第51話 私の形

物心ついた時には、私の父親はあまり家にいなかった。仕事が忙しかったり単身赴任だったりしたので仕方がないとは思う。

私の幼い時の記憶では、優しい父が大好きだった。だからたまに帰って来る父をとても楽しみにしていた。


その感情は、私が中学に上がってもまだ持っていて、母、兄、私の3人での生活が当たり前であるかのような日々の中で、私は父親がいない寂しさというか、引け目みたいなものを少なからず持っていたと思う。

そして、中学の卒業式を控えたある日、突然母から離婚の話が出てきた。

これまで3人の生活だったから、兄はさほど驚いた様子はなかったけど、私はかなりのショックを受けて、しばらく引きずっていたのを覚えている。


兄は私が高校に入学すると同時に家を出て一人暮らしを始めた。だから高校生からは私と母だけの二人暮らしということになる。

でも実際は、母の仕事が忙しく夜勤もあったりするからほとんど私の一人暮らしのようなものだった。

始めはほぼ一人での生活に少しは楽しさを感じていたけど、すぐに寂しさに変わっていった。

思い切って関西に住む父親に会いに行こうと思ったこともあった。

でもお金も無ければ知識もない小娘には、行動を起こすことなんかできなかった。

あの時の私は相当、卑屈になっていたと思う。


そして、高校1年のGW、学校の友人とのスケジュールが合わず,部活もなく暇を持て余してなんとなく訪れた都内の某繁華街で、中学生の時に軽く虐められていた女子に出会ってしまった。


当然というか、当たり前のようにその子は自他共に認めるようなギャルになっていて、虐められていたといこともあったから近寄りたくなかったんだけど……




「あれ〜マジ?!こんなところで会うなんて、お久ー吉沢ぁー」


「あ……山根さん……久しぶり……」


「サユ、誰?」


友達も結構なギャルだな。


「この子、中学ん時の友達〜てか、ヨッシーなんか垢抜けてない?高校デビューってヤツ?」


その時偶然会ったのは[山根サユ]さんという元クラスメイト。

性格が明るく目立っていて、クラスでも中心的な存在だった。

私は積極的に関わろうとは思わなかったけど、山根さんが好意を向けていた男子から、私が告白されてから状況が変わった。

無視されたりハブられたり、周りのクラスメイトを巻き込んで私に嫌がらせをするようになった。

その時は中学3年で受験モードだったから、あまり気にしないようにしていた。どうせあと数ヶ月の付き合いだと思っていたし。


「ねぇ、ウチらこれからゴハンなんだけど、ヨッシーも一緒行こうよぉ」


「え……でも私……」


「いいじゃん!行くよな!な?!」


中学の時の苦手意識が尾を引いていたからなのか、上手く断りきれず、山根さんの友達からの圧もあって流されるままに彼女たちと一緒にファミレスに入った。


その時の彼女たちの話の内容にはついていけなかったけど、さらに話が怪しい方向になっていって……


「ねぇ、ヨッシーもやってみなよ。大丈夫だって、2、3時間、オジサンのお話相手してればいいんだから。たまに若いお兄さんのときもあるよ。しかもエッチなことしなくても3万だよ?やらない理由なくない?」


「それって……円光、だよね?」


「だから!違法なことじゃないっつーの!ちょっとお小遣いもらうだけ。ウチらこのあと予定できちゃったからさ、代わりに行ってきてよ。キャンセルされなきゃ報酬は全部あげる」


いや違法でしょ……報酬って言っちゃってるし。

絶対に私を使って楽しんでる。

中学の時の腹いせだろうか。いまさら。


でもその時の私はいろいろなことに無気力で、正直どうでもいいやっていう気持ちが少なからずあったから、


「本当にこれっきりだからね……」


「うん、もちろん!いやぁ助かるわ〜」


引き受けてしまった。

その後、山根さんたちに尾行される形で指定の場所まで行くと、本当にどこにでもいるような中年サラリーマンがいて。

事情を話したらキャンセルしてくれると思ったけど、むしろすごく喜ばれた。

その時、山根さんたちは建物の陰に隠れて私を笑っていた。本当にただの嫌がらせだったみたい。


そのオジサンとはカフェでお話ししたり、買い物に付き合ったりと、私が最初に思っていたような、いかがわしいことは一切なく、オジサンは最初から最後まで楽しそうに喜んで帰って行った。しかも、山根さんが言っていた3万円よりも多くもらってしまった。


山根さんからは、終わったら報告するようにと言われていたからメールで伝えることにした。


『サンキューね!助かったよ』


もうこれ切りだからいいか……


 

しかし、私は本当にバカだった。

そんなに甘いものではなかったんだ……


GWが終わった数日後のことだった。


突然、山根さんから電話があった。


『おつーこの間はありがとねー』


「なに?もう用はないと思うんだけど……」


『は?冷たくね?てかさ、また代行お願いしたいんだけど』


「もう無理だよ。そう約束したじゃん」


『つってもね、あんたお金もらったっしょ?誰かに知られたらマズくね?』


私が恐れていたことが起こった。


「それって脅しだよね……」


『はぁ?!ふざけんなよ!あたしが悪いっつーのかよ!』


どう考えたってそうじゃん……

まぁ、最終的に引き受けたのは私だけど。


その時の私には反論する気力もなかった。

それにお金が貯まればお父さんに会いに行けるかな、なんて打算もあった。


「分かったよ……で、どうすればいいの?」


また、オジサンとおしゃべりして買い物して……危なくなったら逃げればいいし。


なんてことを軽く考えていた。


でも、


本当の地獄は


そこから始まった――





 


そう、その時の円光で、[彼]に会ってしまった……


「ウソ……なんで……?」


「いやぁ本当。こんな偶然あるんだ」


会った時、そして、[彼]と認識した時、本当に驚いた。きっと学校にバレるだろう。そう思った。


お母さんになんて説明すれば……

 

震える私に[彼]は意外にも優しく接してくれた。

親にも学校にも話さないと言うのだ。

 

そして、[彼]は、言葉巧みに、私の境遇や今回のことを私から聞き出し……そして、全てを信じて、受け入れてくれた。

 

私も、誰にも相談できなかったということもあってきっと油断していたんだと思う。

その時の私は、無意識に気持ちを吐き出し、感情的になり、それを黙って頷きながら聞いてくれる[彼]に気を許してしまった。

そして、流れのままに身体を預け関係をもってしまった。


始めはいけないことだということを十分承知していた。

でも逆にそれが私自身を高揚させていた。

悪いことをしてそれを秘密にしているドキドキ感。これまであまり味わったことのない新しい感覚が、心の隙間を埋めるかのように私を満たしていった。




 

しかし、ある日、

 

見てしまった。

 

[彼]の部屋で

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