第4話 認識
入院して数日が経った頃、俺は病院内をうろつけるようになるまで回復した。
両親は周りのことは何も気にするなと、俺には特に何も話してくれない。まぁ、いいさ。こうやって歩けるようになったんだから。自分で情報収集しよう。まずは依知佳の病院に、と。
「あれ……?ってここ市立病院じゃん!!何で気付かなかったんだ!」
そうだよ!元々俺は実家と同じ地域に住んでいるわけだし、同じ病院に運ばれることだって十分考えられる。
俺は依知佳が入院している小児病棟に向かった。
「あれ……?こんな雰囲気だったっけ?」
前に来た時は子供っぽい飾りとかが貼り付けてあったと思ったんだけどな。階を間違えたか?いや、間違ってない。こんなこと間違えるはずもない。
病室に入ると、隣にいたはずの同年代くらいの女の子はもう退院したようでベッドは綺麗になっていた。窓際にある依知佳ベッドに近づく。
「……え?どうして……」
依知佳がいたはずのベッドも隣と同様もぬけの殻となっていた。
すぐさま病室前の名札を確認する。やはり名前はなかった。俺はそのままそのフロアのナースステーションに向かった。
「すみません!506号室、佐伯依知佳の保護者ですが、依知佳は退院したんですか?」
看護師さんは訝しげに俺を見て、
「あの……506号室は男性の病室ですけど……とういうか、君、本当に保護者?」
「いやいや、もういいです看護師長の柴田さんは?柴田さんはいますか?」
依知佳が入院した時に、とても親切で丁寧に説明してくれたベテランの看護師さんだ。
「看護師長ではないけど、柴田という看護師はいますよ。呼びますか?」
「お願いします!」
しばらくすると、俺の目の前に若い看護師が現れた。
「あ、あの……私が柴田ですけど……」
「ああ!柴田さ…………ん、ですよね?」
「はい、そうです……何かご用ですか?」
似てはいるけど、俺が知っている柴田さんとは見た目の年齢が明らかに違う。
「あ、いや……人違いだったみたいです……すみません。……あのッこの病院に同じ柴田って名前の看護師さんていますよね?」
「さぁ、大きな病院だし全員の顔と名前が一致しているわけじゃないですけど……私の知りうる限りでは私しか柴田はいませんよ?」
「そうですか……すみません……お手間を取らせました……」
……どうなっている。父さんのことといい、おかしなことばかりだ……まだ夢の中にでもいるのか……?
悶々と考えていたら頭痛がしてきた。
「部屋に戻ろ……ん?」
通りがかった談話室にちょっとした人だかりができていた。皆、大きなテレビの前で野球観戦をしているようだった。
『さぁ9回裏ツーアウト。走者なし!マウンドの上坂投手、あとアウト一つで春の選抜高等学校野球大会史上初の完全試合となります!』
ああ、何年か前にそんな野球選手がいたな。メジャーいって活躍もしたけど、結局ケガで引退して……再放送なのに人だかりができるほど人気あるんだな。
『空振り三振!!やりました上坂選手!選抜初の完全試合達成!!』
わっ!と談話室に歓声があがる。
盛り上がってるな。そんなにこの病院には娯楽がないのか……
試合が終わると徐々にテレビの前から人がはけて行った。俺も特にやることがなかったので、空いてきた談話室の席に座ることにした。
ふと、気になるものが目に入った。
目の前に座る患者のオジサンが恐ろしく古い日付の新聞を広げているではないか。
違和感は膨らむ。
まるで生中継のように流れるテレビの中の甲子園。
目の前の新聞の内容。
日付も表示される壁掛け時計。
違和感がだんだんと形を成して、色をつけてくるように明確になっていく。
「あ、あの……すみません……今日って何日でしたっけ……?」
俺は恐る恐る目の前のオジサンに聞いてみる。
「ああ?何日って……今日は3月25日だろ?」
俺は、固まってしまった。
お礼もそこそこに、俺は病院一階の総合窓口に向かった。そして、そこで依知佳の入院履歴を確認することにした。
「そういったお名前の患者さんは入院されていませんが……」
嘘だろ……?
待合室に併設してあったカフェもない。俺は売店に向かい、適当に雑誌と新聞を買った。
「2006年……」
眩暈がした。
どうなってんだ……
俺は頭を打って本当におかしくなってしまったのか……?
トイレに入り、大きな鏡を見つめる。
「……ウソだろ……こんなことって……」
鏡に映っていたのは、明らかに36歳ではない若い俺だった。
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