第30話 変わる

修学旅行最終日。

本日の主な予定は、首里城の見学と国際通りの散策だ。

確か首里城はこの時代では未来になるけど、火事になって焼け落ちてしまうんだ。もし、火事のあった日にここにいることができたら、火事を阻止することができるのかな。いずれにせよ今の俺にはどうすることもできない。だからせめて今は写真と自分の記憶にしっかりと焼き付けておこう。

ノスタルジックな感情に浸っていたら、背中から負のオーラを感じた。


「サエキぇぇぇ。昨日は随分と班行動を楽しんだようだぬぁぁぁ」


完全に目がイっている。

最近の橋爪はいつもこんな感じだ。とても好ましく思う。


「お前らだって楽しんだんじゃないの?」


「……あれを見てもお前はそう思うのか?あぁッ?!」


そう言って橋爪はある方向を指差した。

そこには有馬くんが同じ班の女子3人に囲まれ、キャッキャウフフと写真を撮りあっていた。


「うわぁ……ちょっと同情するわ〜ずっとあんな感じだったの?」

 

目を光らせ唸り出す橋爪。今にも有馬くんに飛びかかりそうだ。


「おい橋爪落ち着け!ずっとじゃないけど、だいたいあんな感じだったよ。いいよな佐伯たちは。橋爪ほどじゃないけど俺も羨ましいよ。班で写真撮ったんだろ?見せてくれよ」


どうどう、と橋爪を落ち着かせながら伊東が聞いていた。まぁ写真くらいならいいか。

俺はカメラ担当の永瀬さんに頼んでデジカメを見せてもらうことにした。


「ああー昨日の!あれマジウケるよね!……あッ!でも……」


「どうかした?」

 

「ううん、なんでもない。ちょっと待っててね。えーっと、ほら」


少し微妙な間があったが、永瀬さんが見せてくれた1枚の写真は、昨日の砂浜で撮ったものだった。

俺の提案で、波打ち際に6人が並んでジャンプした瞬間を収めた写真だった。タイマーを使ったんだけど、めちゃくちゃいい感じの写真が撮れたのだ。俺だってリア充したい。


「あはは!やっぱちょーいい!魚住くん合掌して飛んでるし!仏像かよw」


楽しそうに永瀬さんが笑う横で、橋爪がワナワナと震え出した。そして、


「キィーー!!」


壊れた。


そんな橋爪は放っておいて、俺は再び思考を歴史の海に浸らせることにした。


「おい、いいのかあれ放置して」


それも束の間、雅也が言ってきた。


「放置も何も……通常運転だろ。かわいい他校の女子でも見つけたらすぐ機嫌がよくなるさ」


「でも、実際ハーレム状態を見せつけられたらキィーってなるよ」


柚子瑠の口からハーレムなんて言葉が出るとは思わなかったけど、確かにそうかも。雅也か柚子瑠がハーレム構成してたらふざけるなよって思う。


「まぁ、分からなくはない。でも因果応報、きっと有馬くんも彼女からドヤされるに決まってる」


「え?!有馬くんて彼女いるの?!」


驚いたように聞いてくる柚子瑠。

 

「何言ってんだ。文化祭の時にめちゃくちゃ美人の年上彼女が来て校内の有馬ファンが大変なことになってたじゃないか」


そう、有馬くんには大学生の彼女がいて、その彼女が文化祭を見に来たんだ。ものすごく美人さんで男子はみんな羨むし妬むし、有馬ファンの腐女子たちは阿鼻叫喚の慟哭の現場となり、まさにカオスだった。


「それは俺も初耳だな。去年の文化祭ってことだろ?俺と柚子瑠のクラスは展示物だけだったから部活のライブ以外はブラブラしてたけど気付かなかったな」


「そうだよね?有馬くんは1年生の時からモテてたからね。そんなことになっていたとは」


あれ……?文化祭って俺らが1年の時だっけ?いや、2年?2年の文化祭は修学旅行が終わったあとだから……んー忘れた。


まぁいい。有馬くんたちと仲良くなれたのはオマケみたいなものだ。どっちにしたって祝福してあけるだけだ。





午後、昼食を済ませたあとは班行動となる。

俺たちの班も国際通りの土産物店をぶらぶらと散策することにした。

家族にお土産買った方がいいよな……。

俺たちは土産物店に入って行った。

タイムリープしてから半年近く経つけど、照れ臭くてまともに父さんと話ができていない。というか、何を話したらいいか分からないのだ。

父親と息子ってどんな会話をするのだろう。俺は依知佳しか子供がいなかったし女の子だから感覚が分からない。

父さんが亡くなるまでの数ヶ月、ちゃんと話をして孝行してあげないと……

 

亡くなるまで……?


父さんの事故、防ぐことができたら父さんの死も回避できるのでは……?

ちょっと考えれば済むことなのに、なんで今まで思いつかなかったんだろう。

首里城の火災はきっと俺ではどうにもならない。だけど、父さんは俺がどうにもならないような死であったわけではない。事故死だ。事故さえ防ぐことができれば、死そのものを無かったことにできるのでは……?


鳥肌が立った。いつだったか、亘が未来を全部いい方向に変えてしまえばいいと言っていた。

やってみよう。いや、やってやる。

俺の中で譲れないものがまたできた。


「そんなにそのお土産のお菓子が食べたいの?」


びっくりした!

声のした方に振り向くと峰岸さんがいた。

気付けば、俺は両手にお土産のお菓子の箱を潰れるほど握りしめていた。


「うぉッ!か、買おうか迷ってて……うん、やっぱり買おう」


「なーんか思い詰めてない?考え過ぎたってすぐには状況は変わらないよ?」


峰岸さんは何か勘違いをしているかもしれない。それでもいいや。昨日は素晴らしいスルーパスをしてもらったし。


「だな。とりあえず仲直りはできたんだし。ありがとね峰岸さん」


「私としてもせっかくの修学旅行で友達の悲しむ顔なんか見たくないし。当然、謝礼は弾むんでしょうねぇ〜フフフ」

 

怖ッ

この子は優秀過ぎる。それだけに絶対に敵に回してはダメだ。


「ナンダカとてもタノシソウねェ」


ヒッ!


び、ビビったー!!

いつの間にか俺の隣に瑞穂が立っていた。声には抑揚がなく死んだ魚のような目で俺を見てくる。


「よ、吉沢、ちょうどいいところに来た」


「吉沢ぁああ?」

 

ゴゴゴゴ……

なんだこの迫力!表情から感情が読み取れない分、めちゃくちゃ怖いんだけど!


「あ!あっちにかわいいシーサーのキーホルダーがあるーねぇねぇ三島ぁこれかわいいねぇ」


「あ、ちょっと峰岸さん?!」


あ?!峰岸さんが逃げた!そっちは漬け物コーナーだよ!かわいいシーサーのキーホルダーなんかないよ!三島を巻き込むな!俺をひとりにしないでくれぇー!

な、なんとか取り繕わないと!


「わ、亘とあかねにお土産を買おうかと思ってるんだけど、何がいいかなぁーって……」


「うそつき……」


俯き、ボソッとそう言う瑞穂。

今度はなんだ?!いじけてるのか?


「名前で呼ぶって約束したじゃん」

 

「え……あれは2人だけのとき限定じゃないの?」


「そんなこと言ってない!」


むう、と頬を膨らませる瑞穂。

そんなに名前で呼んでもらいたいのか……?

でも、まぁ約束は約束だし。


「亘たちのお土産、一緒に選んでくれるか……瑞穂?」


「別に……いいけど……」


少し元に戻った。

……懐かしいな。

もともと瑞穂ってこういうツンデレタイプだった。あざといがツンになった時にこうやって頭ポンポンするとなんとなく場が収まるんだ。

 

はッ!

つ、つい本当に頭ポンポンしてしまった!

付き合ってもいないのにキモがられる!


「う、うぅ〜ずるい……」


……効果はあったようだ。

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