第9話 窓越しの

もうすぐ新学期だというのにテスト勉強どころか心の準備も何もできていない。

こちとら何年ぶりの学生だと思ってる。本当だったら高校生を本来の自我でやり直せるって経験絶対できないことなのにまったく心が踊らねぇよ。

もしかして俺はあかねに冷たく言い放った言葉を後悔しているのか?


ダメだ……まったく集中できてない。今日はもう帰ろう。


デスクに広げたノートや本を片付けて俺は図書館をあとにした。

前世界線での俺はどうやってあかねと和解したんだっけ?全然憶えてない……

あかねと亘が付き合って少しした頃には、また3人で遊んでいたような気がするけど……

今はその時のメンタルがほしいよ。


「ただいま……あれ?兄貴なにしてんの」


家に帰ると普段日中は家にいることが少ない兄貴が玄関先で飼い犬と戯れていた。珍しいこともあるもんだ。といっても犬の方は迷惑そうな顔しているが。


「見て分からんなら言っても分からん」


なんなんだよ……


まぁいいやどうでも。

タイムリープしたと受け入れてからまだまだ心と身体が追いついていないのかな。頭が重く感じる。やらなきゃならないことはたくさんあるのに。

俺は部屋に入るなりバタンとベッドに倒れ込んだ。



――――。



……あれ、いつの間にか寝ていた。

今何時くらいだ……


時計を確認しようとしたら、


バンッ


乱暴にドアが開いた。


「なんだよ兄貴……ノックくらいしろって」


「やかましい。ティーンが部屋に引きこもってんじゃねぇ」


そう言うと兄貴はカーテンと窓をこれまた乱暴に開け放った。


「いいか、風水では空気の淀みから悪い気を呼ぶらしい」


「うるせ出て行け」


兄貴は俺が抵抗しようがお構いなしに座り込んでしまった。そして唐突に、


「翔太郎、お前、あかねちゃんたちとケンカしてるんだって?」


「は。あかねから聞いたのか?あいつ余計なことを……別に。いつものことだし。ていうか、兄貴には関係ねぇだろが」


「まぁな。ただ、お前の最近の言動からして俺としてはどうも腑に落ちない点がある。あかねちゃんを傷つけるお前の言動がな」


はぁ……

思わずため息が出てしまう。なぜ放っておいてくれない。


「だから俺は思った。翔太郎、お前何かを予見しているな?兄には分かる。お前が何かを隠していることを」


「何じゃそりゃ?そんなんじゃねぇし。ちょっと拗れただけだ……」


「なら説明してみろよ。俺が納得できるようにな」


そんなの、本当のことを誰が聞いたって納得できるわけない。面倒になった俺は半ばヤケクソに今回のことを兄貴に話すことにした。







その日、部活が終わってちょうど家に着いた時だった。


「ホレ、どうしたごま塩、新しいおもちゃだぞ?せっかく買ってきたのに」


翔太郎の家の前を差し掛かった時、そんな声が聞こえてきた。庭の方をのぞくとカズ兄が犬の顔にボールを押し当てている。


「ごま塩ももう歳なんだよ」


ごま塩とは佐伯家で飼っている白黒ブチの雑種犬の名前だ。小さい時私もよくごま塩の散歩に行ったっけ。今ではすっかりおじいちゃん犬になってしまった。


「ああ、あかねちゃんお帰り。なんか最近ごま塩が元気ないからたまには遊んでやろうかと思ったんだ」


「仕方ないよ。そっとしておいたら?」


「……そうなのか?なんかあかねちゃんもまだ元気なさそうだな」


「私もごま塩と同じ。そっとしておいてほしい時もあるんだよ」


「……そうか」


そう言うとカズ兄は立ち上がって玄関の方に歩いて行った。


「ああそうだ。空気の流れの滞留は良い気を呼び寄せないらしいぞ。風水だ。まずは部屋の窓を開けて換気してみるといい」


「?……分かったよ」


いつもながらよく分からないことを言う。

でも確かにそうだよね。少しくらい窓を開けて風を通さなきゃ。


私は自分の部屋のカーテンを握った。

少しためらったけど思い切ってカーテンを開けて窓も開いてみた。


ヒョォ


「……気持ちいい」


春の爽やかな風が優しく私の髪の毛を撫でた。


バンッ


そんな和らいだ空気も束の間。突然乱暴な音が聞こえてきた。翔太郎の部屋からだ。翔太郎の部屋の窓が開かれた音だった。私は反射的に窓から見えないよう隠れてしまった。


「いいか、風水では空気の淀みから悪い気を呼ぶらしい」


カズ兄?カズ兄が翔太郎の部屋にいる……?


「うるせ出て行け」


続けて翔太郎の声も聞こえてきた。


「翔太郎、お前、あかねちゃんたちとケンカしてるんだって?」


カズ兄、なに言ってるのー!そっとしておいてってさっき言ったばっかじゃん!


「は。あかねから聞いたのか?あいつ余計なことを……別に。いつものことだし。ていうか、兄貴には関係ねぇだろが」


「まぁな。ただ、お前の最近の言動からして俺としてはどうも腑に落ちない点がある。あかねちゃんを傷つけるお前の言動がな」


それは……それは私も知りたいと思ってた。翔太郎は一体何を考えているのかを……


「だから俺は思った。翔太郎、お前何かを予見しているな?兄には分かる。お前が何かを隠していることを」


「何じゃそりゃ?そんなんじゃねぇし。ちょっと拗れただけだ……」


「なら説明してみろよ。俺が納得できるようにな」


なんだろう……鼓動が早まった。もし翔太郎が私に言ったこと以上のことを考えていたら……翔太郎の話が聞こえてきてしまう。少し怖い。


「んなもん。俺がそうやって突き放さないと、あいつらいつまで経ってもちゃんと付き合わないだろ?いいんだよ俺は。いつかは謝るから」


え……どういうこと……


「やっぱりな。バカだなお前は。もっと上手いやり方あっただろうに。お前、異能持ちなんだから」


「だから違うって!勝手に俺のこと超能力者みたいに言うな!少し考え方が変わっただけだ。とにかくこれでいいんだ。俺が悪人の方があいつらだって分かりやすくなるだろ。自分の立場とか気持ちが」


「にしても分からんな。なんでそうまでして宮内とあかねちゃんをくっつけたがる。お前、彼女取られることになるじゃん」


「……兄貴と同じだよ。あかねとは小さい時から一緒に過ごしすぎた。俺にとっても妹みたいなもんなんだ……と、とにかく!亘とあかねの幸せが俺の幸せにつながるんだ!」


「未来予知ってやつか……」


「ああもう、面倒くせぇな……そうだよ!俺は打算で動いてんの!だからあの2人にはくっついてもらわなきゃ困るんだ。俺のためにもな!」


翔太郎……やっぱりアンタは……

どうしようもない、バカだよ……


「そうかよ。まぁ早めにあかねちゃんたちに謝るこったな」


「いちいち兄貴に言われなくたってそうするっての」


ムカつく。

ムカつくけど、イライラの心の奥にどこか安心している自分がいるのに気付いた。







そう言って兄貴は部屋から出て行った。

本当よく分からない……

窓を閉めようとしたら、


「あ」


ばっちりあかねと目が合ってしまった……

ふざけんなよ兄貴め!余計なことをするから!


俺は何事も無かったかのようにそっと窓を閉めようとした。


「ねぇ」


ギクッ


冷たくあかねが言い放つ。

聞かれていたのか……?マジで恥ずかしいやつじゃねぇか


「なんだよ」


「教えてよ……私たちは……私と亘は幸せになれるの……?」


「……知らねぇよ。そんなのお前たち次第だろ」


「じゃぁ私たちはこれからどうなるの?アンタ未来が予知できるんでしょ?」


なんなんだよ図々しい!

はぁ…

疲れる。疲れるけどなぜか嘘は言いたくないと思った。


「結婚するよ」


「えッ?!別にそういうことを聞いたんじゃなくて……」


あかねは顔を赤くして動揺した。


「お前が聞いてきたんだろ。子供も生まれる。その子が俺たちの助けになるんだ」


「……」


あかねは黙ってしまった。急に俺がそんなことを言ったから恥ずかしくなったのか。


「……アンタはどうなるのよ」


「教えねぇよ。ただお前らと同じようになるってことだ」


結婚してから数年間はね……

だんだん悲しくなってきた……何やってんだ俺……


「そう……あ、あと私の方が誕生日が先なんだから私がお姉さんなんだからね!分かったか!愚弟!」


ピシャリ。


あかねはそう言い放って窓を閉めた。ご丁寧にカーテンも。


「ふざけんな!何様だ!」


……ガキ相手に本気になるなんて。

でも、まぁ、いつものあかねに戻ったような気がする。

これはこれで良かったのかも。


良かったのか……?




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