第40話 一進一退

「はい、そこまで!解答用紙裏返して、席の後ろから回してくれ」


ふーっ。なんとか平均はいけたかな。

前回の世界線での俺にはまだ及ばないにしても、1学期よりかはマシだろう。

今日は、一旦帰宅してから柚子瑠の家に集合ということになっている。後から峰岸さんが見学に来るそうだ。

まったく柚子瑠のやつ、可愛い顔してやることはやってんな。ちゃんと峰岸さんとの関係を前進させてる。あいつ、ああいうところは男前なのな。


「翔太郎くんッ」


永瀬さんだ。


「な、なに?」


「一緒に帰ろ?」


「えーっと……」


チラリと瑞穂を見る。こっちには気付いていないようだ。

最近、永瀬さんが俺のことを名前で呼んでくるようになった。それにやけに馴れ馴れしい。当然、前回の世界線ではこんなことはなかったから困惑しかない。


「悪いけど、俺、雅也たちと一緒に帰るから……」


「ふーん、そうなんだぁ。じゃぁまた今度だね〜」


もう……なんなんだよ。まーた変な誤解されるじゃねぇか!まぁ、下の名前で呼ぶようになったのは永瀬さんだけじゃないけど。俺も雅也、ユズって文化祭を境に呼ぶようになったけどさ、1対1で帰るとか、周りから(特に瑞穂)どんなこと言われるか考えただけでも恐ろしい。


そして、下駄箱付近で瑞穂を見かけた。

なんだ結局永瀬さんは瑞穂たちと帰るのか。

すると俺に気付いた瑞穂はスッと俺に近づいて来て、


「明日よろしくね」


こっそりと囁いてきた。

瑞穂も楽しみにしているのかな。亘とあかねたちの学校の文化祭。ああいうところはやっぱり子供なんだなって思う。



 




翌日。

昨晩は急遽夜勤に入ることになり、朝の6時まで作業だった。まぁ、時給は良い方なので別に構わないんだが。

しかし若い身体はイイ。夜勤明けで眠いは眠いのけど、栄養ドリンクと気合いでなんとかなってしまう。

俺は帰宅後仮眠をとって少し早めに家を出た。


待ち合わせ場所は亘たちの学校の校門前に11時。すでに文化祭は始まっていて、賑やかな音楽や人のざわめきが校内から聞こえてくる。

瑞穂も時間前に来ると思っていたけど、なかなか来ないな……



そして――

結局、瑞穂は約束した時間には現れなかった。





 


今日何度目か分からないメールや着信が来ていないか確認するため携帯電話を開いた時、ちょうど亘からメールが届いた。今はあかねと合流して教室にいるらしい。


事情をメールで説明してもう少し校門で待つと返信した。

瑞穂のやつ、あんなに楽しみにしてたのに……まさか、事故が何かに巻き込まれたんじゃ……

可能性は0じゃない。少し気が引けたけど、瑞穂の携帯電話に電話をかけてみることにした。


トゥルルル……

コールはするが一向に出ない。これはいよいよ怪しくなってきたな。メールもしてみよう。


「くそ……LINEだったら既読付くから安否が分かるのに……!」


無意識に声が大きくなっていたのか、俺の独り言によって周りから痛い目で見られてしまっていた。


30分が過ぎた。

これはもう家まで行った方がいいだろう。事故に遭っていたなら道の途中で異変に気付くはず。


と、

ピコンッ


俺の携帯電話にメールが届いた。瑞穂からだ。


『ごめん、昨日の夜から体調が悪くなっちゃって寝てました。だから今日は行くことができません。連絡できなくて本当にごめんなさい…』


体調不良か……少しホッとした。


『そうだったんだ。事故とかじゃなくて安心したよ。こっちは気にせず、ゆっくり休んでくれ。お大事に。』


そうメールで返してもきっと瑞穂は気にしてしまうだろう。かく言う俺も、こんなにもがっかりするものなのかと自分自身に驚いている。




 


「そっかぁ〜瑞穂さん来れなくなっちゃったか。ま、しょうがないよ体調不良じゃ」


あかねも少し残念そうだ。


「でも翔太郎が来てくれたし、せっかくだからあかねが行きたいって言ったとこ行こうよ」


「うん!茶道部がカフェやってるんだよね。毎年話題になるんだよ。手作りのケーキがすごく美味しいって」


さすが私立。金かけてんな。そもそも学校内の装飾からしてうちの学校とはクオリティが違う。ていうか、カフェテラスってなんだよ。なんでたかが高校にお茶を楽しむスペースが?これが格差社会か……


「うわ……結構混んでる」


「さすが話題に上がるだけあるね」


カップルが多いかと思いきや、意外とここの生徒や子連れ、男子のグループもいる。


15分ほど待っただろうか、俺たちは四人掛けのテーブルに案内された。

瑞穂が来てたら俺の隣に座るんだろうな……そんなしょうもないことを考えている時だった。


「わ、ちょーカワイイ!があったらのになぁ。かも!」



な、なんだって……?!

今なんて言った?!



俺は思わず立ち上がり、声の主に顔を向けてしまっていた。

見覚えのある顔ではない……

その声の主は隣の席に一人で座っていた――

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