第41話 奇跡の所業はいつだって

俺は思わず立ち上がり、声の主に顔を向けてしまっていた。

その声の主は隣の席に一人で座っていた。頬杖をつき、ニヤリと俺を見ている。一見、中学生から同学年くらいの女子だった。


バズるなんて言葉、この2006年にはない言葉だ!インスタだって……!

なんだなんだこの女は。俺の反応を見て楽しんでいるかのようにも見える。


「どうしたの?!翔太郎、その子、知り合い?」


亘とあかねが何事かと思ったのだろう。急に立ち上がった俺に慌てている。


「翔太郎、何があったか知らないけど店の中だから落ち着いて」


いつだって冷静、亘が俺を宥めるように言う。

は……!俺が急に立ちあがったから他の客の注目を浴びてしまった。

おずおずと腰をかけると、


「知り合いだよね〜ショウタロくん?」


その女が俺に向かって言ってきた。本当になんなんだ!


「ああ言ってるけど……」


あかねが小声で俺に言ってきた。


「悪い、ちょっと話してくる……」


俺は意を決して隣の席に近付いた。


「どうぞ、座って」


その女子は値踏みするようにジロジロと俺を見てくる。立ったまま喋ってても不自然なので、促されるまま俺はその女子の向かいの席に座ることにした。


「キミ、高校生?」


「……そうですけど。あの……場所、変えて話しません?」


「えぇーこのケーキ楽しみにしてたんだよねぇ。味わって食べたいな〜」


「じゃぁ、俺待ってるんで」


そう言って俺は亘とあかねのテーブルに戻った。


「……翔太郎、大丈夫か?」


「なんか顔色が良くないわよ?」


2人に心配されてしまった。

俺にも分からない。でもこの得体の知れない女子と話をしなければならないと、焦燥感にも似た何かが俺を動かしていた。


「大丈夫だ。それと、悪いんだが、この後はあの子と行動するから、お前らは2人で回ってきてくれないか?」


「で、でも……」


「……頼む」


2人には悪いとは思うが、ここで亘とあかねに話すことではない。


「一ついいか?翔太郎にとって危害が及ぶとか悪意が絡んでいるものではないんだね?」


「それは大丈夫だ」


ウソだ。それはこの子と話す内容次第。現状では何も言えない。でもこれ以上心配されるわけにもいかないからな。


「分かった。なら僕たちは後で翔太郎と合流することにしよう。いいね?あかね」


「しょうがないわね。でも何かあったら必ず連絡すること」


「分かった、サンキューな。それからこのことは瑞穂には……」


「言えるわけないでしょッ」


「……助かる」


こんなこと瑞穂に説明できるわけがない。浮気だとか思われても厄介だ。まだ付き合ってないけど。


「もういいかな?じゃ、行こっかショウタロくん」


サイドテールの髪型だからか、その女子は幼く見える。

いかにもギャルって感じの服装だな……携帯電話にジャラジャラとたくさん付けて邪魔じゃないのか?


「ふんふ〜ん♪わたしね、ここの卒業生なんだよ〜誰も来ない秘密の場所、知ってるし〜」


卒業生というのは、未来のことなのか過去のことのか。にしても意図が読めない……何が狙いだ?何かをゆすってくるのか?俺は後ろめたいことなんか何もやってないし……


「ほーら。見晴らしいいでしょ?周りは田んぼばっかりだけどw」


その少女に連れてこられた場所は、文化祭の会場から程遠く離れた、確かに見晴らしは良く静かな場所だった。ベンチがいくつか置かれてある。


「あんたは……何者だ。なぜこの時代には無い言葉を知っている。なぜ俺に近付いた?!」


口を開いた途端、堰を切ったように言葉が出てきてしまった。


「ちょ、ちょっとストップ!一つずつね。まず何者ってことだけど、名前っていう意味ならあたしは、『北川ユキノ』っていいます。別の意味で何者だって言うなら……あなただってこの時代にない言葉を知ってるみたいだし、よく分かっているんじゃない?」


いけ好かないと思ってしまうのは俺の偏見だろうか。それでもユキノと名乗った少女は俺を試すような目で見てくる。


「あんたもタイムリーパーってことか……俺がリーパーだってことなぜ気付いた?」


「ちょっとぉ〜。なんでそんな怖い顔すんの?あたしなんも悪いことしてないよ?それにあたし、今年度でハタチ。お姉さんなんだから、ユキノさんとかユキノ先輩とかさ、呼び方があるんじゃない?」


まったく……調子が狂う。最大限の警戒をしているというのに、なんだこの間の抜けた雰囲気は。


「はぁ……分かりましたよ、ユキノ先輩。じゃぁ改めて、俺は佐伯翔太郎です。20年後から来ました。お察しの通り今は高校生です」


「うん、よろしい。あたしも20年後から来ました。なんでキミに近付いたかって言うと、さっきキミが校門前で『LINEが既読になれば〜』みたいなこと言ってたでしょ?大声でさ〜」


た、確かに……

迂闊だった。それを聞いていたってことか……


「で、同じ境遇の人がいるとは思わなくて、ちょっと近付いてみたくなったってわけ」


「カマをかけたら、引っかかったっていうことか……俺の他にリーパーは会ったことあるんですか?」


「ないよ。あなたが初めてかな。同じ境遇の人を見かけちゃったら近づいてみたいってなるでしょ?」


……確かに。

でも思ってもいなかった。俺と同じように20年後から来た人がいたなんて!


「なんていうか……正直どう考えたらいいのか……ただ、20年後から精神だけ飛ばされたってことが、事実として客観的に捉えることはできそうです。俺、もしかしたら全部、自分の妄想なのかなって若干思っていた節もあったから……」


「それ、あたしも同じー!でもさ、コレすごいことじゃない?!アタシさ、タイムリープしたって分かったとき、めっちゃ興奮したし!」


「そう、ですか……」


俺とはまるで違う反応だったんだな。

俺はショックで泣きまくっていたんだけどな……


「……まさかショウタロくんは未来に帰りたいの?」


そんなこと考えもしなかった。俺は帰りたいのか?あの未来現実に。


いや……


「それは……分かりません……未来に大切な人を置いてきてしまいました。でも、この時代以降に失ったものを取り戻せるなら、今俺がここにいる意味はあると思ってます」


「ふーん……大切な人、ね。……あのさ、もっとシンプルに考えた方がいいんじゃない?だってやり直しができているんだよ?あたしたちがどんな原理で精神だけ過去に戻されたかは考えたって何も分からないじゃない。これって正に奇跡じゃん!」


楽観的だ。本当にそれでよいのだろうか?確かにあれこれ考えても何も答えが出ない。現状をどうするかを考えるしかない。なぜ俺が?なぜ精神だけ過去に?なぜ20年前?なぜ同じような境遇の人が?なぜ、なぜ、なぜ……

考え出したらキリがない。結果、ユキノ先輩のような考え方に至った方がストレスは少ないのかもしれない。


「はい、奇跡……ですよね……俺もユキノ先輩のようにやり直しの人生、楽しめればいいなとは思ってます。実際、うまくいったこともありますし。でも……」


苦しい……そう、苦しいんだ。未来に何が起こるか知っているのになんでこんなに苦しいんだろう。なんでうまく立ち回れないのだろう。


「ふん……ショウタロくん、やっぱりなんか暗い。……しょうがないな、何かあったらこのお姉さんが相談に乗ってあげよう!同じ境遇なんだし、きっと理解し合えたりアドバイスできたり、あと、未来の出来事を共有できるかも!ね、よくない?!」


「協力関係ってことですね。まぁ良いとは思いますよ」


俺たちはさっそく連絡先を交換して何があれば電話かメールでやり取りすることになった。

それにしても19歳には見えない幼さがあるな。中学生と言われても正直違和感はない。初対面なのに、不思議と信じてもいいって思えてしまう。


あんな見た目でも、ひとりじゃないと思えたら気持ちに余裕ができたというか、安心感が心に広がっていくのが分かった。


今度、瑞穂のこと相談させてもらおう。


俺はユキノ先輩と別れ、亘とあかねたちに合流することにした。瑞穂が来なかったことはやっぱり残念に思うけど、ユキノ先輩が言うとおり、憧れていたこの学校の文化祭を楽しもうと気持ちを切り替えた。


亘とあかねには詳しいことを言うのは避けた。ユキノ先輩のことは話をしたが、頭を打った影響が出ていて、しっかりと思い出せない状況だったからあんな態度をとってしまったと言ったら、あっさりと納得してくれた。それと同時にやはり同情されてしまったが。

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