第48話 閉ざされた公園

「翔太郎くん大丈夫かねぇ。風邪でも引いたのかな?昨日雪降ってたしね〜」


どうしたんだろう。

今日、何度か佐伯くんにメールを送ったけど返信はなかった。

 

放課後

自転車を押しながら、3人で校門に向かっていた時だった。


「……あれ?あの子、どっかで見たことあるな」


最初に気付いたのは優里だった。


「あ、あの子プールにいた子だよ!……イケメン彼氏と一緒にね……」


「……あかねさん?」


他校の生徒が校門の前にいるなんて珍しく、すごく目立っている。でもそんなこと気にしていない様子だ。

あかねさんはいつものキラキラした笑顔がまったくなく、私を真っ直ぐ睨みつけていた。


まさか……


「なにあれ?ちょー睨んでない?」


優里は空気を察したのかそう言った。


「いい。多分私が目当てだと思うから。ごめんね2人とも先に帰ってて……」


「え、え、ちょっと!瑞穂ン?!ねぇユーリ、大丈夫かな?あれ普通じゃないよ?!」


「うん。でも瑞穂も何か分かってる感じがするよ」


私は校門の前に立っているあかねさんに近づいて行った。



「……少し、あなたと話がしたいんだけど」


「うん……ここじゃなくて、場所移してもいい?」


「いいわよ」


そう言ってあかねさんは無言のまま自分の自転車を漕ぎ出した。


これはもう、そういうことだろうな……






私たちは駅に向かう途中にある公園にやって来た。


「帰っていいって言ったのに……」


きっと心配なのかな。優里と美羽が少し離れた所で私たちの様子を見ている。

あかねさんは何も言わないから別にいても大丈夫なのだろう。


自転車を停めて公園を歩き出した。

そしてすぐにあかねさんは私に背中を向けたまま言った。


「昨日……駅前のホテルから出てきたの……あなただよね」


ああ、やっぱり見られていたか……


「うん……」


「やっぱり!一体どういうつもり?!」


「どういうつもりって……あかねさんが見たままだけど……でも何であかねさんが……」


グイッと胸ぐらを掴まれた。

すごい力……少し苦しい。

でも抵抗はしない。

 

「あんたねぇ!翔太郎がどんな思いであんたのこと考えてたか!!」


佐伯くん?なぜ?まさか話したの?

なんで?何の権利があって?


「いたんだよ!あの場に!翔太郎も見てたの!あなたが出てくるところを!」



 

ウソ……

ウソだ……

見られてた?

佐伯くんに見られてた……!


見られた

見られた……



 

そうか。

あの時、あかねさんの前にいたの彼氏の亘さんと、亘さんの陰に隠れていたのは佐伯くんだったんだ。


私は全身の力が抜け落ちたみたいに立位が保てなくなって、その場にへたり込んでしまった。

もう、なんであかねさんが私に文句を言ってきたこととか、細かなことはすでにどうでもよくなっていた。


――膝に力が入らない。

顔も上げることができない。


そんな私の胸ぐらを、あかねさんが再び掴んで無理やり顔を上げさせた。


「何で?!ねぇ何で?!最初から翔太郎のことをもてあそんでたの?!」


ポタリ


雨?


いや、涙だ。

これは私の涙?

違う……あかねさんの涙だ。


もてあそんでたなんて……違うの……

でも、反論する言葉さえも出てこない。


「何とか言いなさいよ!」


あかねさんは私を殴ろうと手を上げた。

早くその手を振り下ろしてよ。

ぶん殴ってよ。意識が飛ぶくらいに。

 

「ちょっと!」

「あれはマズい!」


優里と美羽だ。

お願いだから……止めないで。


「……やめろ」


「翔太郎……」


あかねさんの手を掴んだのは佐伯くんだった。







分かってる。

分かってるよ。

私が瑞穂さんを叩く権利なんかないなんてことくらい。

私も一度、翔太郎を絶望させた。

そんな私が今の瑞穂さんを叩いてもただの憂さ晴らしにすぎない。

でも、でも!


瑞穂さんのお陰で翔太郎は変わった。

瑞穂さんのこと話している時の顔。

楽しそうにプレゼントを選んでいる時も。


そして、昨日の帰り道……

またあの時の、高校の合格発表の時の翔太郎に戻ってしまったような感じがして……

いや、あの時の翔太郎よりずっと酷い感じだった気がする。

もう私には我慢することなんてできなかった。







「……やめろ」


「翔太郎……」


「何がしたいんだ、あかね。お前のやってることめちゃくちゃだからな?」


「分かってるよ!でも翔太郎が諦めないであんなに頑張ってて、でもその結果があれって!そんなのないじゃない!」


「お前なぁ。結果って言うなら、結果的に瑞穂には他に男がいたってことだろう?そんなこと世の中いくらでもある」


「違う!それは違うの!佐伯くん!」


「は?今さらいいからそういうの。あんまり思わせぶりなこと言わないでくれるか?」


「……違う……違うんだってばぁ……うぅ……」


「泣くことないだろ……俺が悪いみたいじゃん。ほら帰るぞあかね。亘が心配してたぞ?」


いいの?

本当に翔太郎はそれでいいの……?

こんな行動をとってしまった私が何も言うことなんかないんだけど、違う気がする……


「あかね!翔太郎!」


「ほら〜亘、怒ってるー」


「あかね!いくら何でもやり過ぎだ!翔太郎もあかねを見つけたなら電話してくれよ!」


「悪ぃ。あかねの暴走止めるのでいっぱいで。もういいだろ?帰ろうぜ」


「あ、ああ。翔太郎、瑞穂さんはいいのか?」


「いいも悪いも関係ねぇだろ。彼氏でもなんでもねぇんだから」


「!!……ぅぅ、あぁぁ……」


その言葉がトドメだったんだろう。

瑞穂さんは泣き崩れてしまった。


「瑞穂ン……大丈夫?」


「……おい佐伯、いくら何でもそのセリフ酷すぎない?」


瑞穂さんの友達が寄り添いながらそう言ってきた。事情を知っているかどうかは分からない。


「……酷い?そうかお前ら2人友達なのになーんにも知らねんだ」


「知らないって何?何のこと?」


「別に。俺の口から言うことじゃない。から聞きなよ。教えてくれるか分からないけど」


これで良かったのか私には分からない。

でもそんなことお構いなしに、翔太郎はスタスタとその場を後にしてしまった。


 



 


「おい、翔太郎……翔太郎ってば!」


「何だよ亘……」


「本当にあれで良かったのか?瑞穂さんのこと、もういいのか?」


「さっきも言ったろ。他に男がいた。俺はフラれたんだ。それだけだ」


「いや、なぜかは分からないけどこのままじゃいけない気がする……なぁ翔太郎、瑞穂さんの話を聞いてあげた方がいいんじゃないか?」


「何をだよ?キープしてた都合の良いクラスの男子が離れて行ったってことだけじゃねぇか。別にどうってことないだろ?」


「……ううん。違うよ、あれはきっと違う。私、瑞穂さんを正面からちゃんと見て何となくだけど感じ取った。そんなふうに翔太郎のこと思ってないよ」


「そうだよ翔太郎。それに依知佳ちゃんのことはどうするんだ?翔太郎の生きる目的なんだろう?」


「……誰だよイチカって」

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