第23話 MVP

魚住 雅也ウオズミ マサヤ]は俺にとって欠かすことのできない人物だ。[俺ノート]にもしっかりと書き残してある。

前回の世界線、高校2年生の時、俺はあかねに振られた影響で1年生に引き続き、2年生の一学期も相当ひねくれててほぼボッチで過ごしていた。

二学期になってすぐ、修学旅行の班決めで溢れた俺に声を掛けてくれたのが雅也だった。

雅也は基本無表情でとっつきにくく、何を考えているか分からないやつだけど、実は意外にもユーモアがあって面白いやつなんだ。ギターを教えてくれたのも雅也だし、バンドに誘ってくれたのも雅也だ。何よりダークサイドに陥っていた俺を掬い上げてくれたのは、間違いなく雅也だった。


雅也が瑞穂たちのことをナンパしている大学生風の男どもに、相変わらずの無表情で淡々と去るように注意しているのだが……。酒が入った相手は聞き入れてくれてないようだな。


「いや、だから俺たち一緒に来たので。あなたたち関係ないんで。よそ、行ってもらえます?」


「てめ、なんだ?邪魔すんじゃねぇよ。お前こそよそへ行けよ」


「はぁ……本当にダルい。これだから酔っ払いは」


「おい、まじムカつくなお前!」


ナンパのひとりが雅也の首を掴んだ時、


「ちょっとキミたち!暴力を振るうならば見過ごせないですよ!場合によっては退去命令を出します!」


俺がプールのスタッフと警備員を呼んで事にあたらせたのだ。

ナンパ野郎どもは舌打ちをしながら渋々といった感じでどこかへ行ってしまった。

よかった。なんとか場が治ったかな。女子3人はスタッフと警備員にお礼を言っている。


「……魚住だよね?同じクラスの。ありがとね、助かったよ」


峰岸さんがお礼を言う。さすがに同じクラスだから雅也の名前覚えていたか。


「本当に!めっちゃ怖かった!魚住くん超ヒーローだよ!ね、瑞穂ン」


「……うん、ありがと」


「別に。たまたまだし。結局アイツら俺の言うこと聞いてなかったし」


相変わらずだな雅也。お礼は素直に受け取るものだぞ?俺からもお礼を言っておこう。


「よう、マ……魚住」


「佐伯……お前も来てたのか」


「俺も偶然だよ。中学の友達と一緒に来ててな。ありがとな、魚住。彼女たち助けてくれて」


「……なんでお前が礼を言うんだ?彼女らと関係ないだろ」


「ま、まぁそうだけど……クラスメイトが嫌な目にあってたら気分悪いだろ」


「……そうか、じゃ俺はこれで」


あれ?気のせいかな。言葉尻にトゲがあるような……

雅也は挨拶もそこそこにさっさと行ってしまった。雅也はいつも連んでる、三島ミシマと来たのかな?


「あーッ!佐伯っち!こんなに近くにいたならなんでウチらのこと助けに来てくれなかったのー?!」


「ちゃんとスタッフと警備員が来ただろ。俺が呼んだんだよ」


「でも、魚住は体張ってくれたよね」


ニヤリと俺を見る峰岸さん。なんだよ峰岸さん。挑発しているつもりか?


「とりあえず、私たちはお昼を買ってくるから瑞穂は先に戻ってて」


「え、でも……」


「いいから。じゃ佐伯、瑞穂のことよろしくね。美羽、行くよ」


「ンなッ!ちょっとユーリー!今日はちょっと強引すぎないー……」


永瀬さんがまたもや峰岸さんに連行されていった。やかましいし、妙な動きをされても困るから助かる。

 

さて、瑞穂を任されてしまった。さっきのことがあったからなのか、瑞穂は暗い表情だ。まぁ、仕方ないよな。フリルのついたビキニ型の水着で腰にはパレオを巻いているが身体のラインは隠しきれない。実際、俺と歩いていて何人の男に振り向かれたことか。

俺は自動販売機でスポーツドリンクを買って荷物のある場所に戻ることにした。瑞穂は俺の少し後ろをついて来てくれているようだ。とりあえずレジャーシートに腰掛けて待っていよう。

 

しかしなぁ。なぜ一言も喋らない……この間の花火大会のこと気まずいと思ってんのか?喋り始めた方が負けみたいなルールでもあるのか?この重い空気なんとか振り払いたい。


「しかし、なんだって至る所でナンパに遭うんだ君らは」


瑞穂に対して意地悪く言う癖は治らん。だが沈黙よりマシだろう。


「……まったくだよ。モ、モテ過ぎるのも困りモノだね」


おや?予想に反して調子いい返答だな。無理してる感は否めないが珍しい。さっきまで暗い顔してたのに。


「顔赤くしてなに言ってんの。ウケる」


「暑いからッ!」


面白。でもまだ固い。もうひと押しかな。


「だったら、これ飲んどけよ。熱中症予防」


そう言って、俺は数口飲んだスポーツドリンクのペットボトルを瑞穂に差し出した。


「お、お茶持ってるからいいよ」


「熱中症予防にはお茶よりスポーツドリンクの方が効果的だぞ。それともなにか。間接キスとやらを恥ずかしがるタイプか吉沢よ。意外とウブなんだな」


「そ、そ、そんなんじゃないよ!貸して!」


そう言って俺からペットボトルを奪い取ると、瑞穂はゴクゴクと飲みだした。意地っ張りなのは昔から変わらなかったのか。


「……はい、どうも。佐伯くんもどうぞ……って飲んでるし」


「――んぐ?俺のだからな。俺は吉沢みたいに乙女じゃないから間接チスなぞ気にしないのさ」


「……佐伯くんの意地悪……」


「あはは。結構。でも、まぁちょっとは元気出てきたみたいだな」


「……うん……まぁ……」


ふん。こんなんで元気になるんなら安いもんだよ。とそこへ。


「あっあーッ!2人でイチャこらしてるー!」


「うるさいのが帰って来た……」


「うるさいのってなによー!せっかく佐伯っちの分のカップ麺買ってきてあげたのにー!もうあげないッ」


ぎゃぁぎゃぁ騒いでいたら亘とあかねもお昼で戻って来た。


「えぇー!瑞穂さんも来てたんだ!」


「あかねさん!私もびっくり!偶然ーすごいね」


細かいことは省略するが峰岸さんと永瀬さんは亘たちとは初対面だから簡単に紹介をした。永瀬さんが亘を見て、イケメンだーとテンション爆上げになったけど、あかねの彼氏だよと教えたら、速攻でスンッてなった。やっぱり永瀬さんてミーハーなんだな。


「佐伯」


「あん?」


俺は永瀬さんが買ってきてくれたパンをムシャムシャ食べながら答えた。峰岸さんから俺に声を掛けるのなんて珍しいな。


「ありがとね。瑞穂、元気取り戻したみたい。今日は佐伯がいて良かったよ」


へぇ。そんなことも言えるんだ、峰岸さんて。本当にしっかりした高校生だな。


「……峰岸さん、モテるでしょ?」


「はぁ?なにそれ」


「空気読めるし気も遣える。その上美人でスマート。非の打ち所がないね」


「……もしかして、馬鹿にしてる?」


「いいや、本当のことだよ。それと、お礼は受け取るけど、もうひとりお礼をしなきゃだね」


今日のMVPは間違いなく雅也だ。


「そうだね。後で魚住に会えたらお礼言わなきゃ」


雅也の言葉にトゲがあったのは気になるところだが、前回を踏襲するならガッツリ関わるのは二学期に入ってからだ。その時にでもしっかり話をしよう。

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