第35話 改変

今の俺にできること……

それはなるべく見守ることだ。決して過干渉になり過ぎないように。


それには理由がある。それは前回の世界線で瑞穂自身でいじめを克服していたことに関係する。

そう、大学で瑞穂と再開した時と今の瑞穂は随分違う。

今の瑞穂は控えめで、どこか陰がある。俺と再開するまでに瑞穂はなんらかの理由で克服している。ならばそれは瑞穂の成長だ。成長を阻害する行為は厳に慎みたい。だからいじめの原因を根本的に叩き潰すのは控えることにした。


瑞穂からお汁粉を買い取ったあと俺は第二音楽室に戻り、窓から体育館の開け放たれたドアを見守る。

前世界線ではこのあと、瑞穂が体育館から出て来て、中から見えない位置でひとり号泣するんだ。そして――

 

あれ……?

前回と同様、瑞穂がひとりで体育館のドアから外に出て来た。

やはり同じ道を辿るのか……

と思って見ていたら、瑞穂は手にした缶をプシュッと開けてゴクゴクと飲み始めた。

瑞穂の視線が、2階の音楽室から見ている俺と重なる……

俺は思わず、軽く手を振ってしまった。

すると、瑞穂は笑顔で俺に手を振り返してきたではないか。


「瑞穂〜こんな所にいたの?休憩終わりだよー」


「はーい」


今回の世界線で初めてだった。あんな眩しい瑞穂の笑顔を見たのは。


その日、号泣する瑞穂を見ることはなかった。


そして、俺も自分の感情が変化したということを実感した。


――世界線が改変されたんだ。





 


バンドの仕上がりもそこそこ出来上がってきた。この数週間、毎日のように練習を行なってきたからな。まぁ高校生にしたらレベルは高い方だろう。あとは、ちゃんと客が来てくれるかどうかだな……可能な限りのロビー活動は行なっておこう。


「え?!佐伯っちもライブに出るの?!」


「うん、演者としてね。魚住と三島も出るからみんな観にきてよ」


「いくいくー!絶対みにいくー!」


「永瀬さん顔が広いし人気者だから友達を誘ってくれると嬉しい」


「人気者だなんて!いゃねぇ(バゴッ)お世辞言っても何も出ないよ佐伯っち!」


「あだっ!と、とにかくよろしく。頼りにしてるから」


痛ぁ……グーで肩パンすんなよ永瀬さんよ。

ちょうどいいとこに瑞穂もいた。


「瑞穂」


「さ、佐伯くん……この間はありがとう……」


暗いなぁ。まぁ仕方ないけどさ。


「えーと、こないだってなんだっけ?」


何に対してのありがとうなのか、これまで干渉し過ぎたせいかもう分からん。


「えと、ジュース、じゃなくてお汁粉の……」


「ああ、あれ。別に俺がお汁粉飲みたかっただけだから感謝されるほどでもない」


「だとしてもだよ。で、文化祭でライブやるんだよね?もちろん行くよ。もともと観に行くつもりだったし」


「そっか。じゃぁ頼む」


バスケ部のやつらも呼んでよ、と言おうとしたけど、それはやめておいた。嫌なことを思い出させてしまうかもしれないからな。

あとは、うちのクラスのサッカー部のやつらもだな。


「おーい、橋爪。ちょっといいか」


背中越しに橋爪を呼ぶと反応がない。なにかブツブツと独り言を言っているようだけど。仕方ない、いつものように通訳の伊東を介すか……


「伊東、橋爪のヤツ今度はどうしたんだ?」


「ああ、佐伯か……有馬のやつがな、最近付き合い悪くってさ。ちょっと問い詰めてみたんだよ。そしたらさ、あいつバイト始めてたみたいで」


「そうなんだ。バイトにかまけてサッカーが疎かになっているってことか」


「いや、有馬は部活にもちゃんと出てるし試合でもちゃんと結果を出してる。どうやらバイト先で彼女ができたらしいんだよね」


ああーなるほどー

有馬くんは甲斐性があるからなぁ。器用にやってるんだ。


「それが2歳年上の大学生でさ、めちゃくちゃ美人さんなんだよ」


あれ?それって俺たちが1年のときの話じゃなかったか?……いや、2年だ。2年の文化祭の時に有馬くんの彼女を見たんだ。マズいな……俺、雅也と柚子瑠に先に話しちゃったかもしれない。でもまぁ覚えてないだろ。俺の話なんて。


「そっか。とうとう有馬くんにも春が来たか。有馬ファンが発狂しそうだけどな」


「だな。それよりも目下の問題は橋爪コイツだよ」


「ほっとけって」


「ま、まぁそうなんだけどさ……」


橋爪を見ると、まばたきはおろか瞳孔が開いていて、神がどうとか運命がどうとか、哲学的なことを小声でずっと言っていた。

今度いい精神科を紹介しようと思う。


俺は伊東に3人でバンドのライブに来てもらえるよう案内した。橋爪はその時に大いに盛り上がって発散してもらおう。







文化祭当日――

柚子瑠が言い出しっぺとなり、他クラスの出し物を3人で見に行くことになった。ちなみにアキラは同じクラスの女子たちと回るそうだ。意外にもアキラは友達が多いらしい……


「3年生は飲食関係が多いね。フルーツジュース専門店とかドーナツの店とかもあるよ!」


柚子瑠は文化祭のパンフレットを見ながら楽しそうに話している。


「……よかったのか?ユズ。本番までまだ時間あるんだから俺たちと文化祭回るんじゃなくて本当は……」


「い、いいんだよ!今は2人と回りたいんだ」


……今は、ね。これは何かあるな。前回の世界線ではなかった柚子瑠のこの反応。何かが作用して流れが変わった。分からない以上、俺は静観することにした。


「あれ?なんか校舎の中庭が騒がしいね……」


柚子瑠が視線を向けた中庭の方へ目を向けてみると、何やらちょっとした人だかりができていた。その人だかりの視線の先には、ある男女のカップルがいたのだが……


「あれって有馬くんだよね?有馬くんの隣にいる女の人って……彼女?かな……」


ああそっか。やっぱり美人の彼女を文化祭に呼んだんだな。なんとなくだがこんなふうにちょっとした騒ぎになったの覚えているわ。


俺たちはその騒ぎの中心から遠ざかるように別のクラスの出し物を見に行った。

そして、午後になりいよいよ俺たちのバンド『四面蒼歌』の出番がやってきた。

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