第7話 真夜中の公園で

夜道を走る。

公園までの道すがら、思い出したことがあった。[俺ノート]にも書いてあったのに忘れていたなんて。

俺は、居ても立ってもいられなかった。


俺とあかねは元々家が隣同士の幼馴染みというやつだった。いつも一緒にいたしそれが当たり前のように感じていたと思う。

そして、たしか中学2年生の時の夏休みぐらいだったかな。周りから言われて男女として意識するようになった。流れ的に付き合うことになったんだった。

正直、あかねのことは好きとかそういったことで付き合い始めたわけじゃなくて、単に彼氏彼女という称号に興味があっただけだったと思う。

それでも俺の中ではあかねは特別な存在であることは間違いなかった。


中学生になって俺は同じバスケ部の亘と友達になった。あかねと付き合ってからも3人でよく遊んでいたっけな。

3人とも中学校ではそこそこの学力だったから、レベルが高めの私立高校を受験することになったんだが、亘とあかねが合格して俺だけが落ちてしまった。

そういや、あの時俺は世界から『お前は必要のない人間だ』と言われたような気がして周りもの全てを憎んでいたっけ。


「高校でも3人一緒に過ごせたらいいね!」


受験の前にあかねが言ったその言葉が、その後の俺にとって呪いの言葉になってしまった。

それから俺は塞ぎ込み卑屈になり、特に理由もなく周りに当たり散らした。高校生になってからもずっと引きずって孤立していたんだ。


「思い出してきた……高校1年の修了式の日に、あかねと別れたんだった。そうすると今は別れて日も浅い。だから2人はあんなに思い詰めていたのか……」


走って来てみたはいいが、2人はまだ着いていなかった。ふと見ると、街灯に照らされた公園に、誰かが置き忘れたバスケットボールが転がっていた。

 

中学に入学した時、あかねは俺の真似をして女バスに入りやがった。「翔太郎が寂しい思いしなくて済むでしょ」って本当は自分がそうだったくせに。

つられてバスケ部に入ったのに、あかねはメキメキ実力をつけて2年でレギュラーを勝ち取った。あかねは引退するまで主力選手だったけど、俺と亘は2人ともレギュラーにはなれなかったんだよな。


こうやって1つのことからドミノ倒しみたいに記憶が広がっていく。正直気持ちのいいものばかりではないけど、釈然としなかった思いがまた1つ、ストンと落ちたような感覚になった。


ボールを拾い上げ、近くにあったバスケットゴール目掛けてシュートを放った。


パサッ

あの時のようにボールはネットの中を通過していった。


「まったく……アイツららしいよな」


タンタンタンと、こ気味良く真夜中の公園にドリブルの音が響く。


「翔太郎……」


「あ、来たか2人とも。悪かったなこんな時間に呼び出して」


亘とあかねが現れた。あかねは亘の後ろ側で隠れるようにして少し俯いている。


「実はさ俺、思い出したことがあって、その関係であかねに聞きたいことがあって呼んだんだよね」


あかねは、顔を上げて、え?という表情をした。

 

「なら……なんで僕まで呼んだの?」


まぁ、亘は当然そうなるだろうな。


「あまりあかねと2人きりじゃない方がいいかなって思って。それに亘にも聞いていて欲しいんだ。そこにいてくれよ」


俺がそう言うと亘は黙って頷き近くのベンチに腰掛けた。あかねは少し緊張した面持ちだ。


「あのさあかね、俺の勝手な想像なんだけどよ、亘との交際について、俺に対して罪悪感とか感じてたりしてるのか?」


あかねの目が泳ぐ。多分図星だろう。


「やっぱりな……まず言いたいんだけど、もしそんなこと考えてるんだったら無駄だ。俺はお前と別れたこと、これっぽっちも後悔なんかしてないんだからな」


「そんなッ……そんな言い方ってないじゃない……」


これは賭けだ。本当は俺だって2人との関係を壊したくない。でも揺れている2人を繋ぎとめておくには、キツイことだって言わなきゃいけないと思うんだ。俺はなるべく冷たく突き放すように言った。


「本当のことなんだから仕方ないだろ。だいたい、彼氏乗り換えておいて罪悪感って、何様だよ」


「翔太郎、何が言いたいんだよ。わざわざこんな時間に僕たちを呼び出して、そうやって頭ごなしに責め立てるためか?」


たまらず亘が口を挟んできた。


「口を挟むなら、亘、お前にも言うけど、お前ら付き合ったんだよな?何でこんなふうに彼女を不安がらせるような状態にする?」


「そ、それは……翔太郎にだけは言われたくないよ!あかねがどれだけ傷ついたか翔太郎だって分かっているはずだろ!」


その通りだ。それに意地悪なことを言っている自覚はある。でもここはあえて言わせてもらう。


「でも事実だろうが。はっきり言ってやらうか?俺はあかねと付き合ったこと自体、後悔してるんだよ。俺にとっては黒歴史そのものだ」


「言い過ぎだ翔太郎!」


亘の静止を無視して俺は続けた。


「夕方家に帰ってからずっとイライラしていた。その原因が分かったよ。お前らのその善人ぶった態度が気に入らなかった。俺に伝えなきゃだって?いらねぇよそんなもん。勝手に仲良くやってろよ。俺のいない所でな」


「翔太郎!お前!」


亘が俺の胸ぐらを掴んで叫んだ。亘がそんな衝動的な行動に出るとは思わなかった。でも今は冷酷さを見せるためにも平静を保たなきゃならない……


「やめて亘!」


あかねの言葉で亘は我に返った。握った拳が震えているのが見えてしまった。 


「本当?翔太郎は今もそんなふうに私たちのこと思ってるの……?」


「二度も言わすな」


「そう……」


それだけ言ったらあかねは俺に背中を向けて去って行った。亘はというと、今までの見せたことのない、悲しそうな顔を俺に向けてあかねを追いかけて行った。


そうだ……それでいい。いつか、いつになるか分からないけど今日のこのことが笑って話せる日が来るはずだから。沙耶香ちゃんのこともあるけど、2人には幸せになってほしいんだ……


 




家に帰ってから[俺ノート]を開いた。

[宮内 沙耶香]の文字はまだ少し揺らいで見えている。そして俺の記憶も同様に。でもさっきよりかはマシになった。

 

想いというものは言葉にして初めて形を成すものだと実感した。俺のさっきの言動によって亘とあかねの絆に作用したんだと思いたい。その結果が[俺ノート]に反映されたんだろう。少しは良い方向に向いてくれたのかな。


でも……別れ際に見せた亘の顔が脳裏をよぎり少し心が痛くなった。


「これでよかったんだ……」


あとはあの2人次第。そうやって自分自身に言い聞かせた。壊れてしまった俺と2人との関係は俺の責任で、これから償っていかなければならないのだから。

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