第52話 黄昏のチャイム

私は見てしまった。彼の部屋で……



それは[コレクション]


これまで、[彼]が関係を持った女の子たちの、行為をしている時のビデオだった。

 

それは、私も例外ではなかった。


私も浅はかだったんだ。

人の家で、勝手にリモコンをいじって

それが再生された。


「あ〜ぁ、見られちゃったかー」


「……どういうこと……コレ……」


引き出しのラックの引き出しに並んだDVD

透明のケースの中にしまわれて、女の人の名前がきれいにプリントされている。



「どうって……言われてもなぁ」


「もしかしてここにあるDVD、全部そうなの……?」


「まぁ、全部じゃないけどほとんどがそうかな?」


「何を、考えてるの……!」


「趣味だよ。僕の数少ない趣味」


「趣味って…………これ、犯罪じゃない!」


「犯罪?」


[彼]の目つきが変わったのが分かった。

私の腕を掴んで[彼]は続ける。


「僕は僕の趣味の範疇で楽しんでいるだけだよ。それに……見なよ。そこに映っている彼女だって喜んでるじゃないか。君だってそうだろ?」


寒気がした。


私は愚かにも、この男のことを都合の良い人間だと思っていた。


でも、違った。


利用されていたのは


私の方だった……


それを認識した瞬間、私は凄まじい恐怖に襲われた。


「安心してよ。誰かに見せるとか、これを使って君を脅そうとか、そんなつもりはないよ。そんなの面倒になるだけだし、あくまでもただの僕の趣味だからね」


そんなこと言われても信用できない。

私は、多分、もう[彼]には逆らえない……


怖い……

気持ち悪い……


でも、全ては遅かった。


そうして、高校1年の初夏

私と[彼]の歪な関係が始まった。

逃げることも、排除することもできない

[彼]からの無言の脅迫の中で。







絶句とはこういう状況を言うのだろう。


その場にいた全員が、時が止まったかのように固まってしまっていた。


知らなかった。

俺でさえ。


前世界線の大学生の時、瑞穂と再会したとき、そんな過去があるだなんて、微塵も思わなかった。

それぐらい今の瑞穂とは別人だった。


俺は無意識に自分の胸のあたりのシャツを、引きちぎれるほど強く握りしめていた。


「これが高校1年までの話……その後も、2年生になってからも、[彼]との関係は続いてた」


「瑞穂ン……」


永瀬さんが耐えきれずに、ボソッと口にしたけど、ここに居るみんながどうしたらいいか分からなかった……


「でも……許せないよ!……警察……そうだよ!警察に言おう!」


永瀬さん、気持ちは分かる。

分かるけど、瑞穂があんなにも怯えている……


「美羽……そんな簡単なことじゃないよ。瑞穂の意思も大事だよ。瑞穂、何かを要求されたわけじゃないんでしょ?」


「……うん、何も……それに私は恐怖からとはいえ、[彼]の全てを受け入れてたの。お金も受け取ってしまっていたし……」


なんてことだ……

金を受け取っていただと?

それはもう売春になるんじゃないか?


「……でも、もうその関係も終わるかもしれない」

 

皆が顔を上げ瑞穂に注目した。


「瑞穂ン、それ本当なの?」


「分からない……信用したわけじゃないから。あの日……佐伯くんたちが、ホテルから出て来る私を見たって日」


峰岸さんと永瀬さんがギョッとした表情になったのが分かった。

まぁ、そうなるよな……

2人とも、「本当に?」という表情で俺を見てきたので、俺は無言で頷いた。そうしたら峰岸さんは手で顔を覆ってしまった。

峰岸さんの心の声が聞こえてくるようだ。

 

瑞穂は続ける。

 

「今日こそ最後にしてほしいって勇気を出して言ったの。もらっていたお金も全部彼に返してね。始めは怒るかと思ったよ。また殴られるんじゃないかって」


「またって……瑞穂、ソイツに殴られたりしてたの?!」


峰岸さんが声を荒げながら言った。

瑞穂は視線を落としたまま頷く。


そんな……そんなことになっていただなんて……


「佐伯くんに謝らなきゃいけないんだ。あかねさんたちの学園祭、本当は体調が悪かったわけじゃなくて、[彼]から殴られた痣が消えなくて……花火大会の時だってそう。本当は佐伯くんに家まで送ってもらってない……[彼]が私の家のマンションの前で待ってるって言うから……嘘ついて本当にごめんなさい……」


そう言うと、瑞穂の瞳からポロポロと涙が溢れてきた。


俺は――

俺は、どうしたらいいか分からなくなってきていた。

さっきからいろんな感情が現れては萎んで、また別の感情が現れる。


思い返せば……

瑞穂のこれまでの言動、何か秘密を持っているような感じがあった。

花火大会の時か……

あの時、俺が強引にでも家まで送って行けばよかったんだ……

今さら……今さらそんなこと思ったって!!


「でも、ホテルに呼び出されて、彼に、その……す、好きな人ができから終わりにしてほしいって言ったら、あっさり認めてくれて……」


好きな人がいる、か……

もうここまできたら、言わずもがな、ということだよな。


「だとしてもさ!このままでいいはずないよね?!これだけの仕打ち、もういいよで終わりでいいのかな?!ウチ納得いかない!」


「ねぇ瑞穂、その[彼]っていうクソ野郎はどこのどいつなの?」


「そ、それは……」


「そいつが大人なら未成年との淫らな行為とかで罰せられるんじゃないの?!」


「…………」


瑞穂は沈黙してしまった。それさえも言えないということか……全部話すとは言ったけど、まだ恐怖が消えないんだろうな。

俺から言えることは何もないんだろうけど、

でも……


「もういいよ」


「なんでよ翔太郎くん!ソイツの素性を調べて、いろいろ暴いてやろうよ!」


「今はやめとけ。高校生でなんとかなるレベルの話じゃない。それにこれ以上に吉沢を傷つけることにもなる。考える時間あげようよ。もういっぱいっぱいだし……みんなだってそうだろ?」


「そうだけど……でも!!」


「美羽、ごめんね。優里も……でもありがとう……怖いけど、不安だけど、今はただ、忘れたいの……」


「瑞穂ンんんー……うぇぇン」


永瀬さんも一緒になって泣き出してしまった。


[彼]を罰することを望むよりも、今はただ、静かに平穏に過ごしたい、か……

それだと根本的な解決などできやしない。今後も不安は続くだろう。でも瑞穂も普通の高校生だ。そういうふうに考えてしまうのは分かる気がする。

大学生だった時の、あの瑞穂にはもうならないのかな……


 


瑞穂の告白を聞いてこれまでの瑞穂の言動に辻褄が合う点があったから嘘は言っていないと思う。俺たちは前世界線では夫婦だったんだ。少なくとも瑞穂がこの状況で嘘をつくような人間ではないことぐらいは分かる。


ただ……その中に、瑞穂から俺に対する諦めのようなものを感じ取った。



キーンコーンカーンコーン――



昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

まるで、何もかもが終わってしまったかのような音色だった……

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