第39話 心
午後。
佐伯っちたちのライブが終わったあと、私はクラスメイトの子と一緒にクラスの出し物の客引きと称して廊下でダラダラと中庭を眺めていた。
「有馬くんと彼女さん、また中庭に戻って来たね」
「有馬ファンの子たちもいい加減、有馬くんを解放してあげればいいのに。あれじゃ彼女さんがかわいそう」
「あれ?美羽って有馬ファンじゃなかったの?」
「ウチって有馬ファンだったの?んん〜たしかに有馬くんはイケメンだけど、あの子たちほど熱を上げられないんだよなぁ。なんか子供っぽいっていうか、ヤンチャっていうか……」
そう、私はもっと大人っぽくて心に余裕のある人が……
「そろそろ交代かな。美羽、どっか行く?」
「んー」
ユーリは三島っちとデート。瑞穂ンは体育祭でライブ鑑賞だし、時間もあるから……
――あ?!やばッ!
この時間帯、保健室待機の当番だったことすっかり忘れてた!
文化祭での保健委員の仕事は体育祭とあまり変わらない。体育祭のように怪我人や体調不良者はあまり多くないからどちらかというと仕事的には少ない方だと思う。だから気が抜けてた!
「ごめん〜!ウチ保健委員の仕事の時間だったの忘れてた!あとはみんなで回ってて〜」
「大変だね、美羽〜」
「ガンバ〜」
急いで保健室に向かわなきゃ!
保健室に着くとドアが少しだけ開いていた。中から人の話す声が微かに聞こえて来る。
マズいよぉ〜誰か保健室に来てたんだ。当番サボってたことバレちゃったかな〜
私はこっそりドアを開けて中に入った。
――――え……
保健室で男女が抱き合っていた……生徒だ。
あれは………………
佐伯っちと瑞穂ン……!
なんで?
どうして?
2人はそういう関係……?
……ここにいてはダメだ。
私はまたこっそりと音を立てないように保健室から出た。
び、びっくりしたー!
ドキドキが止まらない。
男女のああいったシーン、実際に見たのは初めてだ。しかも知ってる人。
知っている……佐伯っちが瑞穂ンと……
佐伯っちが……
「あれー?美羽、戻って来たの?」
いつの間にか自分のクラスに戻って来ていた。ドキドキは治ったけど、違う何かが私の心を支配して、込み上げてきて……
「え……?ちょっと、なに、どうしたの美羽……大丈夫?!」
「何が?……あれ?」
涙が溢れていた――――
*
文化祭も終盤に入った。
俺は誰かがすっぽかした保健委員の仕事をそのまま引き継ぐことにした。誰もいない状態だとマズいからな。
程なくして保健の先生が来たために、俺は教室に戻ることにした。
「お疲れ様ー、じゃぁあとはもういいよ」
「すみません先生、あとよろしくお願いします」
そう言って保健室から出た時だった。
「ごめん!ちょっとどいて!」
3年の女子だろうか。
少し異様な光景だった。その3年の女子数名に囲まれて苦笑いを浮かべていたのは、
「大丈夫だよ。そんなに大したことないって」
「ダメです!ヤケドは痕が残るんですから!さ、黛先生、保健室へ!」
よかった。黛先生は俺のことを認識していないみたいだ。今はちょっと気まずい。
俺は3年の生徒1人に声を掛けた。
「あのすみません、黛先生どうかされたんですか?」
「先生、たまたま3年4組のドーナツ屋に見回りに来てたんだけど、生徒が誤って溢した油がかかっちゃって……」
「そ、そうだったんですね……」
災難だな。
大事になっていなければいいけど。
「あ、あの……私、どうすれば……」
1年生だろうか。
メガネをかけた大人しそうな子で、すごく困惑している。
「
「でも……先生、私をかばって……」
「大丈夫。保健の瀬川先生に任せましょう」
ふーん、生徒をかばったのか……
やっぱり、そうやってちゃんと生徒を見てくれる時もあるんだ。なのに瑞穂とは部活の顧問としてちゃんと話ができていないようだ。
瑞穂の問題、正直もう何が正しくて何が間違っているのか今の俺には分からないな……
*
今年の文化祭も終わった。
俺はひとり、学校から指定された場所へ段ボールを捨てに来ていた。
そういえば、さっき亘たちからやつらの学校の文化祭で使える食券なんかを何種類かもらったんだ。
やっぱり瑞穂に亘たちの学校の文化祭を見に行こうってちゃんと誘ってみようと思う。
「佐伯くん!」
「……瑞穂、おつかれ。もう体調は大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫。ていうか、そういう設定だったよね」
「そういえばそうだった」
ふふふと瑞穂は笑った。
今日一日でいろいろありすぎたな。俺も若干疲れた。
「さっきはありがとね……あとこれも」
……瑞穂のやつ照れてるのか。そんな反応をされると逆にこっちが恥ずかしくなる。
さっきあげたシーサーのキーホルダーも指にかけて見せてくれたあと、大事そうにポケットにしまった。
「あのね、さっきあかねさんたちに、あかねさんたちの高校の文化祭で使えるチケットもらったんだ」
なんだ瑞穂ももらってたのか。なら話が早い。
「それなら俺ももらったよ。せっかくだから一緒に行くか。ひとりで行っても寂しいしさ」
「え、本当に?いいの?!」
「瑞穂さえ良ければ」
「うん、いいよ!ていうか、私も一緒に行こうと誘おうと思ってたんだ」
まったく……女子高生ってのは一日に何度気分が変わるんだよ。疲れないのか?ま、機嫌が良いならそれでいいんだけど。
「本祭が一般開放日だから、テスト明けの土曜日か」
「うぅ……そういやテストだよねぇ。でもテスト明けの土曜日は部活がオフの日だから、たぶん何時でも大丈夫」
そのあと、待ち合わせの時間を決めて俺たちは教室に戻った。今回はあえて「みんなで行こう」とは言わなかった。俺は頼りにされている存在。それだけが分かっただけでも今回の文化祭においても実のあるものだったと言える。
だから、もう少しこの関係を進めてみようと思った。
*
あのあと、瑞穂ンに佐伯っちとの関係のこと聞くことができなかった。
あれは誰が見たってただならぬ関係だって思うよ……2人はつき合ってるのかな。
でも当の本人たちは、これまでとなんら変わらない様子で片付けをしている。
「佐伯……ライブマジでカッコよかったよ……当然モテまくりなんだろ?告白されたんだよな?誰に告白された?何人に告白されたかって聞いてんだよ!」
……橋爪くんが荒ぶっている。でも少し気になる。箒で掃除しているフリをして聞き耳を立ててみよう。
「なんでそうなるんだよ。何にもなかったから。誰にも告白なんかされてないしモテてもいねぇよ」
「ウソつくんじゃねぇこのゲス野郎!お前にハーレムなど1億年早ぇんだよ!」
橋爪くんの妄想が暴走してる……
それにしても、近くに瑞穂ンもいるのに、何もなかったとかって堂々と言うかな……?よく分からない。
でも、なんだろう……ドキドキする。こんなしょうもないこと考えているだけなのに、憶測でしかないのに……
「美羽、一緒に帰ろう」
片付けも終わり、下校の時間になった時にユーリと瑞穂ンが言ってきた。
どうしよう……瑞穂ンいるから聞くべきかな。でも私が想像した答えが返ってきたら、私、どうなっちゃうか分からない。
「ねぇ優里、三島くんとはどうだったの?」
おふ……瑞穂ン、ぶっ込むなぁ。
「どうったって……普通に焼そば食べたり射的やったり」
「その他は?何もなかったの?」
「あのさぁ瑞穂、あなたが期待しているようなことはないもないからね。私は三島に寄って来る女子たち避けのために一緒にいただけだから」
「えぇ〜その言い訳は無理があるよ〜。ね、美羽?」
「へ?あ、うん、そうだよ……ね」
話半分しか聞いてなかった。そっか、ユーリと三島っち、イイ感じだったんだよね……
「そんなこと言って、瑞穂はどうなのよ?イイ人、いるんでしょ?」
そうだよ。佐伯っちがいるじゃん瑞穂ンには。
……でも、なんとなく聞きたく、ないな。
その先の言葉は聞きたくない。
「え……ま、まぁそうだけど……でも私なんか全然ダメダメで……暗いし鈍くさいし。いつも助けてもらってばかりで。きっと私のこともっと知ったら嫌いになるんじゃないかな……」
……は?何それ。
不幸自慢?
だいたい、瑞穂ン高校生の間は静かに過ごすみたいなこと言ってなかった?!
保健室で佐伯っちと抱き合ってたくせに!
抱き合ってたくせに!!
「……ウッザ。そうやって自分の不幸な境遇アピールして彼から同情引くつもり?いい加減にしてよ!」
――――。
一瞬にして空気が凍りついたのが分かった。
でも我慢できなかった……
「……美羽……?」
ユーリが驚いた顔をして私を見ている。
「どうして、そんなふうに言うの?私、美羽に何か悪いこと、した……?」
やって……しまった……!
「ご、ごめん……ちょっと今日は疲れてて……頭が回らないというか……本当ごめん……」
「……美羽、あなた、まさか……」
ユーリが何か言いかけて言葉を止めた。
多分、ユーリには気付かれた。でもいいんだ。いつかは気付かれるから。
街灯が照らす街路樹の歩道を、ノロノロと3台の自転車が走る。私の突発的な発言から誰も何も言葉を発せずにいた。
沈黙が痛い……
せっかくの文化祭、こんなふうに終わらせなくなかったな。私のせいだ。完全に八つ当たり。
気まずさもあるけど、頭は冴えていた。冷静になれたから今ははっきりと分かる。
私は、佐伯っちのことが好きなんだ。
いつから?
修学旅行のとき?プール?花火大会?
いや、もっと前から意識はしていたと思う。
そして、もう一つ分かったことがある。
瑞穂ンも佐伯っちのことが好きだ。
思い返せばこれまでの瑞穂んの言動が物語っている。今日の瑞穂、ライブの時、あの表情。
でもさっきは我慢ならなかった。佐伯っちに一番近い瑞穂ンに、そんな自虐的なこと言われたくなかった。
だからこれだけは間違いなく言える。
瑞穂ンにだけは絶対に、絶対に負けたくない。
佐伯っち……いや、翔太郎くんは渡さない……!
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