく良かった」


魚住くんとは高校2年の文化祭の時に魚住くんたちのバンドのライブを見た時から少し話すようになった。それから彼らが学校の外でライブをする時もタイミングが合えば行くようにしていた。といってもまだ2回くらいだけど。


「吉沢〜お前も有馬かぁ」


「え、なんでよ?」


「有馬を見る吉沢の視線、ただならぬモノを感じたのだが」


魚住くんて、たまにこうやってよく分からなくなるようなことを言ってくる。


「何それウケる。そんなんじゃないよ。馴れ馴れしく有馬くんと写真を撮る美羽に呆れてただけ。魚住くんはどうなのさ。卒業だぞ?誰かに告るとかさ、ないの?」


「俺は……そ、そんなことよりさ、次のライブ、本当に高校最後のヤツやるんだ他校と合同でな!」


「分かった。詳しいこと分かったらメールちょうだいね」







「本当に吉沢さんに何も言わないで良かったの?雅也くん」


「なんでユズにそんなこと言われなきゃならないんだ?お前こそどうなんだよ。峰岸に言うことあったんじゃないのか?」


「ぼ、僕は……そんな立場じゃないし」


そう言ってユズは下を向いてしまった。

あぁあ。それにしても俺たちって。


「僕たちってヘタレだね」


「……お前と一緒にするな!」


そうやって表に現れなかった想いなんてものは、世の中いくらでもあるだろう。あそこにいるヤツだって秘めたる想いがあるかもしれない。例え自分本意であろうと相手に想いを伝えられる人間はごく僅かにすぎない。


「雅也」


「おう翔太郎どうした?」


「俺、先帰るわ」


「ああ、そうだったな。じゃまたな」


そうやって翔太郎は手を上げて去って行った。

 

出会った頃、俺は翔太郎のことが嫌いだった。自分だけが全ての不幸を背負い込んでいるような雰囲気を醸し出していて、気に食わなかった。同族嫌悪というヤツだ。


そう。俺は中学時代いじめられていた。無表情で取っ付きの悪い俺は、多感な中学生どもの格好の餌食だった。

高校生になり、闇に浸っていた俺を引っ張り出したのはユズだった。音楽や楽器の楽しさを教えてくれたのもユズだ。


だからなのか、翔太郎を見ると過去の自分を見ているようでイライラした。

 

きっかけは高校2年の修学旅行の班決めの時。翔太郎は当たり前のようにひとりで佇んでいたので声を掛けてやった。俺にしてみれば憐れみと同情という蔑んだ意味で声を掛けてやったんだが。

でも、ちゃんと話をした翔太郎は俺の想像よりもいろんなことを考えていて、何より話が合うヤツだった。音楽に対しても熱心だったし楽器もスジがいい。いつの間にか一緒にバンドをしていた。


俺は、ユズが俺に施してくれたことを、自分でも気付かないうちに翔太郎にしていたと思う。翔太郎にはよく感謝される。バンドに誘ってくれてありがとな、とか。でも実はそうすることで俺自身の心を救っていたのかもしれない。


「あれ?翔くん先に帰っちゃったの?今日バンドの打ち合わせだったよね?」


「墓参りだ。親父さんに卒業の報告しに行くんだとよ」


「そっか……」


俺の想いの一つはこのバンドとともにある。だから、誰かを想う気持ちが一つくらい表に出てこなくたって別にいいじゃないか……

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