第29話 想いの行方
「すごい空キレイ!さすが瑞穂ン晴れ女っぷり全開だ!あ〜でもなんか全然人いないねー貸切みたい!」
わざわざタクシーを使ってやって来たビーチ。空と海が綺麗すぎて感動!って感じには正直なれない。
当然この時期は海水浴客などおらず俺たちの貸切状態で、気持ちが浮ついてしまいそうなのだが、それに反して俺の心は濁っていた。
「うわぁー海もちょーキレイー!砂浜まで下りてみようよ!」
さっそく永瀬さんが砂浜まで続く小道に向かって行った。
「せっかく来たんだし私たちも行こう。ほらッ魚住と三島も!」
峰岸さんが2人の手を引いて永瀬さんの後を追って行った。振り返りながら俺を睨む。無言のアシストだ。
ああ、ここね。分かったよ。
俺は心の中で峰岸さんに感謝しつつ瑞穂に向き直った。
「吉沢、みんなにジュース買っておきたいから手伝ってくれるか?」
ひとり、ポツンと取り残された瑞穂に声を掛ける。峰岸さんは事前に瑞穂に何を吹き込んだか分からないけど、余計なことは言っていないだろう。
「……うん」
元気ないな。当然か。素直に自販機までついて来た瑞穂に買ったジュースを何本か渡す。
「ちょっとさ、少し話がしたい……んだけど」
「え?……分かった」
瑞穂は少し意外そうな表情を見せた。俺も俺で少し緊張していたんだと思う。俺は屋根のあるベンチに瑞穂を促して2人で座ることにした。
*
タクシーに乗る時に優里が言った。
「たまにはシャッフルもいいじゃん。瑞穂はあっちのタクシーに乗ってよ。次にタクシー乗る時は私が交代で乗るから」
半ば強引に助手席に座らされた。
運転手さんは気さくな人で、私たちが埼玉県から来たと話したら、沖縄南部でおすすめのスポットや美味しい食堂なんかを教えてくれた。
タクシーの中では無難な話しか話題に出ない。
私は主にタクシーの運転手さんの話を聞きながら沖縄の綺麗な景色を眺めていた。
タクシーを降りた時に優里がまた近づいて来て、意外なことを言ってきた。
「佐伯のやつ、なんか元気なかったな。せっかくの修学旅行なのにね」
それだけ言って優里は魚住くんと三島くんの手を引いて浜辺に行ってしまった。
あ、それって私のせいかも……どうしよう。修学旅行の思い出が佐伯くんにとって苦いものになっちゃったら。
そんなことを考えていたら、
「吉沢、みんなにジュース買っておきたいから手伝ってくれる?」
佐伯くんの方から声を掛けてきた。
「……うん」
意外だった。でも謝らなきゃな。みんなの分のジュースを買ったら佐伯くんの方から少し話がしたいと言ってきた。
屋根のあるベンチに座って少し海を眺めた。波は穏やかで海の色もすごく綺麗。雲ひとつない青空。海と空の境目が曖昧な感じが絵画のように見えてくる。
佐伯くんは黙ったまま海を見ていた。
話がしたいんじゃなかったの……?
気まずくなってきたから私から話すことにした。
「あ、あのさ、さっき私、よく分からないのに……いろいろ言っちゃったみたいで……」
「ごめんッ!さっきはキツく当たって」
え、えぇ?!なんで佐伯くんが謝るの?!
「瑞穂のことキズつけるつもりはなかったんだ。俺もいろいろ思うところがあって、その、つまり、詳しい話はちょっとできないけど……」
はッ?!また!また私のこと名前で呼んだ!佐伯くん無意識かな?そうだよね。なんでだろ?ダメだ。気になって話の内容が頭に入ってこない。
佐伯くんは今にも泣き出しそうな顔で俯いてしまった。ど、どうしよう……こんなの想像してない
「あ、あぁ〜大丈夫だから!気にしてないし、私もズケズケと聞いちゃったかも。こちらこそごめんね」
「…………」
ああ、どうしよう……こんな佐伯くんも今まで見たことないんだけど……
「じゃ、じゃぁこうしよう。佐伯くんが私のお願いを何でも1つ聞くってことで。それで全部なかったことにしよう。ね?」
咄嗟の思いつきで随分なことを言ってしまった。佐伯くんは訝しげな顔で私を見た。
「何でもって言っても百万円払えとか無理なことはあるぞ?」
「分かってる!そんな現実的じゃないこと言わないよ。でも待てよ……無理してもらないと面白くないな……しょうがない。じゃぁ3つ!3つ私のお願いを聞いてもらおう」
「はぁ?!なんで増えるんだよ!」
「わ、私、佐伯くんに怒られてすごくショックだったんだからね!百万円なんて言わないし3つ!いいでしょ?!」
「グッ……わ、分かったよ。で、なに?」
なんだろう……ちょっと楽しくなってきた。こんな感じで佐伯くんに対して精神的に優位に立てるの初めてかも。
「そうね……また、佐伯くんのお家に遊び行ってもいいかな?」
「なんだ、そんなことか。別に構わないぞ」
あれ?全然響かないなぁ。少しは動揺するかと思ったけど。じゃぁ気になってたことの一つ。この際だから聞いてしまえ!
「じゃぁ次、イチカって誰?もしかして、彼女、とか……?」
その言葉を言った途端、佐伯くんの雰囲気が一変した。怒りなのか悲しみなのか、その両方を織り交ぜたのような険しい表情になってしまった。でも、はぁとひとつため息をつくと、すぐに元の表情に戻って佐伯くんは言った。
「彼女じゃないよ。てゆうか、俺に彼女なんかいないし。今言えることはイチカは親族。もちろん恋愛感情なんてないからな!」
彼女じゃない、か……なぜか安堵してしまった。これ以上は詳しく言いたくないのかな。踏み込むのはやめておこう。あんな表情されたら尚更だ。
「最後……」
「なぁ、余計なお世話かもしれないけど願い事ってそんなにホイホイ使っていいものなのか?」
「いいの!使える時に使わなきゃ。じゃあ最後は……」
佐伯くんが少し困った顔をしている。もっとドキドキするがいい!
「今後は、私のこと『瑞穂』って呼ぶこと!」
「は?なんで?」
「佐伯くん、もしかしたら無意識かもしれないけど、時々私のこと、瑞穂って呼んでたよ。だから、これからは下の名前で呼んでもらうからね」
「え…………ええぇ?!マジで?!俺、下の名前で呼んでた?」
嘘とは思えないリアクション。やっぱり無意識だったんだ佐伯くん。顔を真っ赤しにしちゃって。
「マジだよ。さぁ呼んでみて?私の名前」
「はぁ〜分かったよ瑞穂……これでいいか?」
「は、ゎ…………う、うん!」
私の方がドキドキさせられてしまったじゃないか……
ああ、やっぱり無理だ……
この気持ちに蓋をすることはできない。
私は……
私はこの人のことが好きなんだ。
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