第22話 腐れ縁

忘れていたけど、高校では夏休みの半分くらいを過ぎたあたりに登校日というものが存在していた。

提出物や素行のチェックが目的のようだが、金髪とかピアスとか突飛なことをする学生はあまりこの学校にはいないので形式的なものなのだろう。

今日は二限で終わるのだが、俺は休み時間に珍しく亘に電話をしていた。いや、せざるを得なかったのだ。亘からメールで一方的にあかねと亘と俺の3人でプールに行くスケジュールと入れられてしまったからだ。


「プール行くつったの今週の木曜日だっけ?バイト入るかもしれないし分かんねぇよ?この間も言ったけど勝手に俺のスケジュール決めんなよ」


『どうせ暇なんでしょ?木曜日だからね。シフトはある程度自由がきくって翔太郎言ってたじゃないか』


「お前らさぁ、プールくらいいい加減2人で行けよ。なんで俺までついて行かなきゃなんねぇんだ」


『毎年3人で行ってたじゃないか。バイト空けといてよ』


「話を聞かないヤツだな!だからお前はいつまで経ってもDTなんだ!」


『か、関係ないだろそんなこと!と、にかく!僕はあかねに頼まれたんだ。よろしく頼んだよ』


プツッ!ツーツー


「ああッ!これだから仲が進展しないんだろうが!」


わざわざ階段下まで来てコッソリと話そうと思ったのに。通りがかりの他生徒数人に若干の注目を浴びてしまった。


「……プールか。まぁいいか」


大人になったらいかなくなるし、子供が小さいうちは行ったりもしたけど、行かなくなってかなり久しい。高校生を謳歌すると決めたのだから今回はまぁいいか。

 

そう独りごちた時に、背中に視線と悪寒を感じた。急いで振り向くがそこには誰もいなかった。嫌な予感がする……







夏休みも半分が過ぎようとしている。

私は相変わらず予定も入れることなくダラダラと家で過ごしていた。


亘と付き合うようになって数ヶ月。

2人だけでいる時のギクシャクした感じはなくなってきたのかな。あの時はいつも3人だったからこうやって中学生の頃みたいに亘を私の家に呼んで遊ぶことも翔太郎がいないというだけなんだから少しは慣れなきゃって思ってる。


今日は毎年夏休みに必ず一回は行っていたプールの予定を立てることにした。

翔太郎にメールをしたら学校の登校日だったみたい。少し悪いことしたな。


「亘〜翔太郎なんだって?」


「なんか悪口言われた。まぁでもなんだかんだで来るよ翔太郎は」


「アイツ未来から来たって言ってるのにさ、ただのガキじゃん」


「カズマ先輩は完全に信じていたよね。確かにこれまでの翔太郎とは少し違った雰囲気を出している時があるよ」


「なんか大人ぶっててムカつくけどね」


「まぁね。でも、なぜか翔太郎の言ったこと、信じざるを得ないような不思議な感じがするんだよな」


それは私も思っていた。言葉では説明しづらいけど、なぜかただの世迷言のようには聞こえない、不思議な説得力のようなものがあった。

私たちの気持ちが割り切れたのも、それがあったから。もちろん、これまでの腐れ縁が関係を修復してくれたってのもあるけど。


「……まぁ、ちょっと前までの翔太郎よりかはいくらかマシになったから、別になんでもいいけど」


「だね」


それは亘も同じことを思っているみたい。

これで良かったんだと改めて思えて少し安心した。







そして木曜日。なんだかんだで3人でいつもの水上公園に来ていた。ここのプールってこんなに盛況だったんだな。平日なのに、入場券売り場は行列ができていた。


「これじゃプール入る前に熱中症で倒れちゃうよ〜」


扇子でパタパタと扇ぎながらダルそうにあかねが言う。無理もない。まだ午前中だというのに気温は30度近くになっている。俺たちは入場を済ませたらそれぞれの更衣室に赴き着替えを終わらせて、休めそうな適当な場所へと移動した。


「ふー。なんとか場所を確保できたな。俺が残るからお前らは先にどっかのプール行ってこいよ」


「またそんなこと言ってー。去年もさぁ、翔太郎がなんの意地か分からないけど頑なにプール入るの拒んでたよね」


それに対し亘は苦笑いで返した。去年の俺は相当な頑固っぷりを発揮していたらしい。


「そうなの?じゃぁなんで俺はプールなんて来たんだ?」


「それはコッチが聞きたいよ!てゆうか本当に覚えてないの?去年のことだよ?」


「覚えとらんな。頭を打ってからはサッパリだ。羨ましいだろう?」


亘は困った笑顔で、あかねは哀れみが含まれた顔でそれぞれ反応した。


「俺は自分の浮き輪膨らませたら行くから、ほれ行ってこい」


「分かったよ。じゃ、あかね行こう」


「うん!」


やれやれ。もう俺は大丈夫だとあれほど言ったのに。

俺はひとりせっせと浮き輪を膨らませた。

 

「よし、こんなもんだろ。じゃあ俺もやつらのあとを……」


立ち上がって移動しようとした時だった。


「あるぇ?!佐伯っちじゃん〜!奇遇だねぇこんなトコロで会うなんて〜」


は……なんだ。この芝居くさいセリフを言う女子は。


振り向いた先に永瀬さんと峰岸さんが水着で立っている。そして、その後ろに隠れるように瑞穂もいるではないか。


「……それじゃ」


俺は3人を無視して亘たちの方へ歩き出したのだが、まぁそこは許してはくれない。


「ちょいちょい!ムシか?!美女が3人も揃ってるのに?ねぇ佐伯っち〜せっかくだから一緒に泳ごうよぉ」


俺の腕に絡みついてくる永瀬さん。

本当なんなんだこの娘は?!掴まれた腕を振り解こうとした時、スッと瑞穂が無言で俺の腕を掴み、俺と永瀬さんの間に割り込んできた。


「美羽……恥ずかしいからヤメテ」


真顔で俺の腕を掴み、無理やり永瀬さんから引き剥がす瑞穂。確かに他の客から注目を浴びつつあった。しかしなかなか迫力。が、みるみる顔が赤くなっていく瑞穂。制止したものの、自分がしたことに冷静になって考えてみたら恥ずかしくなったといった感じからしい。

永瀬さんは瑞穂の目ヂカラに若干押され気味になって引きましたが……


「じゃ、じゃぁみんなで流れるプールに行こうよ!」


と、永瀬さん。


「なんで俺も……君ら3人で来たんだろ」


めげないなこの子も。何かの探りを入れて来ているのは間違いないのだが、本心が見えない以上うかつに関われないぞ。


「美羽、佐伯に迷惑でしょ?佐伯、荷物だけ隣に置かせてもらうね。ほら、いくよ2人とも」


「あ……うん。いってら〜」


「あぁ、ちょ、ちょっとぉ〜ユーリぃ」


峰岸さん、カッコいい……クール系美女でツンが強めかと思いきや気遣いもできる。水着も露出度は低めなのに大人っぽくて色気がハンパない。なんてハイスペックなんだ。永瀬さんを引っ張って連れて行く峰岸さんに、思わずポワッとした視線を向けてしまった。

永瀬さんは半べそで、瑞穂は……なんか怒ってる?表情で。三者三様の反応を示しながら彼女たちは去っていった。


やれやれ。俺はとりあえず亘とあかねたちもいる流れるプールに向かった。これだけの客だ。そう簡単に2人は見つからなかった。

それにしても暑い……これは日焼けがすごいことになりそうだ。この時代、ラッシュガードってあまり売ってなくて探すのに苦労した。36歳のダラシない腹筋よりかナンボかマシだけど、あまり見せびらかせるものでもないからな。


俺はひとり、流れるプールにて浮き輪に乗りながらしばしこの状況に身を任せていた。


「いや、本当に大丈夫なんで私たち……」


なんか揉めてるトーンの声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。声がした方向に視線を向けると、流れるプールのプールサイドでなにやら男女数人が揉めている様子が目に入った。


「いいじゃん、いろいろ奢ってあげるからさ〜」


「そうだよ、波のプール行こうぜ!浮き輪持ってあげるよ」


ああ、またか……どうして彼女たちはああも脇が甘いのだろう。でも仕方ないとも言える。3人ともあれだけ可愛いと目立つしな。

瑞穂たち3人は同じ3人組の大学生風の男どもにナンパされている真っ最中だった。


「君、すっごいスタイルいいね。なんだっけ、あのグラビアアイドルに似てるよね。言われない?」


そう言いながら茶髪の男が瑞穂の肩に腕を回した。他の男2人もニヤついた顔で瑞穂の身体を舐め回すように見ている。

……ふざけんなよ。それは完全にアウトだろ。なに人の嫁に卑猥な視線を送ってやがる。生肌まで触りやがって……仕方ない。ここは暴力も辞さない覚悟で止めねば。


「ちょっとやめてください!友達が嫌がってるじゃないですか!」


峰岸さんの声が聞こえる。瑞穂は恐怖からか表情が固まってしまっている。永瀬さんは何もできずにアワアワしてるな。男どもは酒が入っているのかヘラヘラしながらやめようともしない。……ちょっと待っとけ。今行くから。


「やめてもらえます?この子たち俺の連れなんで」


俺よりも先にナンパ野郎どもの間に高校生らしき人物が割って入っていった。


「あれは……雅也か?」


そう、ナンパ野郎どもから彼女たちを守ろうと立ち塞がったのは、俺の人生において絶対に欠かすことのできない、同じクラスの[魚住 雅也ウオズミ マサヤ]だった。

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