第44話 勇気と覚悟
これは……そういうことなんだろうな。
俺は、放課後永瀬さんに押し切られ帰り間際に少し話がしたいと引き止められてしまった。
正直な話、瑞穂に有らぬ疑いをかけられるのが今は本当に面倒だと思うから2人で帰るとか勘弁してほしかったんだけど……
「えぇ〜いいじゃん。ジュース奢ってあげる」
たかだかジュース一本くらいで買収なんかされたりしないけど、今日の永瀬さんは少し切羽詰まった感じが見受けられたから仕方なくつき合ってあげることにした。
そして、案の定……
「ウチッ!翔太郎くんとつき合いたい!もっと翔太郎のことが知りたい!……ダメ、かな……?」
女子高生ってすごいな。どこからそんなパワーが出てくるんだろう。永瀬さんは真っ直ぐで眩しい。でも、ここははっきり言った方がいい。永瀬さんのためにも。
「ごめん、それは無理だ」
「やっぱり、翔太郎くんは瑞穂のことが好きなの……?」
「うーん……正直よく分からない。でも俺にとって瑞穂は特別な存在。それは間違いないかな」
好きなのかと聞かれたら、今の気持ちを形容した場合、客観的に考えたらそうなのかもしれない。しかし残念ながらときめきだとかドキドキ感だとかはない。永瀬さんは俺が恋を知らないと思ってて、過去に彼女がいたということを言ったらとても驚いていた。
「………………やっぱり瑞穂か。ということは、つき合ってるんでしょ?」
「いいや、まだつき合ってないな」
「まだつき合ってない、か……ならウチにもチャンスあるってことだよね……?」
「ごめん……それはないよ」
「…………ウチ、簡単に諦めないから」
そんなに好意を寄せてくれているんだ……素直に嬉しいと思う。だけど、俺の人生の目的は依知佳に再会すること。永瀬さんじゃダメなんだよ……なんて説明できるわけもなく。
ふと、俺の視界に誰かの後ろ姿が一瞬だけ見えた。スカートの裾、肩あたりまで伸びたストレートヘア……まさか、瑞穂か?!これまでの会話、聞かれてた……?
「翔太郎くん、聞いてる?」
めげないなこの子も。思わせぶりな態度は巡り巡って瑞穂にも影響が及ぶかもしれない。
「あ、あぁ悪い……永瀬さんの気持ちは分かったよ。とても光栄に思う。けど、やっぱり俺は瑞穂が気になるんだ。……まぁ、それが[好き]って気持ちかのかもしれない」
「そう……翔太郎くんの気持ちもよく分かった…………ごめん、やっぱりウチ先に帰るね……」
そう言って永瀬さんはひとり駐輪場の方へ歩いて行った。これまで俺が見たことないくらい永瀬さんが小さく見える。分かるよ。あんなに明るくしているけど打ちひしがれているのは。
でもダメだ。ここで手を差し伸べたら。
俺は永瀬さんに声を掛けたい気持ちをグッと抑え、しばらくその場に立ち尽くした。
さっきの女子が瑞穂だったなら、逆に話が早いかな。今俺に足りてないのは、勇気と覚悟。
「永瀬さんを見習わなきゃな……」
そう独りごちた。
*
翌日、少々気不味い思いをしながら登校すると、意外にも永瀬さんはあっけらかんとしていた。
「あ、翔太郎くんおはよー」
普段どおりすぎて、逆に怖くなる。
一方、瑞穂はというと、どちらかというと態度がよそよそしい。
あの後ろ姿の女子、瑞穂で決まりだな……
これまでの瑞穂の態度から、俺は嫌われていない、むしろ好感度は高めだということは分かったけど、じゃぁ俺が瑞穂にとって恋愛対象として見られているのかといえば当然そんなこと分かるはずもなく、ただの仲の良いクラスメイトの男子ってだけなのかもしれない。でも修学旅行のとき山崎の告白を目撃してしまってからは、誰かに瑞穂を取られたくないという一種の焦りのようなものが生まれて、それからは心が急くようになった。
……もう直ぐクリスマスだ。そのタイミングで女子的には意中じゃない男から告白とかそういったシチュエーションとか、キモがられるかな?
まことに不本意ではあるが、ここはあいつに頼るしかなさそうだ……
*
「ええ!ついに?!」
「いや、告白するとは言ってないだろ。ちょっとした挨拶みたいなもんだ。それでいて重くなく、でも印象に残るようなクリスマスプレゼントをだな……」
「ついに翔太郎もその気になったのか。いっときは本当にどうなってしまうのかと気が気じゃなかったんだけどな。実に感慨深い……」
「おい、何で亘もいるんだ?俺は女子的な目線であかねに意見を聞こうとしただけなのに……またお前らは俺を使って遊ぼうとしているな?」
「ちょっと聞き捨てならないわね。あんたのこと心配してるから相談に乗ってあげたんでしょ。それに、意見は多い方がいいって」
「……逆に混乱を招くような気がするが」
ぎゃいぎゃい……
俺は瑞穂にクリスマスプレゼントをあげるべく、同じ歳のあかねに相談するために我が家に招いた。
それにしてもこいつら。ヒトの家のリビングだぞ。どうすればそんなふうに我が物顔で過ごせる……
「だいたいね、要望が多すぎるのよ。そんな都合の良いプレゼントなんかあるわけないでしょ。大事なのは気持ち!」
出たよ精神論……それでうまくいくんだったらナンボでも気持ちを込めるっつー話だ。
「翔太郎はどういうものを想像してるんだい?」
「手袋とかマフラーが無難じゃないかなって。いつだったか亘もあかねにあげてなかった?」
「わたしもらってないー!」
「僕もあげた記憶ないけど……」
「あれ?じゃぁ前回の世界線か?もうごちゃごちゃで分からん。てゆうか最近そんなこと多くて混乱するんだよ」
「ちょっと亘!それ本当?!他の誰かにあげたとか!」
「ないないない!僕が誰に渡すんだよ!」
ぎゃいぎゃい……
ああ聞いちゃいない……
その後、何とかあかねを宥めて、来週の土曜日あたりに3人でショッピングモールに行ってプレゼントを買うという段取りになった。まぁ、ひとりでデカいモールをウロウロするよりかはまだいいか。当然の如く、亘はあかねにプレゼントを渡すこととなったから、その買い物も含まれることになった。
*
「じゃね翔太郎〜」
「お邪魔しました」
「おー」
ガチャリ
玄関のドアが閉まった。
「……」
「どうしたのあかね?ニヤニヤしちゃって」
「嬉しいんだよ単純に。私、いっとき翔太郎に酷いことしちゃったから、ずっとそれを気に病んでて。でもああやって翔太郎に好きな人ができて前を向いてるって思うと、ね」
「あかねのせいじゃないだろ?僕たちの問題だよ。でもそうだね。いろいろ問題もあるけど、今の翔太郎、すごく楽しそうだ。瑞穂さんのこと話している翔太郎、すごくいい感じだよね」
「うん!瑞穂さんのお陰だよ。だから私すごく嬉しくて!もう付き合っちゃえばいいのに」
「時間の問題じゃないかな。あ、そうだ!そうしたら4人で旅行とか行こうよ」
「いいねそれ!亘冴えてる!すごい楽しみ!」
一年前の翔太郎がウソみたい。
人ってそうやって成長していくのかな?
翔太郎が言ってた未来のこととか抱えてることたくさんあるんだろうけど、今の翔太郎だったら大丈夫だよね?
亘を見送ったあと、自分の部屋に戻ると少しカーテンが開いていた。
数ヶ月前、あれほど重く固く閉ざしていたカーテンが、今ではなんだったんだろうと思うくらい軽い。もう少し開けてみて、翔太郎の部屋に明かりがついていることを確認。
瑞穂さんのことを想っている時の翔太郎の表情を思い出すと、私までなんだか自然と笑みが溢れてしまう。
「頑張れ弟よ。お姉さんがついてるからな……」
そんなこと独りごちて、カーテンをそっと閉じた。
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