第28話 好意と憎しみ
私は歴史が得意じゃない。
戦争についても正直よく分からないといった感じだ。この資料館にある展示物は目を背けたくなるようなものがたくさんあって少し怖い。男子たちは好きなのかな。興味深そうに展示物を見ている。
ふと顔を上げると、さっきまで隣で怖い怖いと言いながら一緒に見ていた美羽と優里がいない。軽く辺りを見回してみても知った顔がない。少し焦りを感じて先に進もうとした時、私の後ろの方で佇んでいる佐伯くんを発見した。佐伯くんはある展示物のガラスケースに片手をついて中を凝視している。
なにを見ているんだろう……
少し気になったので佐伯くんに近寄ってみた。
「イチカ…………」
ボソッと佐伯くんがそう言った。
イチカ?……イチカって人の名前だよね、女の人の。考えが追いつかず、ただ立ち尽くすしかなかった。
と、佐伯くんの頬を一筋、光るものが流れ落ちたのを見た。
え……泣いているの……?
佐伯くんの視線の先、ガラスケースに目を移すと、薄汚れた人形が展示されてあった。
佐伯くんはこれを見て泣いていたの?佐伯くんは我に返ったように涙を拭った。
「……佐伯くん……?」
私は思わず声を掛けてしまった。
佐伯くんは驚いた様子で私を見ると、すぐにスンッといつものような仏頂面に戻った。そして、スタスタと先に行ってしまった。
佐伯くんて随分と感受性が豊かなんだなぁ。意外と涙脆いのかもしれない。イチカって人が誰なのか気になるし、ちょっとびっくりしたけど、また新しい一面が見れた!
「あの……佐伯くん、大丈夫?」
「……………………何が?」
うぐッ……つ、冷たい。答えるのに随分と間があったな。きっと見られたくなかったんだろうな……でもやっぱりなんか気になる。
「あ、えと……泣いてたから」
「泣いてないな」
「いや、だって、さっき……」
「泣いてないって言ってるだろッ!」
私に向き直り睨みつけながら語気を強めて言う佐伯くん。
「あ、ご、ごめ……」
声が、震えてしまった。
そんな……怒鳴るほどのことだったの……
迂闊だった。人には触れられたくない領域が誰しもある。私だってそうだ。いろいろな佐伯くんの一面を見れたからって、私は浮かれていたんだ。
無言で去っていく佐伯くんの後を私は追うことができなかった。
*
やってしまった。だが我慢ができなかった。
誰の、誰のせいで俺がこんな思いをしていると思っている!でも完全なる八つ当たりだ。何も知らない高校生の瑞穂を傷つけてしまった。
「はぁ〜〜……」
俺は大人だ。素直になれる
「どうしたの佐伯くん、大きなため息なんかついちゃって」
何も知らない
「いやぁ〜、平和って大事な」
嘘偽りのない俺の今の気持ちだ。柚子瑠と雅也にはさっきの瑞穂との出来事はバレてないみたいだ。
資料館の外に出てきた俺たちはこの後のスケジュールについて話し合っていた。当然のことながら、瑞穂はあの後から目も合わせてくれない。
「帰るには少し時間があるな……せっかくだから別の所、どっかよるか」
と、雅也がいうと
「サンセー!ウチはビーチに行きたい!」
というわけで、資料館のスタッフにいろいろと周辺の情報を仕入れた後、さほど遠くないおすすめのビーチに向かうことになった。
*
「じゃぁ、シャッフルで乗ろう」
2台呼んだタクシー。普通ならば男女で分かれて乗るものだと思っていたんだけど、峰岸さんの提案でシャッフルして乗ることになった。
「で……なぜに俺がコッチ?」
「え?なんか文句あんの?」
「別に……」
峰岸さんがすごく威圧的だ……俺は峰岸さんと永瀬さんの2人とタクシーに乗ることになった。まぁ、少し気まずいから瑞穂と別のタクシーでホッとはしている。
「ウチ助手席がいいー」
ほっ……隣が永瀬さんでなくてよかった。なんとなくだが。
「お嬢ちゃんたち、どっから来たんだぃ?」
この運転手のおじさんは客と話すのが好きなタイプか。俺が苦手とするタイプだ。俺は美容室とかでは無言を貫く派だ。
「埼玉です〜」
「ほう、そうか。じゃぁ東京だな」
「東京じゃないよ。そのお隣り!」
「じゃあやっぱり東京じゃねぇか」
「なにその謎の地理解釈〜運転手さんウケるw」
何の会話だ?よく分からんがさすが永瀬さん。コミュ力お化けっぷりを発揮している。そんなふうに感心していたら、
「ねぇ」
峰岸さんが前席に聞こえない程度の大きさで俺に声をかけてきた。
「瑞穂と何かあった?」
なに?!なぜ分かった?!これは変に誤魔化すと余計に厄介になるな。
「……よく分かったね峰岸さん。さすがとしか言いようがない」
「感心してる場合?最近少しまともになったかなって思ってたけど、よりにもよってなんで修学旅行中に瑞穂のことキズつけるようなことすんの?!」
くッ……反論できない。修学旅行は一生の思い出になる。それを台無しにしてしまった。
「……すまない」
「私に謝ってどうすんのよ。とにかくすぐ謝りなさいよ?好きなんでしょ?瑞穂のこと」
「うン……まぁ……」
「認めたよ、この男……」
「嘘ついてもしょうがないし……反省してるんだ」
「だったらなんでそんな態度とるの?男子が好きな子に意地悪したり冷たくするっていう気持ちは分からなくないけど、度が過ぎるわよ」
「それは……」
言えない。言えるわけない。好意と憎しみが混在している理由。それが本人や学校の連中に理解してもらえたらどんなに楽か。
「はぁ〜……分かった。機会を作ればいいのね。まぁ、そんな簡単にいくか分からないけど」
「恩にきる」
俺一人ではこの状況どう処理していいか分からないことだらけだった。だから亘とあかねに助け船を出した。それでもやっぱり学校では難しい状況に遭遇する。詳しい事情を話すことはできないけど、峰岸さんという優秀なクラスメイトの支援を受けられるのは本当に心強い。
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