第10話 新学期
新学期当日、朝。
俺は自室の机を前に[俺ノート]と睨めっこをしていた。
「佐伯 瑞穂……旧姓、吉沢 瑞穂……」
高校生2年の時に同じクラスになる俺の妻だ。
正直、高校生の時の瑞穂のことは欠片ほどしか憶えていない。
たしか……体育祭と時と、ライブの時と……
大学生になって再開した後に瑞穂から直接聞いた話と俺自身のの記憶がごっちゃになってるな。
交友関係も確認しなくちゃ。
[
厨二病を拗らせた俺に楽器を教えてくれてバンドにも誘ってくれた重要人物の1人だ。
それから、雅也と仲が良い[
この2人は新学期が始まってすぐに仲良くなるわけじゃないから様子見だ。
学校の方は……高校2年の担任の名前は、思い出せない。でも1人だけ憶えている教師がいる。
「
前世界線で不登校気味だった俺にいろいろと世話を焼いてくれた若い教師だ。確か、高校1年の時の担任だったかな?
そうやってまた少しずつ記憶の扉が開かれていく。
俺の記憶が今後も明るみになっていってそれが正しいものであれば、これからの高校生活やりようがあるかもしれない。
でも目下の問題は、瑞穂との関係だ。最終的にこいつを籠絡しなければ何の意味もなくなる。依知佳にだって会えなくなるんだ。
でも……本当に瑞穂と付き合えるのか?
その先、結婚とかできるのだろうか……
そもそも、瑞穂と結婚できたとして、本当に依知佳が産まれるのだろうか。
……やめよう。今の俺には何も分からないんだ。いつかは依知佳と出会えると盲目的に信じるしかない。それが今の俺にとってこの世界で生きていく理由なんだから。
高校生のうちは、瑞穂からはそれなりの好感度があった方がいいだろう。付き合うのは大学生になってからだし適切な距離を保とう。
「翔太郎ーそろそろ出なさいー」
母さんだ。もう出なきゃ。
「気を付けてね。ちゃんと安全運転でゆっくり行くのよ?」
「分かってる。大丈夫だって」
本当に過保護すぎる。母さんは嫌がる俺のカバンに無理やりお守りを結びつけた。
「あぁそうだ。言い忘れてた……」
「もういいって。行ってきますー」
少し面倒になってきた。母さんが話しかけたのを無視して俺は玄関ドアを開けた。
「あ、出てきた」
あかね……亘も一緒に。うちの玄関先で2人が立っていた。なんで……?
「あかね、何がしたいんだよ」
と、亘も戸惑っているようだ。
「1人でウジウジと引きこもってると思ったんだけどな。賭けは亘の勝ちみたいね」
「なんだお前ら。俺が登校拒否でもするかと思ってたのか?」
「そ、そんなんじゃないよ!ただ僕は翔太郎が心配で……」
「もういいよ亘。ほら、翔太郎。行くわよ」
「行くわよって……お前ら学校違うだろ」
「そうね。じゃぁね翔太郎。亘、行くわよ」
何がしたいんだー!
「安否確認だ」
いつの間にか俺の後ろに立っていた兄貴。
「うおッ?!いつからそこにいた!もう本当にッ兄貴は出しゃばってくるな!」
寝癖をつけてモシャモシャとパンを食べている。
兄貴が出てくると碌なことにならない。
グイッと兄貴を玄関の中に押し込めてようやく俺は自転車にまたがることができた。
つ、疲れた……
まだ学校にすら着いていないのになぜこんなに疲れなきゃならんのだ!
*
高校2年生になった。2度目の高校2年生だ。留年ではない。
分かってはいたけど久々の学生、やはり緊張してしまうな。
ここのところ吹き荒れる春の風が桜の花びらを吹き飛ばし、桜の木には若い葉が芽吹き始めていた。桜の木々が醸し出す春の雰囲気に包まれて、俺も心を新たに校門をくぐった。
新しいクラスの組み分け表を確認するために新2年生と新3年生たちがゾロゾロと昇降口へと向かっていく。俺はどのクラスに所属するか当然知っている。組み分けなど見なくてもいいのだが、前世界線と異なっているといろいろマズい。念のため確認することにした。
ホッ……
良かった。前回と同じ1組だ。それと俺にとっての重要人物たちも確認する。こちも同じだ。少し安心。
校舎を見上げると懐かしさと共に、いろいろな記憶が蘇ってきた。
楽しかったことももちろん、失敗したこと、割り切れなかったこと、後悔したことも、まるでインクが滲むみたいにじわじわと少しずつ記憶が広がっていく。
ああそうだ。俺はそんなヤツだった。今度は上手く立ち回りたいもんだな。
そして、ふと俺は視界にある人物を捉えた。
俺は、少し離れた所に立ってクラスの組み分け表を眺めているその少女を見据えた。
「……出たなラスボス」
未来の俺の嫁、吉沢瑞穂だ。
桜の花びらが散りばめられた一陣の風が吹く。
その風に煽られ肩まで伸びた黒髪をそっと押さえる仕草が、絵画のようで、一瞬、綺麗だ、と思ってしまった。
やることははっきりとしている。でも……
不倫の末に離婚を迫ってきた相手をどうやって好きになればいいっていうんだ……
複雑は思いは消えないまま新学期が始まる。
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