第34話 辿る

翌日放課後、俺は柚子瑠ユズルと雅也に合流した。

音楽室は使えないので、柚子瑠の家に行くことになっていた。


「佐伯くん、この子がドラムやってる1年生の桜井アキラだよ」


「アキラなのでデス。ドラムスデス。アキラと呼んでくださいデス」


「佐伯翔太郎だ。今日はよろしくな」


ああそうだ。アキラはこんな独特な口癖のある女の子だった。

アキラは小柄で華奢だが、背中まで伸びた黒髪をブンブン振り回してパワフルなドラムを叩くギャップ少女だ。なんでも13歳くらいまで外国に住んでいてそれまでは日本語はまったく喋れなかったらしい。柚子瑠とは親同士が知り合いで、柚子瑠と年齢も近いということもあって日本語を教えたり文化を教えたり何かと目をかけていたということだ。ドラムは外国に住んでいた時からやっていたらしい。


「それじゃぁ、これから僕の家に行って、打ち合わせも兼ねて軽く音を合わせてみよう」


柚子瑠の家は市街地中心部から少し離れた場所にある閑静な住宅街にある。裕福なご家庭が居を構えているのだろう。いい家が建ち並んでいる。

俺たちは柚子瑠に促されて、柚子瑠の家に上がった。


「飲み物取ってくるから先に地下に行ってて」


相変わらずの豪邸。

懐かしいな……そうだ、こんな感じだったな。

前回の世界線、俺は高校を卒業してからは浪人生ということもあってあまり柚子瑠の家には来れなくなった。

地下には可動式の大型スクリーンがついたシアタールームとなっており、スクリーン前にあるソファの裏のスペースにドラムセットやアンプなんかが設置してある。

これ、そこらへんのスタジオよりよっぽど設備がいいよな……


広々としたし地下室と十分すぎる設備。久しぶりの練習とも相まって密かにテンションが上がっていた。


「じゃあスイートチルドレンからいこうか」


このバンドのリーダーは意外にも柚子瑠だ。選曲も演出も柚子瑠が言い出しっぺで大体それが決定事項となる。これだけの設備を無料で利用できるんだ。俺としては何も言うことはない。

俺はいくつか立てかけてあった柚子瑠のギターを一本拝借してアンプに繋げる。


ああ、ゲインを上げる時の高揚感、腹の底に響くバスドラの音……たまらん。


課題曲一曲目。

この曲は俺のギターリフから始まる。

ギターをかき鳴らした次の瞬間、3人の視線が俺に集まったのを感じた。柚子瑠と目が合うと、柚子瑠はニコッと笑顔を向けてきた。

走ってないはず。ドキッとさせるんじゃねぇよ。

アドレナリンが出ている感覚ってこういうことをいうのかな。この疾走感とパズルが合わさったかのようなグルーヴ感。

嫌なことを忘れさせてくれる……


「うん、いいね!佐伯くん」


「まぁ、ハマってたな」


「なかなかやるデス。ただ細かな凡ミスはありまシタが」


「わり、やはり気付かれてたか」


「なぁ佐伯、お前、本当にバンド初めてなんだよな?」


不思議なことを聞いてくる雅也。意図が分からないけど俺が何か他にミスをしたということか……?


「初めてだけど……?なんか粗相でもしたか俺」


「いや、そういった意味で聞いたわけじゃないんだが」


なんとも歯切れの悪い言い方だ。特に掘り下げない方がいいのだろう。


ひと通り曲を周回したあと、柚子瑠がバンド名を決めようと言うことになった。俺は今だに高校の時のバンド名を覚えている。歴史通りなら……


「漢字がいいと思ったので、『四面蒼歌シメンソウカ』にします。僕たちの学校のイメージカラーって『蒼』だよね。もともとの四字熟語とは真逆の意味合いになっちゃうけど、学校中から歌声が聞こえるようなバンドだぞって意味合いです」


「好きにしてくだサイ。ワタシはなんでもいいデス」


「右に同じ」


「あ、俺は正式なメンバーじゃないから」


「なに言ってんの佐伯くん!もう正式メンバーだよ!ね、アキラ?」


「そうデスね。ユズの足りないところ補ってくれてるデス。ハモリもバッチリじゃないデスか。ワタシとしては特にカもなく不可もなくデスね」


「日本語の使い方ちょっと違うような気がするけど、OKってことだよね。雅也くんもこれで納得した?」


「……うん、まぁ」


なんだよ……まだなんか文句がありそうな感じじゃねぇか。まぁいい。これで前回の世界線通りに収まった。






 

「ストープッ!そこまでー!少し休憩にします!」


今日は私が所属する女子バスケ部の体育館での練習日。大きな声を出して指示を出したのは、同じ2年生の結城なつみさんだ。彼女は9月から女子バスケ部の部長になった。顧問の先生が忙しく、あまり部活に参加できないため部長である結城さんが練習のメニューを考えたり部の取りまとめをしてくれている。

 

多分、結城さんは男子バスケ部の山崎くんのことが好きだ。山崎くんは背が高くて存在感があったから、1年生の時からレギュラーだったし、同学年の中でリーダーシップをとっていて、いつかは部長に選ばれるとみんなが思っていた。

そんな山崎くんの隣に立とうとしていたのかな。結城さんは努力を重ねてその席を勝ち取った。


そう、結城さんは努力の人だ。自分にも他人にも厳しい。だから、なんの努力も目標もなくスタメンを獲得してしまった私のことが嫌いなのだろう。あまつさえ山崎くんの心まで奪ってしまったのだから……


「吉沢さん、ちょっといい?」


結城さんが私を呼び止めた。


「はい……」


「最近、たるんでいるように見えるんだけど。やる気がないならスタメン代わってくれてもいいのよ?」


「ごめん……気をつける」


結城さんは修学旅行のあと、明らかに私に対して厳しく当たるようになった。おそらく、山崎くんの告白を断ったということが知れ渡り、結城さんの耳にも入ったのだろう。

結城さんが厳しくなったのは別にいい。練習に身が入っていないのは事実だから。

でも、結城さんと仲の良い同じクラスの5組の子たちは違う。練習中、厳しいチェックやチャージなどあからさまに私に対して嫌がらせをしてくるようになったのだ。


私だって、やりたくてバスケやってるわけじゃないのに……!

でも、もうこの押し問答は疲れたので諦めた。


のど渇いたな……ジュース、買ってこよう。

 

自販機の前でなにを飲むか決める前にお金を入れてしまったから、ボサっとしていると見られたのだろう。


「これ、私のオススメッ!」


ピッ!ガゴンッ


5組の子だ。

勝手にボタンを押された。


「あ……」


出てきたのは温かい缶の『お汁粉』だった。


「あはは!あったか〜いお汁粉でも飲んで、その冷め切った心でも温めておくといいよ、吉沢さん♪」


「やめなよ〜これ以上甘いの飲ませたら胸以外まで太っちゃうかもしれないのにw」


そう言って5組の子2人は笑いながら体育館に戻って行った。

 

悔しい……悔しい!なんにも知らないくせに……ヘラヘラと!

涙が溢れそうになったその時だった。

 

「よっ」


突如、私の横から誰かの腕がニュッと伸びてきて、自販機の受け取り口からお汁粉の缶が取り出された。


「佐伯くん……」


佐伯くんはお汁粉の缶を片手に、ニッと少し意地悪っぽい笑顔をつくってみせた。


ああ……やっぱりなんか泣きそう。なんでいつもこういったタイミングで現れるんだ佐伯くんは……


「瑞穂、ちょっと手出して」


「え?あ、ちょっとッ」


佐伯くんは私の手を取った。戸惑う私を置き去りにして、手のひらの中に強引に120円をねじ込んできた。


「まいど〜」


そう言うと、佐伯くんはお汁粉の缶を持って校舎の方へ行ってしまった。

買い取ってくれたの?イジメられているような場面見られてたよね。恥ずかしい……


でも佐伯くんのお陰で萎れきった心が少し持ち治った気がする。それにいつまでもここにいるわけにはいかないから。






 

瑞穂は部活内でいじめに遭っている。

前回の世界線ではそんなこと瑞穂から聞かされていない。誰だってあんなことひとに言えないだろう。


前世界線で瑞穂が体育館わきで号泣していたあの日が今日だったということを思い出した。

夢を見て思い出したのだが、あの日は文化祭の出演バンドオーディションの発表日で、合格を言い渡された日でもあった。俺は少し浮かれていたんだけど、瑞穂の号泣シーンを見て気分が萎えてしまったのだ。


人目を忍んで泣いていた瑞穂……もし、俺が同じ立場だったとしたら、本当にしてほしいことは加害者に対しての粛正なんかじゃない。寄り添い、理解することだ。もちもん一番は攻撃が止むことなのだが。

でも……今の俺の立場で何ができるだろう……


「佐伯、どうした?難しい顔をして」


マユズミ先生……」


階段の踊り場でボサッと考え事をしていたら、先生に心配されてしまった。

先生はジャージ姿で片手に何やら書類を抱えていた。女子バスケ部の顧問だから、これから部活の指導に向かうのだろうか。


「……佐伯、バスケ部、辞めたんだって?」


このタイミングで聞くのか……

どう答えたらいいか分からない。なぜだか罪悪感が混じってしまいそうだ。


「はい、すみません……」


「何で謝るんだよ。僕は少し安心したんだ。軽音部に入ったって聞いたよ」


「あ、はい、メンバーが受け入れてくれたんで」


「そっか。ならなおさら良かったよ。ま、僕は遠くで見守ってる」


そう言って黛先生は体育館に向かって行った。


「見守る、か……」


瑞穂に対して俺にできること。


今はそれぐらいだろうか……

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