第17話 マトモな友達

「お母さんから頼まれてた物持って来た〜。お邪魔しまぁす…………?」


数秒、空気が固まった。


「……ええっと。どちら様?」


あかねが困惑したように瑞穂に聞いた。


「はぁ?どちら様ってお前、何を言って……」


し、しまった! 


俺はこの時、瑞穂とあかねが初めて顔を合わせるということを完全に頭から抜け落ちていた。ここは何が正解だ?普通に紹介した方がいいか?


「あ、すみません、お邪魔してます!佐伯くんのクラスメイトの吉沢といいます!」


瑞穂が立ち上がって恐縮した感じで挨拶した。あかねはしばらく固まったまま瑞穂を凝視。そして俺と瑞穂を何度か交互に見て……

俺はあかねに首根っこを掴まれてキッチンに連行された。


「え、え、誰?誰?」


「ぐッ……だからクラスメイトだって言ってただろ!」


なぜか小声で喋る俺たち。


「クラスメイト?!女の子ひとりで男の家に上げる?!それに!あの子あんたのジャージ着てる!」


若干興奮気味であかねがグイグイ聞いてくる。少し怖いんだけど……


「仕方なかったんだよ!この雨でずぶ濡れだし、俺の家はちょうど吉沢の家の通り道だったから」


「ふーん。ということは一緒に帰ってたんだぁ。へぇ〜」


なんだよその含みのあるへぇ〜は!

無視だ。あかねの言うことに振り回されないぞ!


「ごめんなさいね〜私、西城あかねっていいます。同学年だしタメ口でいいよね?よろしくね吉沢さん」


「は、はい……うん。よろしく……」


うぅ〜……気まずい……気まずい雰囲気なのに、なぜかあかねだけニマニマと楽しそうに俺たちを見ている……


「あのぉ……西城さんと佐伯くんはどういった……」


沈黙を破って瑞穂が聞いてきた。そんなもん答えは決まっている。


「ああ、俺とコイツは……」

「元カノですッ⭐︎」


「……………え」


瑞穂が固まった。

なんてことを、なんてことを言ってくれてんだ!

マズい、マズいぞ!


「あかね!お前は余計なことを!」


「本当のことでしょ?」


ニヤニヤしやがって!この雰囲気を楽しんでやがるな!


「ああ、ち、違うんだ吉沢!あかねとは家が隣同士で幼馴染というか……ていうか、あかねには別にちゃんとした彼氏がいて俺とは何の関係もなくてだな……」


「翔太郎すごい早口〜超必死〜ウケる〜」


「誰のせいでこうなっている!お前はもう帰れ!」


「ええ〜まだ雨が降ってるよ〜」


「お前んちはすぐ隣なんだから大して濡れないだろうが!」


これ以上、瑞穂とあかねを同じ空間に居させるのは危険だ。あらぬ誤解を……いや、もう誤解されているな……瑞穂のヤツ表情が完全に、スンッってなってるもん!

ああ!めんどくせぇ!

俺は抵抗するあかねを押し出すように玄関に追いやった。


「もう、なによ!ひどくない?でもまぁこれ以上ふたりの邪魔しちゃ悪いか。吉沢さんごゆっくりーまたね〜」


「うん、また……」


俺は玄関ドア開けて半ば強引に家からあかねを追い出した。雨は多少弱まってきているようだったから大丈夫だろう。

ああ、疲れた……


「賑やかな人だね西城さんて……」


「ああ、うるさくてかなわない」


「元カノって言ってたけど仲良いね。佐伯くんて、ああいった子がタイプなの?」


なんだ?いったいなんの話だ?


「俺にとっては黒歴史だよ。それに別にあんなのがタイプってわけじゃない」


瑞穂とは距離を置きたいけど、俺のこと恋愛対象外って思われたくもない……くそッもどかしい!


「雨、おさまってきたみたいだし、私そろそろ帰るね……スープ美味しかった。ごちそうさまでした」


「いや、いいって。あぁそうだ、傘貸すから念のため持って行きな」


「ありがと……なんか私、佐伯くんに助けられてばっかり。これじゃお返しが追いつかないよ」


瑞穂……お前もそんなふうに考えたりするんだな……


「大丈夫だ。気にするな」


「へへッ。佐伯くんってやっぱり優しいね。じゃあね、ジャージ洗って返すから」


「別にいいって。気を付けて帰れよ」


「うん、バイバイ」


そう言うと瑞穂は自転車を漕いで走り出した。雨はまだパラついているが雲の切れ間に青空が見えてきた。


その時、スッと西陽が自転車を漕ぐ瑞穂の背中を照らして、そよぐ後髪がキラリと光った。

俺はその情景に不覚にも見惚れてしまった。

すると何か感じとったかのように、角を曲がるという所で瑞穂は急に自転車を止めた。


「?」


どうしたんだろう。何か不具合かな……

そうじゃなかった。瑞穂は振り返り、俺に向けて手を振ったのだ。

 

俺は思い出した。瑞穂と付き合いたての時、俺の家で遊ぶことも多かったからこうやって見送ったりしたっけ。あの時はすごく寂しくて、でもまた会うことを楽しみにしてて。

その時の俺はきっと幸せだったと思う。

手を振る瑞穂の姿が、その時の瑞穂と重なった。







本当に嵐のような時間だった。

俺は大きなため息をついたあと、リビングのソファに倒れ込んだ。


「あれ、脈アリだな」


「そうだね」


「だぁ?!なんだお前ら?!」


ダイニングテーブルに亘とあかねが座っていた。


「お前らいつの間に入ってきやがった!ここ俺んちだよな?!てゆーか、見てたのか?!」


「まぁ、翔太郎たちが外に出て来たところぐらいから一部始終は」


「お邪魔してます。ごめん翔太郎、あかねがどうしてもって言うから」


そう言いながらも亘のやつ楽しんでやがるな!俺には分かる!


ちなみに。

俺が2人の交際を認めた(ということになっている)ことで、これまでと同じように図々しい2人に戻った。

2人が仲良くすることは俺にとっても都合が良い。でもこの態度の変わりようには少々呆れてしまう。まぁガキの頃からつるんでいる間柄だし高校生の関係性なんてそんなもんだろう。あかねもなんか吹っ切れた感じがするし、2人もいろいろと考えた末でのこの態度なら俺も受け入れるしかないと思っている。ムカつくけど。


「あれが翔太郎のクラスメイト……ううむ、美人のうえにグラビアアイドルみたいなエロいプロポーション……なんか腹立つ……」


「なんであかねに腹立てられなきゃならんのだ」


「うん、綺麗な人だったね。それで翔太郎、君はどうしたいんだ?」


「もしかして未来の嫁?!付き合うの?」


「あかねが言ってた未来予知ってやつ?マジか翔太郎……」


ああ、そうだった。兄貴のやつ俺が未来予知ができるなんてデタラメあかねに話してしまったんだっけ。


「なんであいつが俺の嫁って決めつける?てゆーか、お前ら兄貴が言った戯言信じてるわけ?」


「うちら何年つるんでると思ってんの?翔太郎のあの照れた顔見れば分かるっつーの!」


「それにあのカズマ先輩の言うことだからね。信じるしかないでしょ」


俺の言うことは信じないだろうが……

それにしてもやはり顔に出ていたか……これは俺のミスだ。この2人に瑞穂のことを悟られないようにするのは難しいのかもしれない。


「……いろいろあるんだよ。俺だって俺自身のことだってまだ分からないことだらけなんだ。それに全ての記憶が戻ったわけじゃない」


「翔太郎、もしよかったら僕たちも翔太郎が見えているもの、考えていることを教えてくれないか?何かの助けになるかも知れないし、逆に余計なことをしないためにも」


うーん、正直迷うな。

タイムリープした今の俺の最大の目的は依知佳に再会すること。そのためには瑞穂と付き合い、結婚しなければならない。一番やってはいけないのは、その道が途切れてしまうこと。

なんだかんだ言ってもこいつらが一番信用できる。


「分かったよ……俺が現時点で分かっていること話すから」


俺は2人に俺の秘密を話した。未来視ができるわけではなく、ここでいう未来を一度経験したということ。そして俺の目的が娘の依知佳に会うことだということも。その方が俺と瑞穂との関係に水を差さないと思ったからだ。さっきみたいに余計なことをされないために。

そして瑞穂との関係もいずれ破綻するということも……

もちろん2人のこれからのことや、沙耶香ちゃんの名前も含めて詳しいことなどは伏せた。


「……ごめん、翔太郎……教えてくれって言ったのはこっちなのに……ちょっと待ってくれないか」


亘はメガネを外して目を押さえながら言った。


「え、ちょっと待って……ということは、翔太郎は未来から来たってことなの?」


「解釈はなんでもいいよ。とにかく俺には目的があるんだ。邪魔さえしてくれなきゃそれでいいから」


2人は完全に沈黙してしまった。そりゃそうだ。簡単には飲み込めないだろう。そもそもこんな話、誰が信じるっていうんだ?秘密を言ってはみたものの少し後悔してきた……


「そっか……知らなかったとはいえ、さっきはごめんね……瑞穂さんに変なこと言って余計な心配させちゃった……」


「え、あかねは瑞穂さんに何か言ったの?」


「……翔太郎の……元カノですって言っちゃった……」


「あかねぇ〜」


亘は頭を抱えながら言った。


「だって!2人を見てたらいい感じなのに煮え切らないというか……発破かけたら状況変わるかなって……」


「まぁ言ってしまったのは仕方がないけどさ。今後は翔太郎が心配するような言動は控えようね」


「……そうだよね。ごめん翔太郎……」


こいつら……

本当に俺の言ったこと信じてるのか……?

普通は痛いヤツだと思って話を合わせるだけなのに……


本当にこいつらは……

本当によ……


「お前らも大概マトモじゃねぇな」


「はぁ?!ヒトが素直に謝ってんのに!」


ぎゃいぎゃいとあかねがわめく。そしてそれを亘がなだめる。俺はお茶をすする……


そうだよな。

俺たちはいつだってこんな感じだ。これが俺たちの関係性、空気感。

マトモだったらこんな俺のダチなんてやってられないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る