第33話 芽生え

久しぶりのバカンス。ま、修学旅行なんだけど。家族以外で飛行機に乗っての旅行はもちろん初めて。

みんな浮ついているのに、一人だけまるで出張にでも行くかのように落ち着いている人がいる。

佐伯っち、なんか本読んでるし。普段はあまり表情を出さない魚住くんでさえ楽しそうにしてるのに。と思ってたら、佐伯っちも魚住くんたちも楽しくお喋りを始めた。なんだ気のせいだったのかな。


佐伯っちは修学旅行中、楽しそうにはしているけど、どこか心ここに在らずというか私たちとは違った心の浮つき方をしているように見えた。本当に不思議な人だ。非日常的なシチュエーションで、佐伯っちの正体を垣間見ようと思ったけど、沖縄が楽し過ぎてそんなことも忘れちゃった。


修学旅行2日目の夜、私は自分のデジカメの写真のデータを見返していた。

ふふ。よく撮れてる。

写真を見ててふと気付いた。


あれ?これって……

2枚に1枚くらい、どこかしら佐伯っちが写っている。これも、これもだ。

完全に無意識だわこれ……いつの間にか私、佐伯っち追ってたってこと?!ヒェ〜!


次の日、そんなこともやっぱりすっかり忘れて観光を楽しんでいたら、佐伯っちが突然、昨日の写真を見せてほしいと言ってきた。


「ああー昨日の!あれマジウケるよね!……あッ!でも……」


どうしよう。佐伯っちばっかり写ってるの見られたら恥ずい……


「どうかした?」

 

「ううん、なんでもない。ちょっと待ってね。えーっと、ほら」


他の写真は見せないように、昨日みんなでビーチで撮った写真だけを見せた。


「あはは!やっぱちょーいい!魚住くん合掌して飛んでるし!仏像かよw」


そのあと、橋爪くんが奇声を上げたからなんとなく誤魔化せた。今日は被写体をしっかり意識して撮らなきゃ。ああそっか、他の人もいっぱい撮ればいいんだ。男子とツーショットとか撮れば全体的におかしくなくなるよね。


帰り前、ホテルのラウンジで三島くんに声を掛けた。


「三島くん〜記念にツーショ撮ろうよ〜」


「え、ぼ、僕……」


なにこのかわいい生き物は。

ここまでじゃないにせよ、大概の男子はツーショットを撮ろうとすると照れるんだよなぁ。魚住くんだってそうだし、まぁ、橋爪くんは別として。


「佐伯っち、ウチらも写真撮ろ!」


ひとりでボサっとしている佐伯っちに声を掛けた。


「いいけど、みんなで撮った方がいいだろ?」


むぅ。なぜに拒否的?!私が直にツーショ撮ろうって言ってるのに。照れてるわけでもないし。デリカシー!


「もう佐伯っちったらぁ〜野暮なこと言わないの!」


まったく!なんか調子狂う。佐伯っちとツーショットだからかな、身だしなみ気になる。

 

「ほら、ウチらも!あ、ちょっと待って。前髪チェック。デジカメ持ってて」


佐伯っちは私のことぜーんぜんなんとも思ってないみたい。なんかムカつく。

そう思っていたら佐伯っちが私のデジカメの写真を見ていた!


「あ?!ちょっと何勝手に見てんのよ?!佐伯くんのエッチ!」


「エッチって……撮った写真見てただけだろ?」


ヤバい!たくさん佐伯っちの写真撮ってたのバレた?!


「……全部見た?」


「いや、全部は見てないけど」


うぅ……は、恥ずかしい……

今、絶対今顔赤くなってるよ〜


「なんなんだ?別に裸の写真を撮ったわけじゃないだろうに…………おいマジか……まさか撮ってたのか?」


「撮ってないよ!スケベ!」


もう!なんなの!無邪気に笑って私のこと子供扱いして!


やっぱりそうだ。佐伯っちって高校生なのに、高校生じゃないみたい。すごい不思議な人。もっと佐伯っちのこと知りたいな……







修学旅行が終わると程なくして文化祭が始まる。うちの高校はそこそこ文化祭に力を入れる学校で、毎年結構盛況だったイメージがある。

文化祭といえば飲食関連の出し物が人気なのだが、うちの学校は出店数が限られているため原則3年生が優先的に飲食店を出店できるというルールがあったりする。

そもそも飲食関連だとさまざまな申請だとか許可が必要で食材の調達など手間が多い。

俺の記憶が正しければ、2年の文化祭は教室内迷路だった気がする。迷路の壁は可動式になっていて、1時間に一回、迷路のコースが変わる。パターン化されているから移動も簡単で客を飽きさせない工夫が施された。当番制にして当日は自由に他クラスの出し物を見学に行こうというなかなか素晴らしいアイデアだった。


ホームルームでの文化祭の決め事は、おおよそ俺の記憶通りに事が運んだ。俺の周囲での出来事も大きな変化がないことを鑑みれば、喫緊の修正や変更事項はないだろう。

ホームルームも終わり、帰ろうとした時、三島柚子瑠ユズルが声を掛けてきた。


「佐伯くん、修学旅行の時に話したバンドのことなんだけど、ドラムの子が一度合わせてみたいって言うから、急なんだけど明日の学校が終わったあとって時間取れるかな?」


そうだった。俺は高校2年の文化祭でバンドコンテストに初めて出たんだ。これもなるべくなら同じルートを辿りたい。

明日はバイト入ってなかったな……


「分かった。で、なんの曲やるの?」


「あとでまとめてメールするよ。じゃ、よろしくね」


そう言って柚子瑠は去っていった。

久しぶりのバンド練習。あとで柚子瑠から送られてきた曲のラインナップは、俺たちが散々練習した曲ばかりだった。

俺は帰宅すると、納戸から古いフォークギターを引っ張り出して、軽く弾いてみることにした。





 


「ただいまー……あれ、母さん、誰かギター弾いてる?」


「ああ、お父さんお帰りなさい。翔太郎が帰ってくるなり古いギターを引っ張り出してきてずっとあの調子で弾いてるのよ」


「翔太郎のやつ、ギター弾けたんだなぁ」


「感心してないで、もう夜なんだし。あなたからも少し注意してもらっていい?何度言っても聞かないのよ。ご近所迷惑になっちゃうから」


「分かったよ」





 


概ね大丈夫だな。コード進行も覚えているし歌詞もなんとなく分かる。できれば音源があればよかったけど明日時間があればCDショップにでも行ってみるか。


「おぉい、翔太郎〜開けるぞ〜」


父さんだ。さっき母さんに音を抑えろと言われて忘れてた。


「ごめん、うるさかったよね。今片付けるから……」


ううむ、まだ父さんと話すのに照れが出てまともに話せない。


「いや、いいんだがな。お前、いつからギターなんか弾けるようになったんだ?今まで家で弾いたことなかっただろ」


「いつからって……いつの間にか、かな?学校で練習してたんだよ」


父さん、俺が頭打った影響とかを心配してるのかな。余計な心配はかけたくない。誤魔化した方が良さそうだ。


「……そうか。ま、母さんも言っていたしほどほどにな」


「うん、分かった」







「お父さん、翔太郎に言ってくれてありがとね。ご飯できてるから食べちゃって」


「うん……」


「あら、どうかした?」


「なぁ、母さん。最近の翔太郎ってどうだ?」


「どうって……特に変わった様子はないみたいだけど」


「そうか……なんか、がよくなったよな」


「そう?もともとそうだったじゃない。これまでが反抗期だったのよ」


「ああ、そうかもな。もう大人だよアイツは……」


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