第38話 いつかの疑念
「魚住パイセン、遊びにきまシタよ。看板持ちオツカレさまデス」
「お、アキラか。おつかれ。友達と一緒じゃないのか?」
「お友達たちはおトイレに行きまシタ。まったく日本の女子学生は奇妙デス。一緒におトイレ行かなかったらシヌんデスか」
「奇妙、ね……おい、アキラよ。あれを見てお前はどう思う」
雅也は校舎中庭にできた人だかりに視線を向けて言う。
「あれは、校内でもトップクラスにイケメンの有馬パイセンですね……彼女さんを呼んだんデスか。彼のファンが嘆いているように見えマス。それがナニか?」
「実際、有馬ファンの嘆く様といったらそれはもう。阿鼻叫喚ものよ」
「難しい日本語ワカリマセン。魚住パイセンはナニが言いたいんデス?」
「有馬は1か月前にあの彼女と付き合い始めたそうだ。去年じゃない。だけど佐伯は……あいつはこの光景のことを知っていた。修学旅行の時にはすでにな」
「んん?というと、佐伯パイセンは、有馬パイセンが彼女を文化祭に呼んできたことと、それを見た女子たちがお祭り騒ぎになることを事前に知っていたということデスか?」
「そういうことだ」
「おぅ!佐伯パイセンはサイキック?!」
「それだけじゃない。これも修学旅行のときの話だが、佐伯にアキラの話をしたんだ。そうしたらあいつ、俺たちのこと『紅一点』と表現しやがった」
「コ、コウイッテン、デスって?!……どいうい意味デス?」
「つまり、お前のこと女子だって分かってたってことだよ。アキラとしか言ってないのに」
「たしかに日本では、アキラという名前は男の人につける場合が多いみたいデスね。ワタシも男と間違われたことありマスよ。でも佐伯パイセンはワタシのこと知ってたんじゃないデスか?……あ、それはそれでストーカーみたいで怖いデスね……」
「わざわざ隠す理由がないんだよ。アキラのことを知ってるなら知ってると言えばいい。でもあいつはそうじゃなかった」
「ふむふむ……」
「それに、佐伯はバンドを組むのが初めてと言っていた。スタジオに入るのも。いくらギターが弾けたとしてもバンド内の知識は所属してないと知らないことだってあるだろう?アンプの設定だって迷いなくしてたんだ。アコギしか弾いていないって言ってたヤツがだぞ?なんか小慣れた感じがしたんだよな」
「
「そうなんだ。ウソなんか言ったって誰も何も得はしないのに……佐伯は何か引っかかる。それが何かなのかは分からない……思い起こせば、佐伯ってどこか違和感というか、腑に落ちない言動がこれまでもあったんだよな」
「で、魚住パイセンはどうしたいんデス?佐伯パイセンをバンドから追い出すデスか?」
「いや……そこまでは思ってないんだが……」
「ワタシが思うに、佐伯パイセンは悪いヒトではないと思うのデス。それに4人になってからバンドのサウンドが全体的に落ち着きまシタ。ユズルとのヴォーカルの相性もいいし、できれば、佐伯パイセンにはバンドにいてほしいデス……」
「リーダーはユズだ。メンバー構成については一任している。俺は従うだけだよ」
「いろいろ考えてたんデスね〜魚住パイセン。考えすぎると頭の毛が無くなるという日本のコトワザがありマスよ。気を付けてくだサイね」
「そんなことわざねぇから」
そう言う雅也に手を振って、アキラは友人たちのもとに戻って行った。
「佐伯が悪い人間じゃないってことは、俺だって分かってんだよ……」
はじめに定着してしまった翔太郎のイメージを、素直に払拭できない自分の意固地さに少し苛立ちを感じながら、雅也は気怠そうに再び中庭の方に目をやるのだった。
*
前回の世界線。
瑞穂が就職活動をしている時だった。最終面接まで漕ぎ着けて、いよいよその日が面接日という時、緊張で震えが止まらずこうやって抱きしめて落ち着かせた。
でも今回は、なんか子供をあやす感覚だ。実際瑞穂はまだ子供だが。
拒絶は……しないんだな……
それどころか瑞穂は腕を回して俺の背中にしがみついてきた。時間にしては数秒だったと思う。なんとなくだが悪いことをしているような感覚になって俺は瑞穂から手を離した。
「ごめん……」
「なんで瑞穂が謝るんだ」
理由は聞かない。話せる心境になった時に自ずと教えてくれるだろう。こういった時、大人がちゃんと向き合い、寄り添ってあげないといけないと思う。本当は根本的な解決ができたらいいのだが、実際に克服したのは瑞穂自身だ。俺じゃだめだ。
だから、今の俺にはこんな子供騙し的なことしかできない。
「そうだ……これ、あげるよ」
前々から渡そうと思ってタイミングを逸していた、修学旅行で買ったシーサーのキーホルダー。ついに渡せる時が来た。
はい、と言って瑞穂に手渡す。
「……え、いいの?……って、これ沖縄の?」
「そ。シーサーは沖縄の守神だからな。お守り代わりだよ。ほれ。俺も持ってる」
人差し指に引っ掛けて、俺が所持しているもう一つのキーホルダーを見せると、
「…………」
瑞穂は少し驚いたような顔をしてフリーズしてしまった。
そして、手渡したキーホルダーを胸の前で両手で握りしめると下を向いてしまった。
気に入らなかったのだろうか?
「余計なお世話だったか?てか、おそろなんてキモいかな」
「……ううん。そんなこと、ないよ」
下を向いたまま瑞穂はそう言った。
「そうか、なら良かった」
どうしたんだろう。照れくさいのかな。
「ありがとう。すごく、すごく嬉しい……!」
違ったみたいだ……
瑞穂は、指で涙を拭いながら、笑顔でそう言った。
俺は、その笑顔に魅せられてしまった……
「私、そろそろ、戻らなきゃ……」
「俺も行くよ……あ、でも俺も、もうすぐ保健委員の仕事の時間だな。ひとりで戻れるか?」
「子供じゃないんだからひとりで戻れるよ……過保護すぎるよ佐伯くんは……」
俺からしてみればまだまだ未熟な子供だよ。
瑞穂の頭を少し撫でてやる。熱があるみたいに顔を真っ赤にしてしまった。
今度は照れてるんだろうな。
「……じゃあ、ね」
そう言って瑞穂は保健室から出て行った。
気付けば俺の中にある、瑞穂への疑念や不信感は薄らと消えかかってきているようだった。
その時……そう思えたんだ。
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