第20話 何者

「永瀬さん……?」


なんだろう。少し様子が変だ。

俺を見つけるなり、永瀬さんはグイッと俺の腕を両手で絡め取るように掴んだ。


「お?ちょッ……何?!」


「ごめんなさい。ちょっと彼氏とはぐれちゃっただけなんで!」


そう言って見知らぬ男たちに謝る永瀬さん。

いかにもパリピ人ですと言わんばかりのチャラい男どもは、ジーッと俺のことを見つめている。


彼氏?なんのこと?

心なしか掴まれた腕に力が込められ、上目遣いでジッと俺を見つめる永瀬さん。

 

…………。


ああ、そういうことか。


「ごめん、美羽。人多くて……ってこの人たち、知り合い?」


咄嗟に口から出た。我ながらなかなかの機転と演技力……

ナンパ野郎ども、お前たちお呼びじゃないんだよ、という視線を送る。


「!……う、ううん、知らない人!」


「じゃ、行こっか」


「う、うん!」


そう言って俺は永瀬さんの手を握り走り出す。俺たちの背中側からチャラ男どもがチッと舌打ちしているのが聞こえた。俺はなるべくソイツらから遠ざりたかったから少し速足になってしまっていた。


「……?!ッ痛たたた……」


永瀬さんが急に足を止めた。


「あ、ごめん!手、強く握り過ぎちゃった?」


「いや、違くて……足が……」


ああ。慣れない下駄なんか履くから。下駄の鼻緒が擦れて靴擦れみたいになってしまっている。


「ちょっと待って……あそこに一旦座ろうか」


あらら。こりゃ痛そうだ。


「俺、絆創膏持ってる……はい、使って」


たまたまバッグに絆創膏が何枚か入っていた。頭を怪我してからなんとなくお守り代わりみたいに持ち歩いていたんだっけ。それが役に立ったな。俺は永瀬さんに手渡した。

でも……ちょっとやりづらそうだ。帯が邪魔して屈めないようだし、素足がはだけてしまう。


「俺やるから。貸して」


「うん……」


半ば強引に絆創膏を受け取ると、俺は永瀬さんの足を自分の膝にのせて絆創膏を貼ってやった。さすがの永瀬さんも少し恥ずかしそうに答えた。


「佐伯っち、手慣れてるね」


「まぁな」


「……瑞穂ンにもこうやって手当てしてあげたの?」


なぜここで瑞穂の話が?

やはり女子高生の思考なんて何回タイムリープしたって理解はできん。確かに俺としてはこの体勢について既視感はあるが。


「そうだよ。まったく君らは世話が焼けるな」


「…………ごめんね。ありがとう……」


なんだよ……からかったつもりなのに……調子狂う。


「それから、さっきナンパから助けてくれたのも。勝手に彼氏呼ばわりしちゃってごめん」


「それはお互い様だから」


なんだろう……この空気。あまり2人でいちゃいけない気がする。


「戻ろっか。歩ける?」


「…………うん」


元気なくなっちゃったな。仕方ないけど。俺は手を差し伸べて永瀬さんを立ち上がらせた。

立ち上がらせるために握ったのに……手は離してくれない。


「ごめん……ちょっとまだ歩きづらいから手、握っててもいい?」


本当はあまり握っていたくなかった。でも弱ってる女子の頼みを断れるほど俺は冷たい人間じゃない。


「いいけど……みんなのところまでね」


「うんッ!」


あらぬ疑いをかけられるのも俺の本意じゃない。俺たちは再び人の流れの中に溶け込んだ。


「ねぇ、佐伯っち」


「うん?」


「君は……何者?」


…………なんだ?


何の質問?


何の意図があってそんなことを……

まさか俺の中身のこと知ってる……?

そして永瀬さんのこの表情。

俺の心の中を覗こうとしているかのような目。

何の意図があってそんなことを聞いてきたのか分からない。分からないから不気味とも感じてしまう……


たじろいで足を止めそうにになった

が、それも一瞬。


「えぇ?なにそれ。俺は俺だろ」


気取られないよう少しおどけて見せた。本当に分からない。なんだこの子は……真顔で聞くことじゃないだろうに。


「だよねぇ〜。あぁお腹空いてきちゃった。焼きそば買ったんだ。早く食べたい」


「さっき結構食べただろ」


永瀬さんの雰囲気が元に戻った。このことは蒸し返すべきじゃないだろう。これからこの子は要注意だ。仲は取り持ちつつ、手の内は絶対に見せないようにしよう。

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