第37話 もう少しだけ
今回の文化祭において、数こそ多くはなかったが、柚子瑠のファンたちの思いは体育館で砕け散った。
しかし、腐女子たちの悲劇は終わらない……
有馬くんのファンたちだ。
「誰よ!あの女……!」
「でもすっごい美人……」
「うぅぅそんなぁ……有馬くん……」
有馬くんの彼女さんは俺でさえ覚えているくらいモデル並みの美女だ。ただならぬ2人の雰囲気は説明がなくてもその関係性は自ずと知れた。俺たちの機材を片付けるために第二音楽室まで向かうのに、何人ものそういった嘆いている女子を見かけた。
そのあと、俺は先輩たちのライブを見るために一度体育館に戻った。雅也はクラスの出し物の当番だからと言って教室に戻ってしまったし。別にひとりだから寂しいというわけでもないが、少し瑞穂を意識してしまう。
瑞穂は今どこにいるんだろう。連絡、してみるか……?
いやいやいや。永瀬さんと一緒かもしれないだろうがッ。でもなんとなく携帯電話を開いてみたら、
「あ、ヤベッ。忘れてた」
亘からメールが来ていた。今は体育館にいるらしい。
「あ、いたいた。お前ら、来てくれてたんだな」
「あんたが絶対来いって言ってたんでしょ?来てやったわよ」
「はは。ありがとな、あかね。亘も」
「それにしてもギターすごく上手かったね。僕たち全然知らなかったよ。翔太郎が楽器できるなんて」
確かに俺の部屋にはギターすら置いてなかったし弾いてるところでさえ見せたことはない。急にギターが弾けるようになったみたいに見えたんだろうな。
「まぁ、学校で少しずつ、な」
「そういや、さっき瑞穂さんに会ったわよ。そりゃあもう目キラッキラにして……」
「おい……余計なこと言ってないだろうな……」
「な、何も言ってないよ!あかねもあまり翔太郎に誤解を招くようなこと言っちゃダメだよ」
「私は見たままの事実を言ったまで。ライブの余韻で興奮する瑞穂さんの話を聞いていただけよ。生温かい目で」
本当かどうか怪しいものだ。ま、そういうことにしておこう。
「瑞穂さん、翔太郎のこと探してるみたいだったけど、その様子だと会ってないみたいだね」
「ああ、片付けしてたからな。会ったらお礼言っとくわ。お前らもまだいるんだろ?せいぜい楽しんでいってくれ」
「言われなくても。じゃぁね。うちらの文化祭にも来てよね。瑞穂さんと一緒に!」
イタズラっぽく笑ってあかねたちは体育館を後にした。瑞穂と一緒にか……このあとはクラスの当番と保健委員の当番以外は暇だし、誘ってみるかな……
「あ、佐伯くん、戻ってきてたんだ」
瑞穂だ。ひとりだけだな。永瀬さんは一緒じゃない……ようだな。ちょっとホッとしてしまう。
「なに?美羽はいないよ?クラスの出し物の当番だから」
うッ視線で永瀬さんを気にしているの気付かれたか?!
「それよりさ、さっきライブすっごいよかったよ!全部私が知ってる曲だったし、みんな盛り上がってた!」
「そ、そりゃよかった」
永瀬さんのこと深掘りされなくてよかった。本当に食い気味で話してくるなこの子は……
「それでさ、もっとライブのこととか、バンドのこととか聞きたいなって思ってて。あのさ、このあと時間空いてる?」
これはお誘いなのかな?まぁ断る理由もないな。
「……特にないけど」
「そ?やた!じゃぁさ、3年生の階に行ってみようよ。フルーツのミックスジュース売ってるよ。チュロスとかドーナツもいいな〜」
おうおう、はしゃいじゃってまぁ。子供みたいだな。そういやまだ子供か……たまに瑞穂が精神的に未熟な子供だということを忘れてしまう。こいつは子供なんだと割り切ることができれば傷つけることもないんだろうけどなぁ。
「随分と買い込んだな……全部食べれるのか?」
瑞穂は嬉しそうに両手に袋をぶら下げている。もちろん全て食べ物や飲み物だ。
「えへ。迷っちゃって。佐伯くんも手伝ってよ」
「まぁ、いいけど。ところで、なぜにこんなひとけのない所へ?」
瑞穂に促されてやって来た場所は校舎5階の一般客は立ち入り禁止の区域だ。
「……たくさん食べてるところ見られたくない」
俺にはいいのか?
ま、気を許してくれているということにしよう。
それにしても学生時代はこんなにたくさん食べていたんだな瑞穂は。どうりで体型が……
い、いかん。今の瑞穂はまだ子供なんだ。子供に欲情するわけにはいかない。俺の中の何かが壊れてしまうかもしれないからな。
校舎端の屋上へと続く階段に2人で腰を掛けて戦利品を物色。どれから手をつけるか迷ってるみたいだ。
「佐伯くんたち学校の外でもライブするんでしょ?やる時は呼んでね。絶対行くから」
「いや、俺もさっき初めて聞いたんだけどな、やるみたいだ。じゃぁ瑞穂は強制参加だな」
「うん、わかった!」
今年の4月、同じクラスになりたての時は、こんなふうに2人で何かを食べながら談笑するってこと想像もしてなかった。あの時は自分の怒りを抑えつけることに必死だったし、気持ちと行動が伴わない自分にもいつも腹を立てていた。
まだまだ課題はたくさんあるけど、このままの関係を維持できれば俺の目的は果たせるんじゃないかな。依知佳に会える可能性も高くなるんじゃないかな……
「それでね、その子も有馬くんのことが好きでさ、でもあの彼女を見たらそりゃもう…………」
楽しげに瑞穂が話していたのだが、急に会話がピタリと止まってしまった。
「どした瑞穂?」
瑞穂はある一点を凝視し表情も固まってしまった。俺は瑞穂の視線の先を追うが、ちょうど壁の角があって俺からは見えない。
「……」
突然黙り込んだ瑞穂。よく分からず戸惑っていたら足音が聞こえて、それが近づいて来た。
「君たち、ここは立ち入り禁止だよね」
俺が1年生の時の担任の
「すみません先生。吉沢が体調が優れないと言うので、少し休んでいたんです」
とっさに出たウソ。俺はこういう状況には慣れている。
「佐伯か……ここは保健室とは真逆の方だけど?」
ん?今のは嫌味か?
てゆうか体調悪いって言ってんだら瑞穂のことを気遣うのが先じゃねぇの?ウソだけどさ。
「これから連れて行こうとしていたんです。下の4階ではたくさん人がいて休めなくて」
「それで君が?他の女子に頼めばいいのに。たくさん人がいたんだろう。どうして君なんだい?」
「俺、保健委員なんですけど。たまたま近くに俺がいたんですよ」
「たまたま……ねぇ。本当に?」
うッ……言い訳にしてはキビしいか……?
まぁ、こんな所で生徒が男女2人きりでいたら、教師だったら注意くらいするよな。
「本当ですって。てか体調悪いって言ってるんだからちょっとは気遣ってくださいよ」
「そうだね……悪かったよ。それより僕が吉沢さんを保健室まで送り届けよう。僕は女子バスケ部の顧問だしね。スタメンの吉沢さんの状況が気になるし」
「って先生言ってるけど、どうする?」
瑞穂は俺の袖をギュッと強く掴んだ。
俺としても先生に預けてしまおうかなと思ったけど、瑞穂はそれを望んでいないみたいだな……
「俺が連れて行きます。仕事ですから。先生もお仕事に戻ってもらって結構ですよ。さ、行こうか。立てるか?」
瑞穂は無言で頷いた。簡単に片付けて俺たちは階段を降りていった。心なしか黛先生に睨まれたような気がする。
それにしても、まいったな……
瑞穂のこの態度。暗い性格の原因が5組の女子からのいじめだと思ってたけど、顧問とも何か確執があるみたいだ。
黛先生の気配がなくなったあと、瑞穂は俺から離れた。せっかくだからこのまま保健室で休んでもらおう。
「大丈夫か?」
「……うん、ごめんね……最近部活サボり気味で、先生と顔合わせづらくて……」
「そうだったんだ」
そんなんでよくスタメンで使ってくれているよな。それだと頑張ってもレギュラーにさえしてくれないと思うんだけど。
そんなに思い詰めているなら部活辞めればいいのに……ってそんな単純じゃないのかな。
そうこうしているうちに、俺たちは保健室に到着していた。
「すみません入ります……って誰もいないじゃん。誰だよ、この時間の保健委員の当番……」
俺たちは誰もいない保健室に入った。文化祭の喧騒がさっきの場所より遠く聞こえる。
「とりあえず休めよ。体調悪い設定なんだから」
「……うん」
おいおい本当に大丈夫か?
まったく……こりゃ根深そうだな。
つっても今の俺にできることなんてないしなぁ。
「じゃぁ俺は戻るわ。好きなだけ休んで大丈夫そうなら戻ってきなよ」
よく考えてみたら、当番でもないのに誰もいない保健室に2人きりって、それこそアウトだろ。
俺はそう言って保健室から立ち去ろうとした。
「待って!」
唐突に、腕を掴んで俺を引き止める瑞穂。
「お願い、もう少しだけ……もう少しだけ……そしたら……」
こんなに手を震わせて……
そういえば、前にもこんなふうに俺が帰ろうとした時、引き止められたことがあったっけな。あれは夏祭りの帰りの時だ。
結局、何がしたかったのか分からずじまいだったけど、瑞穂は内に溜め込む性質がある。
はぁ……しょうがないやつだな……
俺はグイッと瑞穂を引き寄せ、
「落ち着け。大丈夫だ……」
両腕で包み込むように抱きしめた。
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