第18話 全部いい方向に

雨が止んで夕方の陽の光が雲間から差し込み出した。考え事をしながら自転車を漕いでいたから小学生くらいの子の自転車に追い抜かされてしまった。

クラスメイトの男子の家、初めて上がった……それだけでもドキドキしたのに、ジャージ貸してくれたりスープ作ってくれたり。

あの、あかねさんていう子、すごくかわいかったな。元カノって言ってたけど、あんなにフランクな感じで家を行き来できる仲なんだ。お互い下の名前で呼び合ってたし。

そういえば、一瞬、私、下の名前呼ばれた。……びっくりしたけど、なんかちょっと嬉しいかも。


嬉しい……?下の名前で呼ばれたことが嬉しいと思った……?私は佐伯くんを、どうしたいんだろう。私は佐伯くんのことどう思っているのだろう……

私は……私は…………

いや、私みたいな人間、佐伯くんみたいな優しい人、釣り合うわけない。本当の私のことを知ったら、きっと佐伯くんは私のことを軽蔑するだろうな。やっぱりこの気持ちはしまっておいた方がいいのかもしれない。







「それじゃ、休み中ハメを外し過ぎないようにな」


「「「は〜い」」」


担任教師の釘刺しに対してユルい返事で反応する高校生ども。

分かる。分かるぞ。お前たち以上にな!社会に出たあと、何の気兼ねもなく一ヶ月も休めることなんか皆無だ。俺は本来の目的が霞んでしまうのではないかと危惧しながら浮ついた心を収める努力をしていた。

この一ヶ月、一日たりとも無駄にしたくない。高校生の時にできなかったあれこれを満喫する。これはより良い未来のためでもある。そうだ巡り巡って依知佳のためでもあるんだ。そういうことにするんだ。

ただ、この休みを満喫するためには金が必要だ。そう、俺は期末テストが終わったあとすぐにアルバイトを始めた。仕事なんか選ばなきゃ高校生だって働き口はあると思ってたけど、そもそも俺は接客業など絶対にやりたくなかった。それは役所の仕事だけでもういい。

結果、自宅から少し離れた倉庫街でピッキング作業のバイトにした。24時間稼働の倉庫だから、週末は夜勤のシフトも入れてもらった。単純作業だが、これがなかなかに楽しかったりする。


「佐伯くん」


珍しく瑞穂が俺に話しかけてきた。冷たくあしらおうと思ったけど、それをグッと堪えて普通に答えてみる。


「……何?」


やっぱり無理だった……


「メールで伝えたと思うんだけど、明日大丈夫だよね?」


「ああ、明日だっけ?多分大丈夫」


本当はバイトを入れずにちゃんと時間を空けていた。この口が素直になれないだけなんだ。


「よかった。じゃあ昼前の11時にモールの入り口でね!」


「分かった」


「やった!私、行くの初めてなんだよね〜」


20年後じゃさほど珍しくもない地方の大型ショッピングモール。この時代では最近できたばかりということで、連日の混みようとのこと。土日ともなればフードコートは席に座れやしない。でもまぁ明日はまだ平日だ。そこまでにはならないだろう。大きなヘマをしないよう無難に乗り切ろう。







家に帰ると、玄関先で飼い犬のごま塩がヤカラ2人に絡まれていた。ごま塩は明らかに嫌そうな表情をしている。


「おかえり翔太郎〜」


「……ここ俺んちだよな」


当たり前のように玄関先で犬と戯れる亘とあかね。前にも同じように図々しく俺の家にこの2人がいたような。


「夏休みの予定立てようと思ってね」


さも当たり前かのようにそう言って家の中に入ってきた亘とあかね。もうこのことについては何も言うまい……


「夏休みの予定なんて2人で決めればいいじゃねぇか。何で俺を巻き込む」


「いつも3人でプール行ってるでしょ?あんたいつもボッチなんだから声を掛けてもらえるだけでもありがたいと思ってよね」


なんて恩着せがましいんだ……

よくもまぁそんなことが言えるわね。


「俺だって予定はある。バイトとか」


「バイトとかね……他は?瑞穂さんとの予定とか?!約束したの?!」


「してねぇよ。ていうか放っておけって言ったろ」


瑞穂のことを話題に出されて俺は少しイラついた。それはデリカシーのない2人に対してではなく瑞穂に対してだった。この2人を通して浮かぶ瑞穂の人物像は、やはり未来の瑞穂になってしまう。それだけ関係性が深いということなんだろう。


「……翔太郎。僕には翔太郎が瑞穂さんのことをあまり好意的に思ってないように見えるけど、さすがに現時点ですでに嫌いってわけじゃないだろう?」


亘には瑞穂に対する俺の感情を察知している……それほど顔に出ていたらしい。


「……今は好き嫌いはよく分からない。感情として確かなのは俺は瑞穂のことを恨んでいる。それははっきりしてるんだよ」


「それは未来の瑞穂さんであって、高校生の瑞穂さんがやったことじゃないだろう?今の瑞穂さんに厳しく当たるのは筋違いじゃないか?」


「……分かってる。分かってんだよ頭じゃ。でも瑞穂を前にすると怒りの気持ちが抑えられなくなるんだ」


「あんた、瑞穂さんを恨んでるって言うけど、この前のあんたの瑞穂さんへの対応はどう見ても恨みだけじゃないように見えたけど?」


「そ、そりゃ嫌われるわけにはいかないし、多少の好感度はキープしたいし……とにかく俺たちは大学生になってから付き合うんだ。だから今はこれでいいんだ!」


「大学生になったら付き合える保証、本当にあると思う?翔太郎がいろいろと動いたことで、翔太郎が経験したっていう人生と違った変化があって別の道を行く可能性だってあるかもしれないだろう?」


「そうよね。どうせ付き合うなら誰かに取られる前に自分のものにしちゃいなさいよ。私だったらそうするわ」


「どうせだったら翔太郎が辿った未来、変えてしまえばいい。もちろん全部良い方向にね」


その発想はなかった。俺と瑞穂のことに関しては同じ道を行かなければ依知佳に会えないって思考に囚われていた。俺の今ある記憶と知識であの未来だって回避できるかもしれないんだ。実際に、前回と違い有馬くんたちと仲良くなったじゃないか。


「……サンキューな2人とも。やっぱお前らに話して良かったよ」


「なに急にしおらしくなっちゃって。ま、お礼は目に見える形でお願いしたいものだわ。ね、亘?」


「ははは、なら僕は翔太郎が幸せになるところを見たいな。特等席でね」


バカにしやがってこのカップル、マジで腹立つな……







なんだかんだあったけど亘とあかねに俺の秘密を話してよかったと思う。少し肩の荷が下りたような気もするし。

これまで俺は高校生のうちは普通の友達、大学生になって仲を深めて付き合う、という流れに固執していた。今回の俺の世界線は俺自身が動いたことによって大分変わった。それがどのような影響を及ぼすのか見当もつかないけど、亘が言ったとおり、大学生になったら瑞穂と付き合える保証なんか何もないんだ。俺が大学生になれなかったら?瑞穂に他に好きな人ができたら?結婚は?本当に依知佳が生まれる?うう、またしょうもない考えが!

高校生のうちに付き合うなんて考えもしなかった。そういえば瑞穂は高校生の時は彼氏はいなかったって言ってたっけ。


「少し考えてみようかな……」


今日、気付いた。いや、正確には思い出したんだが、俺もちゃんと瑞穂のことが好きだった時が間違いなくあったんだ。あとは俺の瑞穂に対する恨みの感情とどうやって折り合いをつけるかだ……まだまだ時間がかかりそうな気がする。

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