第32話 動き出す想い

「吉沢がよかったらなんだけど、俺とつきあってほしい……」


一瞬、心臓が止まるかと思った。

 

俺は、瑞穂は高校生の間は恋人は作らないものだと思い込んでいた。でも、俺の知らない所でこういった告白イベントが起きていたのかもしれない。

一番恐ろしいのは、今回の俺の言動が原因で『瑞穂は高校生の間は恋人を作らない』という世界線を変えてしまったのではないかということだ。


「え、わ、私は……」


「そりゃ混乱するよな。急にこんなこと言われたら」


本当のところ、ここで俺が出ていってこの告白をぶち壊してやりたい。山崎がクソ野郎だったら迷わずそうできた。でも、山崎はそうじゃない。山崎だっていろいろと考えた末でのこのタイミングの告白なのだろう。だから今回だけは見送る。想いを伝える権利は誰にだってあるのだから。


永遠と思える数秒の沈黙……


断ってくれ……お願いだ、瑞穂……

 

心臓の音が大き過ぎて、もしかしたら2人に聞こえているのではないかと錯覚してしまう。それを誤魔化すかのように、引きちぎれるくらい強く胸の辺りのシャツを握った。


「ごめん……山崎くんとはつきあえない……ごめん」


スーッ……

その言葉を認識した瞬間、水中から浮上したように呼吸が可能となった。

これまであまり感じたことのない安堵が全身に行き渡っていく。

 

「そう、か……一応、理由を聞いてもいい?」


「私、好きな人、いるから……」


安堵も束の間、一転、不安感がジワリと俺の心を濁していく。

好きな人……?瑞穂は高校時代彼氏はいなかったと聞いていた。しかし、好きな人がいたとか、そういうことは聞いていない。そもそもわざわざ聞くことでもなかったから。

誰なんだ好きな人って……俺?いや……分からない。

グルグルと不安と期待感が頭の中を巡って俺を混乱させる。


あ、マズい。山崎がこっちへ来る。

俺はひとまず店の方まで戻り、山崎をやり過ごすことにした。




あれ……?瑞穂のやつ、戻ってこないな……

このまま瑞穂を放っておくことはできない。心中穏やかではないだろうから、何も知らないテイで瑞穂に声を掛けよう。

俺は再び路地まで戻ると、瑞穂は先程の路地裏にひとりで佇んでいた。


「あ、こんな所にいた。勝手にうろつくなよ、瑞穂。探したんだぞ」


「佐伯くん……」


瑞穂は今にも泣き出しそうな顔で俺を見た。

そんな顔されたら、俺は……


「な、何かあったのか……?」


何があったか知っていても聞かずにはいられなくなるだろ……


「……ううん、なんにも、ないよ」


「そうか……もし体調とか悪いなら無理するなよ?」


「うん、ありがと。本当大丈夫だから」


瑞穂はそう言って弱々しく笑った。

今はそっとしておいた方がいいのかもしれない。気持ちの整理をしたいだろうから。


「じゃぁ戻ろう。みんな心配しているかもしれないし」


本当だったら気の利いたことが言えたならいいんだろう。でも瑞穂のこんな顔見たら何も言えなくなる。


みんながいる店に戻ったら、ちょうど会計をしているところで、特に問題なく自然な感じでみんなの輪に入ることができた。瑞穂も何もなかったかのように振る舞っている。

すごいな……あんなことがあったのに切り替えることができるなんて。

俺は無理だ。今だって動揺している。

突き詰めると、俺は不安なんだ。不安を知ってしまった。誰かに瑞穂を取られてしまうのではないかという不安を。

子供っぽいかなって思っていたが、やはりは買っておこうかな。

俺はみんなにバレないようにこっそりと商品を持っていって会計を済ませた。







ホテルに戻り、荷物をまとめてから帰路に着くことになる。俺たちはホテルのロビーにあるラウンジで他の班や他組が来るのを待っていた。

みんな思い思いに写真を撮ったり写真を見せあったり、沖縄最後の時間を過ごしていた。


そういえば橋爪のヤツ、俺たちに突っかかってこないな……

そう思い橋爪たちの班を見ると、橋爪がニマニマしながら自分の携帯電話を見ていた。

どうしよう……すごく怖いぞ。なにがどうなってああなったのか、聞きたいけど近づきたくもない。

疲れ果てた顔をしている伊東にこっそり耳打ちしてみた。


「なぁ、伊東氏、橋爪のあれはなんだ?気持ち悪さを通り越して怖いんだが?」


「ああ、あれ?……結論から言うと、他校の女子生徒と知り合ってメルアド交換したんだよ」


「おおッ!すごいじゃないか。だからあんなに機嫌が良さげなんだ。それにしてもお前は疲れた顔してるな。どうしたんだ?」


「どうもこうもねぇよ!もともとは有馬が逆ナンされたんだよその他校女子に。そうしたら橋爪が有馬にこれまでの鬱憤を晴らすかのように有馬に俺のメアド交換させるよう口説けと脅迫めいたこと言い出して……」


ああー。なんとなく想像つくわー。


「本当ヤバかったんだよ目がイっちゃってて。その女子たちもドン引きしてたけど、有馬がなんとかフォローしてさ、その場が治ったんだ」


「伊東……本当にお疲れ様……今度お前にジュースでも奢ってやるからな」


「お?おお、ありがとう……?」


こいつは苦労人気質なのだろう。なんていいヤツなんだ。このままみんなの防波堤になっていてくれ。


さて、まだ少し時間があるな……

俺は瑞穂がひとりになるのを見計らうことにした。先ほど土産屋で買ったシーサーのキーホルダーをプレゼントするためだ。キモいと自己認定したうえでのこの行為。山崎の告白を見てしまったがために何か行動を起こしたかった。

俺が瑞穂に告白?いや、そこまでの関係性が確立できていない。このタイミングで砕けたらこれから先の高校生活、瑞穂との関係を構築できるとは到底思わない。

少しずつ。少しずつ関係を築いていこう。焦りはあるが、瑞穂の気持ちも断定できず、何より俺の気持ちがまだ付き合うという段階まで持っていけていない。まだ、瑞穂に対する負の感情が抜けきれていないのだから。

伊東や橋爪たちから離れて自分の班が待機している場所に戻る。

あれ……?瑞穂や班のメンバーがいないな。

少し視線を巡らせると、瑞穂はすぐに見つかった。


瑞穂はラウンジの窓から見える風景をバックに雅也と写真を撮っていた。


「魚住くん、全然笑ってないじゃん〜」


「どこがだ?ほら、右の口角が上がっている」


「あははッ。微妙〜これが魚住くんの笑顔なんだ」


……楽しそうだな。

まさか、まさかと思うけど、好きな人っていうのは……


「佐伯っち、ウチらも写真撮ろ!」


黒く嫌な感情が首をもたげた時、永瀬さんが声を掛けてきた。


「いいけど、みんなで撮った方がいいだろ?」


俺は瑞穂たちの方を見て言った。


「もう佐伯っちったらぁ〜野暮なこと言わないの!」


野暮なことだと?!

それって雅也と瑞穂の2人のことを邪魔するなってことなのか?

瑞穂と仲の良い永瀬さんのことだから、瑞穂の好きな人くらい知っているのではないか?知ったうえで、野暮なという表現をしたということか……?


「ほら、三島くんとユーリもツーショ撮ってるしウチらも!あ、ちょっと待って。前髪チェック。デジカメ持ってて」


どうなんだこれ……瑞穂本人に聞けないとしても、永瀬さんになら、それとなく遠回しに聞けるんじゃないか?

いやいや……峰岸さんは昨日のタクシーの中でそんなこと言ってなかったよな……うぅ、今は峰岸さんに聞きづらいし……


疑念が疑念を呼び俺を惑わす。

違うだろ。そんなことない。誤魔化すかのように永瀬さんのデジカメを弄っていた。

デジカメの記録にはこの3日間の思い出が詰まっていた。俺は悶々としながらも無意識に写真の中の瑞穂を探していた。

へぇ……なかなかいい写真が撮れてるじゃないか。風景やカメラ目線の写真だけじゃなく、みんなの自然な仕草や表情を写しているのもたくさんある。

でも、あれ……?この写真たち、なんか……

俺が違和感に気付いた時だった。


「あ?!ちょっと何勝手に見てんのよ?!佐伯くんのエッチ!」


「エッチって……撮った写真見てただけだろ?」


「……全部見た?」


「いや、全部は見てないけど」


「……」


顔を赤くしてジト目で俺を睨みつける永瀬さん……


「なんなんだ?別に裸の写真を撮ったわけじゃないだろうに…………おいマジか……まさか撮ってたのか?」


「撮ってないよ!スケベ!」


面白ッ。

 

ふぅー。少し気持ちが落ち着いた。

瑞穂たちも写真撮り終わっ…………


瑞穂たちの方を見ると、写真は撮り終わったようなのだが、瑞穂が携帯電話を握りしめて俺を睨んでいる。

なぜ睨む、瑞穂よ。負のオーラが出ているぞ!

俺が楽しく写真を撮るのがそんなに妬ましいか。自分だって雅也とツーショットしてたくせに。


結局、その後も瑞穂と2人きりになることはできなかった。峰岸さんの提案で最後には班全員の写真を撮ることができたのだが、永瀬さんが俺の横を陣取って腕を組まれてしまったので反対側に来たくなかったのかもしれない。

シーサーのキーホルダー、渡せずじまいだったな……

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