第36話 文化祭
体育館は窓にカーテンが引かれていて薄暗くなっていた。休憩しにきたのか、いくつかのグループが地べたに座っておしゃべりをしている。
舞台のどん帳は下りていて鑑賞用の椅子が数列置いてあるけど、機材を前にした音響担当の軽音部の人しか座っていない。
「ねぇ!いちばん前いこ!」
美羽が私と優里の手を引いていって舞台の一番近くの席まで連れて行かれた。
「こんなに前だと逆に見えづらいんじゃない?」
優里が言うのももっともだ。多分バンド側からも見えづらいだろう。
「あ、そうだよね〜三島っちのカワイイお顔がよく見えないもんね〜」
「もうッからかわないでよね。そんなんじゃないんだから」
「ユーリ……それ、ツンデレって言うんだよ……可愛すぎかよ!」
あ〜あ。なんか始まったよ。
ま、修学旅行の時くらいから優里と三島くんてよく話しているの見る。背は優里の方が少し大きいけど、そういうカップルもいいんじゃないかなって思う。優里も笑顔でいることが多くなった気がするし。
……いいな、すごく羨ましい。
佐伯くんてどんな感じで演奏するんだろう。ガッチガチに緊張して無表情で微動だにしなかったりして。それはそれで面白そうだからたくさん写真撮っちゃおう。
まもなく開始時間になるころ、後ろを見ると結構生徒が集まってきていた。ほとんどが女子だ……
「この子たちほとんどが三島くんのファンじゃない?どうするよ〜ユーリ〜」
佐伯くんのファンではないのは少しホッとするけど、優里がなんか仏頂面で顔赤くしてる。
「うるっさい!」
やれやれ。本当、美羽はすぐそうやって人をからかう。今度弱みを掴んだら優里と一緒に思いっきりイジり倒してやろうかしら。
ドッドッドッ
ドラムの音が聞こえてきた。始まるのかな。
ビーッと開演を告げるブザーが鳴ると、どん帳が上がり始めた。
きゃー!
おお?黄色い声援が聞こえたぞ。
やっぱり人気があるんだなぁ。
チッ
黄色い声援の中に舌打ちも聞こえた……
まぁ仕方ないよね。嫉妬する人もいるだろうし。
チッ
また聞こえた…………
「って優里じゃん!」
思わず突っ込んでしまった……
それにしてもすごいな。ライブって去年の文化祭も見たけどこんな熱気はなかった。佐伯くんたちどんな曲やるのかな楽しみ。
「こんにちはー!『四面蒼歌』です!今日は四人体制になってから初めてのパフォーマンスです。新しい僕たちの音楽を最後まで楽しんでいってください!」
ぎゃーッ
すごい!三島くんて本当に人気者なんだ!
チラリ。優里を見る。
スンッ……ってなってるー!
それに比べて変わらず美羽は楽しそうだな。私も集中しなくちゃ。
舞台に目を移すと、
あ……
佐伯くんと目が合う。
そして、左拳を突き出して……私に向けた……?
私も彼に倣って左拳を佐伯くんに向けた。佐伯くんは少し恥ずかしそうにハニかんで下を向いてしまった。
ふふ……緊張してたんだな、やっぱり。がんばれ。
「一曲目、Mission of gods!『Horizon Observation』!」
この曲知ってる!大ヒットした映画の主題歌だ。英語の曲だけどメロディが良くてCDショップでもよく流れてたから印象に残ってる。
「すごーい!三島くんてすごく歌うまいね!それに歌うと全然声色が変わるね!」
「うん!」
優里、さっきの不機嫌な顔がどっかいっちゃった。よかった。
その他の曲もJポップやロックを演奏してて、どの曲も私が知っている曲ばかりだった。去年見た先輩たちのバンドの時は知らない曲の方が多かったのになぁ。それにしても、佐伯くん、ガチガチになるどころか、すごく楽しそう。生き生きしてるって感じだ。
「次の曲が最後になります。僕たちは文化祭以外でもライブをやっていきたいと思ってます。その時はぜひ皆さん遊びにきてくださいね!」
絶対行くよー!
いくいく!
声援の中からそんな声が重なって聞こえてきた。
「Snowze226!『Anthem partⅤ』!」
あ、この曲も知ってる……ていうか、佐伯くんも歌うんだ……佐伯くんも結構歌うまいな。
ライブが始まってから立ちっぱなしだけど、足の裏から根が生えたみたいにその場から動くことができない。身体は動かないのに心臓はバクバクで激しく脈を打っている。
佐伯くんから……目が離せない……
*
俺は調子に乗って瑞穂に拳を向けてしまったけど、瑞穂もそれに応えて拳を向けてくれた。少し恥ずかしかったけど、あれで緊張が解けた。
それにしても、ライブが終わって舞台から降りた途端、柚子瑠が観客に囲われた。人だかりはまだなくなりそうにないな。ほぼ女子だし。その人だかりの外側に瑞穂と峰岸さん、永瀬さんの3人がいた。できれば3人から感想を聞きたいところだが……
柚子瑠も峰岸さんの存在に気付いたようだけど……近づくのは難しそうだ。
すると柚子瑠は人波をかき分けて峰岸さんの方へ向かって行った。
「みんな、ありがとう!ちょっといいかな少し退いてくれると……よいしょ、よいしょ!」
柚子瑠は、はぁはぁ息を切らして峰岸さんの前まで出て来た。
「ちょっとあの女、柚子瑠くんのなんなの?!」
ああ〜やっぱそうなるのか〜
柚子瑠ファンたちの視線が峰岸さんに一斉に向けられた。峰岸さんも少し困惑してる。
「峰岸さん……」
「……うん」
「この後、ちょっと時間ある?」
「まぁ……」
そう言いながら峰岸さんは瑞穂と永瀬さんの方を見た。2人とも笑顔で頷く。
「やった!じゃぁ行こう!」
そう言って柚子瑠は峰岸さんの手を取り2人で走り去っていった。
「え?!ちょっと?!三島?!」
「みんなー!今日は本当にありがとねー!」
ぎぃやぁぁー!
ファンたちの声なき声が体育館に響いた。そういうことか……やるなぁー柚子瑠のヤツ。確かにここ最近、柚子瑠は峰岸さんとよく話をしているように見えたもんな。
あとは俺らに任せて、峰岸さんと文化祭楽しんでこい。
心の中でそう呟いた。
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