第21話 祭りのあと

「あ、やっと来た。そろそろ花火始まるぞ」


俺たちが戻って来た時、すでにみんなは座って待っていた。わたあめとか、かき氷とか夏祭りっぽい食べ物を買ってきてくれていて、夏なんだなってしみじみ思ってしまう。


「ごめん、遅くなった」


俺は頼まれていた焼きそばをみんなに渡した。


「……よぅ。遅かったじゃんか。お二人さんよー。2人でどっか消えるんじゃないかと思ったぜ」


あ、橋爪がヘソを曲げている……面白いな。本当にからかいがいのあるヤツだ。


「ウチが足やっちまって、マゴついてたらナンパ氏に囲われてさー。佐伯っちにボデーガードをしてもらってたんよ」


意外とマトモな言い訳するんだな。まぁいいけど。本当のことだし。


「そ。俺はただの虫除けだ」


ぬぅ……と納得いってなさそうに橋爪が唸る。

別にお前の彼女じゃなかろうに。


ドーン!!


花火が始まった。周りから歓声が上がる。

おお。真下ってほどしゃないけどなかなかの迫力だ。

 

前回の世界線で、瑞穂と花火大会に来た時、人混みの中でこんなふうにゆったりと見れなかった。近かったから花火の破裂音が大き過ぎて会話もままならなかったんだけど、ここはいい。会話も食事もゆっくりできる。

はしゃぐ男どもを横目に、なんとなくチラリと瑞穂を見やる。そういえば、浴衣姿なんか見たことなかったかも。

 

……やはり複雑な気分だ。過去の好きだった気持ちと、未来の嫌悪する気持ち。相容れない感情が絡まって俺を混乱させる。だから少し距離を置こうだなんて弱気な気持ちが出てきてしまうんだ。それってただの問題の先送りでしかないのに。

まったくいいよな瑞穂は気楽で。俺がこんなふうに思い悩んでいるなんて1ミリだって知らないんだろうから……

俺の気など知り得ない瑞穂は、なにやら携帯でメールしてる。親からかな。確か瑞穂は母子家庭でお義母さんは仕事で夜勤とかあって忙しくしてたって言ってたから心配してるのかもな。携帯を気にしているのか花火には集中できていないみたいだ。

せっかく買ってきた焼きそばや、たこ焼きにも手つけてない。かき氷も溶けてる……


「……瑞穂どした?体調、悪い?」


さすが峰岸さん。気の回る人だ。しっかり周りを見てる。確かに少し瑞穂の様子がおかしいような気がする。


「ううん、大丈夫。お昼食べるのが遅かったからあまりお腹減ってないだけだよ。せっかく買ってきてくれたのに悪いなーって思って……」


「お金もらってんだから悪いことなんかないよ。帰ってから食べればいいし」


「うん、そうする」


笑顔に力がないように見えたのは気のせいか。

そうこうしているうちに花火は全て打ち上がってしまったようだ。終わりのアナウンスが流れ、次々に見物客が駅やモールの方に流れていく。


「なぁ、このあとどうする?!カラオケでも行かね?」


「バッカ!この人の流れだぞ。どこも満員に決まってる」


転んでもタダでは起きない逞しさ。これが橋爪よ。それに引き換え伊東は意外とまともなことを言う。


「ごめん、私パス。門限あるんだ」


「ウチも〜あとは男子たちで楽しんで〜」


正直、峰岸さんと永瀬さんの言葉でホッとしてしまった。男どもは一様にガッカリした様子だが。


「夏休みは始まったばかりだろ。また遊ぼうよ。このメンバーで」


こういう時は次につながる言葉を発すれば場が冷めない。大人知識のアドバンテージというヤツだ。


「うん、そうだな。また集まろうぜ」


良かった。有馬くんが俺の意見に同調してくれて最後にまとめてくれたから、うまく場がしまったかな。

それから俺たちは片付けをして解散することになったのだが……


「てめぇ佐伯ぃ。女子にちょっかい出すんじゃねぇぞ」


「そうならないよう善処する」


橋爪がぎゃぁぎゃぁ騒ぐのはサッカー部3人と、俺を含めた女子たちの最寄駅が違かったためだ。俺は、永瀬さんがナンパされたということもあって、最寄りの駅を降りるところまでは送り届ける任務を授かったのだ。


「じゃぁ、私と美羽はこっち口だから、佐伯くん瑞穂のことお願いね」


「ああ、分かった」


「…………」


駅の改札を通ったところで、永瀬さんが無言で俺のことを睨みつけている。なぜだ……


「だ、大丈夫だよ。ちゃんと送り届けるから」


「本当かな……?瑞穂ン、佐伯っちにへんなことされたらソッコーで連絡ちょうだい。110するから」


「あはは。分かったよ。じゃあね」


ふざっけんなッ!ここで事を起こす気は、ない!

瑞穂は永瀬さんを戯言を軽くあしらい、手を振ってそれぞれの出口へと向かった。

永瀬さんは少しは俺のこと信用してほしい。今日だってちゃんとナンパから守ったし絆創膏だって貼ってあげた。いかがわしいことをしようと思えばいつだってできたじゃないか。あんな紳士的に対応したっていうのに。

まぁいい。いろいろ考えたって所詮は女子高生の思考なんて理解できないんだから。

いや、それどころじゃない。あれだけ一緒に過ごしてたって結局未来では瑞穂とは分かり合えなかったんだ。

ううむ……思い出したらまた怒りが沸々と湧いてきてしまった。


そんなことを悶々と考えながら、階段を降りて駅の入り口に向かって歩いていた時だった。


「あれぇ?翔太郎?それと……」


俺たちの背後から聞き慣れた声が聞こえて来た。


「亘にあかねか。お前らも花火大会に行ってたんだ」


「そうだよ。同じ電車だったみたいだね。で、そちらは?」


さすが亘は弁えている。すでに瑞穂のことを知っているが初対面として振る舞ってくれている。


「久しぶり!瑞穂さん……だよね?」


「あ、こ、こんばんは、あかねさん」


瑞穂は少し緊張しているようだ。あかねの名前、覚えていたんだな。


「うわぁ!私の名前覚えてくれてたんだ。嬉し!浴衣似合うね〜すごくかわいい!」


「あ、ありがとう……えと、そちらは……」


「あかねの彼氏の宮内亘と言います。あかねからは話を聞いていたんだけど、初めましてだね」


「は、初めまして……吉沢瑞穂といいます。佐伯くんのクラスメイトです」


おおお。亘のやつ、爽やかな笑顔を瑞穂に向けるんじゃない。

瑞穂は目をパチクリさせて俺と亘を交互に見ると、何やら哀れみが含まれた気まずそうな表情になってしまった。

そうか、瑞穂はあかねが俺の元カノって知ってるから、多分余計な心配をしているなこれは。


「ああ〜、あのな吉沢。俺たち3人は友達だ。今もな。前はいろいろあったけど、3人で遊ぶこともあるし、絶妙なバランスで成り立っている関係なんだ。気を遣う必要はない」


「そう、なんだね」


大丈夫アピールしたのに、俺に対して哀れむ視線をやめない瑞穂。これ以上何か言うと、俺があかねに未練たらたらだというありもしない誤解まで生んでしまいそうだ。


「亘とあかねの邪魔しちゃ悪いな。じゃ俺らはここで」


「うん、気を付けてね2人とも」


亘が登場したことで、あかねとの関係について誤解が解けると思ったんだけどな。うまくいかないものだ。

俺たちは会話がないまま瑞穂の自宅まで向かった。

夜の静かな歩道で、街灯がぼんやり光って俺たちを照らす。沈黙が破れない俺たちを曝け出しているようで、なんだか少し嫌になる。


「佐伯くん、もうここまででいいよ。うち、すぐそこだし」


唐突に瑞穂が言い出した。俺は、戸惑った。


「え、いや、だってまだ……」


おっとマズい。この時点では、俺は瑞穂の実家のマンションの場所は知らない。だが、未来では何度も訪れている場所だ。すぐそこ、とかいうレベルの距離じゃないことは知っている。そんなに俺に自宅を知られるのが嫌なのか……まぁ、こんなブスッとした態度じゃ一緒に歩くのも居た堪れなくなるか。


「黙りっぱなしで悪かったな。ちょっといろいろ考えごとしてたんだ。俺に気を遣っているなら大丈夫だ。ちゃんと送ってくぞ?」


「……ううん、謝る必要ないよ。別に気を遣っているわけじゃなくて……その……本当に大丈夫だから……」


そこまで拒否るか……これ以上は押し問答になりそうだ。俺の本音としては家まで送って行ってやりたいところだが……仕方ない今回は引くか。


「分かったよ。永瀬さんに聞かれたら、ちゃんと家まで送ってもらったって口裏合わせしといてくれよ」


「…………うん」


なんだよその間は。やっぱり分からねえ。何が正解なんだよ……とりあえず帰って今日の反省と今後の対策を練ろう。


そう思い踵を返すように俺はもと来た道を行こうとした。その時だった。


――タシッ


手首を掴まれた。

掴まれた手首から沿うように視線を上げると、今にも泣き出しそうな瑞穂の顔が目に入った。


「え……なに……?」


「ごめん、本当ごめん!なんでもない!じゃあね!」


瑞穂はハッとした顔をしてすぐさま手を離すと、カラコロと下駄を鳴らしながら小走りで去ってしまった。


「なんだよ瑞穂……お前本当に何がしたいんだよ……」


ただただ混乱と不安が心を埋め尽くす。





のちに……俺は、この時に瑞穂を家まで送らなかったことをものすごく後悔することになるんだ……

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