第58話 冷たい雨
「おい、風呂空いたぞ」
「はい」
「どうしたんだ母さん」
「翔太郎がドライブに行きたいって言うなんてすごく珍しいし、ただの思いつきかなって思ったんだけど、無理だって分かった時、すごく残念そうにしてたのよね……」
「うむ、まぁ、すまない……また来週以降で調整するよ」
「うん……ああ、そうだ、この間、学校で保護者面倒があったんだけどね、翔太郎、勉強も部活も頑張ってて、1年生の時と比べたら友達ともたくさん交流があって、委員も自分から手を挙げたり、物事に対して積極的になってるって。成績も少しずつ上がってきてるみたいよ」
「……そうか」
「こう言ったら翔太郎に悪いかもしれないけど、元々翔太郎ってあかねちゃんや亘くん以外に友達いないみたいだったし、学校に対してだって積極的に関わるようなタイプじゃなかったじゃない」
「それは……そうかもしれないな」
「でもなんだか、ここにきて人が変わったみたいになって……」
人が変わったみたい、ね……
母さんもそう感じていたのか。
一真も面白おかしく翔太郎のことを話していたけど、俺あまり良い変わり方として見ていない。しかし、それについて翔太郎に追及するわけにもいかないからな。
「それは俺も思ってたよ。なんだか優等生だな翔太郎は。これまでとはまるで真逆だ」
「それはそれで良いことなのよ?でも……なんだか私には翔太郎が生き急いでいるように見えてならないのよ」
「………生き急いでいる、か」
そうかもしれない……
あいつは何か大きな悩みを隠しているようにみえる。
それが解決できないうちはあいつの平穏は来ないような気がするんだ……
*
ついにこの日がやってきた。
さまざまな問題を抱えてはいるが、今日はこのことだけに集中したい。
お願いしたドライブはやはり接待ゴルフには勝てず、また別日で、ということになってしまった。
まあいい。想定内だ。
ただ、父さんは本当に申し訳なさそうにしていた。大丈夫だと言ったけど、結構落ち込んでたな。逆に悪い気がしてきたよ。
その日、早くに目覚めてしまった俺は、部屋の窓から父さんが歩いて出掛けて行くのを見届けた。
「絶対に……今度こそは……」
握った拳に力が入る。
今日の予定を頭の中で反芻する。
父さんは雨のため早めにゴルフを切り上げて帰ってくる。それがおそらく午後3時くらい。
事故が起きた時間はうろ覚えだが、4時半ごろ。そこから逆算して、最寄りの駅に着くのが大体4時10分ごろ。
俺とユキノ先輩は念のため3時30分くらいから駅前で待機する。
ユキノ先輩と合流したら、俺は父さんにメール。今駅前にいるから送って行くという内容だ。
父さんが乗るタクシーは、[松越交通]という白いタクシーだ。この辺では黒いタクシーばかりだから目立つはずなんだけど……
そうこうしている内にユキノ先輩と会う時間になった。
俺は念のため傘を2本用意して駅前で待つ。
すると、ロータリーにユキノ先輩の軽自動車がやって来た。
「おつー今日は頑張ろうねー」
何も頑張ることなどないがあえて突っ込まない。
「ありがとうございます……できれば、あまりユキノ先輩の手を煩わせたくなかったから接待ゴルフに行くこと自体を止めようとしたんですけどね。失敗です」
「まぁ、無理なさんな。あたしたち同志でしょ」
「同志、ね……いいですね、その響き」
友達でもない家族でもない、運命を共有した同士か。
俺も何かユキノ先輩にできることがあればいいけど。
車に乗り込み、腕時計を見る。
まだ午後3時半を過ぎたばかりだ。少し早めに来過ぎたかもしれない。
ヤバい……だんだん緊張してきた。
俺は気を紛らわせるため車の窓から空を見た。
相変わらず弱い雨が降り続いていて、気持ちを後退させられている気がする。
駅から吐き出される人々は、花を咲かせるように次々と傘を差して去って行った。
メール送ったのにな。もしかしたら見てないのかも。
それにこの人の多さじゃ父さんって気付かないかもしれないな……
そんなことを思っていた時だった。
「来た……」
「え、どの人?」
「あのゴルフバッグ持ってる人」
「よし、行きますか……」
ユキノ先輩に促され、俺は車を降りて傘を差した。
父さんはビニール傘を差すのに手間取っている。
俺の視界の隅に白いタクシーが入り込んだ。
他に白いタクシーはロータリーやタクシープールにもいない。
おそらくあれだ。
やっと差せた傘を肩と頬で挟んでタクシーに向かって手を挙げた。
マズい。ちょうど良く入って来た白いタクシーが父さんに気付いてしまう……!
「父さん!」
「翔太郎!どうしたんだこんなところで?!」
「たまたまバイトの先輩と一緒にいてさ、雨が降っているから送ってもらってたんだけど、メール見てなかった?」
「いや、悪い気付かなかった。そうか、俺もこの雨だからな、早めに切り上げて来たよ」
「先輩が父さんも送ってくれるって」
「え、そんなの悪いじゃないか」
「いいんだ。この雨だし甘えさせてもらおうよ」
渋々というか、申し訳なさそうに父さんは了承してくれた。
「どうも、翔太郎の父です。なんか悪いですね、私までお世話になっちゃって」
「いいんですよ〜ショウタロくんにはいつもバイトで助けてもらってますので〜」
ゴルフバッグは思いの外、大きくてトランクにも入らない。そうこうしている内に事故のタイミングに合わなきゃいいけど……
「よし、じゃあ先輩、お願いします」
「オッケ」
これで良かったんだよな……
父さんは助かったんだよな……
家に帰って日がまたぐまで油断はできない。
窓から白いタクシーを見る。
誰かを乗せているみたいだ。
あのタクシーに乗った乗客はどうなるんだろう。
前世界線とは父さんが乗ったタイミングと同じなのだろうか。
でも万が一……
ドクンッ
白いタクシーに乗ったその人物が誰だかと認識した時、
心臓が跳ね上がった
「嘘……だろ……?」
何でだ……
何でお前がそこにいるんだ!
何でお前がそのタクシーに乗っているんだ!
「瑞穂!!」
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