第8話 あかねの想い

あれから、亘とあかねとは連絡を取らなくなった。俺はあとは2人の問題だからと自分自身に言い聞かせて新学期に向けての準備をしている。

でも本当はあの2人から目を背けているだけなんだけどね……


その日の朝、家を出ようとした時たまたま隣に住むあかねと同じタイミングで玄関先で出くわしてしまった。


「よ、よう」


反射的に声をかけてしまった。

……俺は精神的には大人だ。あかねには動揺を見せたくない。


「……」


あかねは俺を一瞥すると返答もせず自転車に乗った。


「亘のところに行くのか?」


「……アンタには関係ないでしょ」


「そうだよな」


あかねは俺の言葉を最後まで聞かずに走り去ってしまった。反応があるだけまだマシか……

大人になればきっともっと上手く感情に折り合いをつけることができるさ。俺は亘とあかねのことを頭から振り払うように、図書館へとペダルをこいだ。







翔太郎と別れて数日もしないうちに私は亘と付き合うことになった。そのすぐ後だった。翔太郎のお母さんから翔太郎が階段から落ちて頭に大怪我を負ったと聞かされたのは。


私のせいだと思った。


私と亘が私立の高校に合格して翔太郎だけが落ちて、始めの方は翔太郎も気丈に振る舞っていたけど……

多分、翔太郎はそっとしておいて欲しかったんだと思う。それを私ったら自分なら翔太郎を癒してあげられるなんておこがましく、優しさを押し付けた。

それに比例するかのように徐々に卑屈になっていく翔太郎に私は耐えられなくなっていった。だからずっとそばで支え続けてきてくれた亘にすがったんだ。

亘と過ごす時間はあまりに甘美で逃れられないと思った。だから亘と私が付き合うことは自然の流れだった。


私たちの幸せが翔太郎を傷つけているなら、もう私は亘と一緒にはいられない……

「……ちゃん」

私は本当に、

「あかねちゃん!」


「え?!」


「何ぼーっとしてんだよ。危ないぞ」


「カズ兄……」


駅からの帰り道、声を掛けてきたのは翔太郎のお兄さん、佐伯一真カズマさんだ。私たちの2学年上で春から大学生になる。カズ兄も翔太郎と同じように小さな頃からよく遊んだ仲だ。たまにこうやって会うと話を聞いてくれたりする。

カズ兄は少し不思議ちゃんなところがあるけど、私にとっては面倒見のいいお兄ちゃんて感じ。


「なんだよ、また翔太郎とケンカしたのか?お前ら本当に懲りないな」


何も言い返せなかった。翔太郎のケガの原因の1つが自分にあるかもしれないと思うと申し訳なくて。


「え、なんかマジで大丈夫かよあかねちゃん。俺が翔太郎ぶん殴ってやろうか?昔みたいに」


「やめてよ……もう子供じゃないんだし……」


「そうかよ。なんなら話ぐらい聞くぜ?どうせ帰り道一緒なんだからな」


私はカズ兄の提案に甘えることにした。



――



「……それで……なんか、亘との関係もよく分からなくなっちゃって……」


終始黙って耳を傾けてくれていたカズ兄が口を開く。


「そんなことがあったんか……人の色恋沙汰はある意味戦争だからな。そこについては何も言わねぇよ。でもなぁ。それって本当に翔太郎が言ったのか?あかねちゃんに?」


「うん……正直傷ついたよ。そんなふうに思っていたなんて知らなかったから」


「そうか……最近の翔太郎ってケガしてから本当に変でさ、ニュース見てメモとったり、新聞を穴開くくらい読んでたり、なんかおかしいんだよ。言葉も少し大人びてるっていうかさ」


「そうなの?」


「ああ。前にテレビでやってたんだけど、あいつ、[後天的サヴァン症候群]ってやつじゃないかなって思ったんだ」


「サバ……何それ?なんかの病気なの?」


「さぁね。よく分からん。でもある分野においては超人的な能力を発揮するらしい。こないだなんか、テレビで人気芸能人を見てて『こいつ逮捕されるぞ』って突然言ってな、そいつが本当に逮捕されちゃったんだよ。夢で見ることもあるって言ってたな。その他にもさ……」


にわかには信じがたいな。

頭に怪我を負って予知能力開花?よく分からない……カズ兄はケガをした後に翔太郎が言い放った予知みたいないくつかのエピソードを興奮しながら話した。


「カズ兄、その話と私の話、何か関係してるの?」


「ああ、ごめん。とにかくそんな感じで変に大人びていたり、未来を予想できる頭なのに、何でわざわざ夜中に呼び出してそんなアホなことをあかねちゃんに言ったのかなって。そんなこと言ったら2人から嫌われるに決まってんじゃん。最近の俺の中の翔太郎のイメージとかけ離れているような気がしてな。ま、身内贔屓ってやつかもな」


「そんなの……分からないじゃない……」


「そうかなぁ。能力のことは別としてもあいつの性格よく分かってるだろ?あいつはあいつで何か考えてんだよ。何かしらの意図があると思うな。だから気にせず宮内と仲良くしろよ」


「ありがとカズ兄」


そこでちょうど家に着いた。私はカズ兄に手を振って家に入った。


「何かしらの意図……」


本当にそうなのかな。もし私が翔太郎の立場だったら……翔太郎の性格から考えて、私たちのことを見たら……


いや、そんなことない。あの時の翔太郎は本当に冷たい目をしていた。心の底から私たちのこと拒絶しているような……


二階の自室の窓。カーテンが固く閉ざされている。翔太郎と仲違いしてからこのカーテンは開けていない。この窓越しに翔太郎とバカみたいに笑い合ったあの頃が随分と昔に感じる……


🎵♪♩〜


ケータイが鳴った。


「もしもし……」


『あかね……今、大丈夫?』


亘からだった。


「うん……」


『やっぱり僕たち、もう少しよく話し合った方がいいと思って』


何を……?もう、お終いにしようってこと?

そんな……そんなの……


『僕は、あかねのことが好きだよ。諦めたくないって思う。でもそれと同時に僕と一緒にいることで苦しんでいるあかねを見るのもつらいんだ』


「……私は」


私はどうしたらいいんだろう。何が正解なの?誰か答えを知っているなら教えてほしい……


『だから、あかねの気持ちを、今の素直な気持ちを教えてほしい。どんな答えでも僕は受け入れるから』


「私に答えを委ねないでよ。私だって分からないよ……でも、でも……」


本当の本当は亘と一緒にいたいよ……


なんで、その一言が言えないんだろう。

気付いたら涙が溢れていた。

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