4-19:動く影


「何者かって、世界中が混乱するほどのことを一体誰が?」



 エルさんその言葉に私は思わずそう聞き返してしまった。

 だって普通に考えればありえない規模の混乱だというのに、それを成し遂げるだなんて。


「もちろん個人でどうこうできる可能性は低いでしょね。でも組織だったら……」


「そんな! これだけの事していったいどんな利益があるっていうんです!?」


 世界は安定をしていた。

 もちろん小さな小競り合いはあるものの、世界を巻き込むほどのことはなかった。

 過去の歴史では確かに世界を巻き込むような大事件もあった。

 しかし、近年世界を巻き込むほどの混乱は記憶されていないはずだった。


「私も過去の資料で一つだけ気が付いたことがあるのよ。それが秘密結社ジュメル。世界を混沌へと導こうとすると言われている集団よ」


「秘密結社ジュメル…… なんなんですそれは?」


 なんかとんでもない名前が出てきたよ!

 秘密結社とかいかにも悪の組織見たい名前が!!



「ふふふふふ、正義あるところ闇あり。歴史の裏側で常にこの世界を混沌へと導き破滅させようとする組織らしいわ。まさしくこの私に対する挑発ね!!」



 エルさんは目をらんらんと輝かせぐっとこぶしを握る。

 そしてそのこぶしを高々と上げて言う。



「これは正義の味方である私に対する宣戦布告よ! いいでしょう、受けて立ってあげましょう!! 正義は必ず勝つのよ!!」



「あ、えっと、エルさん?」


 なんかいきなり盛り上がり始める彼女。

 いや、そんな正義の味方だのなんだのと言う問題ではもうないんですけど。



「とりあえず各支店長には指示済みよ! 私がにらんだところこの問題はやはり秘密結社ジュメルがかかわっているわ! だからまずはもっと詳しい情報を得るために魔法学園ボヘーミャに行くわ。そして英雄ユカ・コバヤシに秘密結社ジュメルについて詳しく聞きましょう! 行くわよアルム君、学園都市ボヘーミャへ!!」



 そう言ってエルさんはびしっと明後日の方へと指をさすのだった。



 * * * * *



「マリー、秘密結社ジュメルとか言うの知ってるの?」



 私たちはさっそく学園都市ボヘーミャに向かって出発するための準備をしていた。

 準備中に私はマリーに秘密結社ジュメルとやらについて聞いてみる。


「ジュメル……昔ジマの国でその話を聞いたことがありましたね。なんでも何千年も前から世界にはびこっている秘密結社。最盛期にはその力は女神様に匹敵した集団だったとか。約千四百年前にジマの国が一度滅んだ原因でもあると言っていました」


「えッ? ジマの国が滅んだって、いったいどういう事??」


「はい、それは……」


 そう言ってマリーは荷物を準備する手を止めずに語りだした。



 それは遠い過去の話。

 ジマの国は当時いきなり襲ってきた死霊の王、リッチの軍団によって国が滅んだらしい。

 死霊の軍団が次々と住民や兵たちを襲い、殺された住民や兵たちは次々とリッチの手下へと変わっていった。

 王族は国を捨てちりじりに逃げたが、その中の王子が大魔導士と黒龍と共にリッチを倒しジマの国を取り戻したという事だった。


 そしてその時に判明したのがそのリッチに協力したのが秘密結社ジュメルだったという。


 ジマの国の守護者である黒龍を捕らえ呪うための協力をその秘密結社ジュメルはしていたらしい。

 あの黒龍を呪うだなんて、まさしく女神に匹敵する所業だ。



「秘密結社ジュメルはジマの国だけでなくイザンカ王国の内乱の影にも潜んでいたと言われています。それを陰ながら阻止してきたのが黒龍様をはじめとする今の女神様たちと聞いていました」


「女神様が?」


 今の女神様は人の世界に極力関与しないと言われている。

 人の世界は人の力によって平和を保たなければならないとも言っている。

 それは女神と言う存在が実在するこの世界で、世界の主役となるが人間なので女神の力にばかり頼るのではなく、自立を促しているようにも聞こえる。


 生前の私たちの世界では「神」と言う存在なんて信じる人の方が少なくなっていた。

 いくら拝んで崇拝して、そして頼っても私たちの世界の「神」は何も言ってくれないし、してくれない。

 たまに神の声が聞こえたなんてオカルトまがいの宗教法人もいるけど、はたから見ていれば結局上層部の連中だけがうまい汁を吸っているようにしか見えない。


 それはあの世界での大手宗教団体も同じにしか見えなかった。


 だから日本人は「神」を信じる人は少ない。

 慣習的に檀家だとか神社があるからとかお参りとかに行ってるけど、その実決まった時期のイベント程度にしか感じていない。


 あの世界では「神」などと言うあやふやな存在はその力を人々の前には示してくれないからだ。



 しかしこの世界は違う。

 「神」、そう女神が実在している。

 しかも現在の女神様は元は人族だったという。



 「破壊と創造を司る女神様」。



 古い女神様から十三番目の女神様。

 歴代最強とも謳われ、「豊穣の女神」、「子宝の女神」、「育乳の女神」、「雷鳴の女神」、「慈愛の女神」、「無慈悲の女神」などなどいろいろな呼び名であらわされている女神様。


 数年に一度選ばれた偉人がドドスの女神神殿より天界に「鋼の翼」と言う空飛ぶ船で謁見できるという、実在する女神様。


 そんな女神様が陰ながら世界の為に動いていた?



「実際に黒龍様がジマの国にお戻りになられていません。『女神の伴侶』とされるシェル様も姿をくらました…… そして世界を覆うこの混乱はエル殿の言う通り何かが動いているとしか思えません。そしてドドスの女神神殿から天界への謁見中止。やはり女神様も裏で動き始めている可能性がありますね」


「女神様が世界の為に裏で動いている…… そうするとやっぱりこの混乱も?」


「それを確認するためにはエル殿の言う通り学園都市ボヘーミャへ向かうというのは妥当かと思われます。そして私たちも南ルートでイザンカ王国を目指すなら学園都市ボヘーミャも通りますからね」


 そう言いながらマリーは荷物をまとめ上げた。

 私も自分の荷物をまとめ窓の外を見る。



「秘密結社ジュメル…… また厄介なことになりそうだなぁ……」



 こういう悪い予感だけはよく当たる。

 そしてふと、あの駄女神の姿を思い出す。



「美男子たちの、はぁはぁ♡ はどこ行ったんだよぉ~」





 私のそのつぶやきは誰にも聞かれることはなかったのだった。


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