第4話 女子中学生は任せろと言ったな。あれは嘘だ。
バイトがない休日は昼過ぎから始まる。
というのも、大抵の場合は夜更かしをして寝るのが明け方になるからだ。夕飯を適当に食べて、ゲーム機を起動して、途中でシャワーを浴びて、ゲームを再開して――限界になったらベッドに倒れ込み気絶したように眠る。
起きたらまたゲームをやって、途中で食べ物を口にして――。
充実感と楽しさの代償に、健康が失われていた。自分でも危険だとわかっていたが、変えようにもきっかけがない。
これ以外にしたいことはないから、これだけは許してほしい。そんな気分だった。自分の身体が壊れても、わりとどうでもよかった。破滅的というか、諦めに近い。
それでも何日かに一回は、このままじゃダメだと思い直し、まともな食事、睡眠を確保する。そうやってバランスを取るから、身体は不調を示さない。
繰り返しの日々は、終わるのだろうか。
三月の初旬。
前の家での生活を終えて、新しい場所での暮らしが始まる。
◇
「よし。これで最後ね」
穂村さんの車から荷物を降ろし、玄関先に並べる。春が近づき、雪もほとんど溶けたから作業がしやすい。
「ありがとうございました」
「いいのよ。来てくれて嬉しいわ」
なにかの冗談、夢かドッキリかと疑っているが、どうやら本当にシェアハウスで住むらしい。サインしたのは自分なのに、実感が一つもない。
「それにしても、荷物少ないわねー」
「うまいこと処分できたので」
車で二往復。それだけで、元の家は空っぽになった。
引っ越しするにあたって、家具や本、使わなくなった教科書は売りに出した。今の時代は、中古品を処分するのも楽でいい。
物を捨てたら、過去の自分を捨てたような気がして清々しかった。
「そういえば、古河さんは外出してるんですか?」
「今日は歓迎会をするから、買い出しって。朝から張り切ってるのよね」
「へえ……」
歓迎会か。そんなのを開いてくれるなんて、いい人がすぎるぜ。
ここで『もしかして俺のことが好きなのか⁉』みたいになるやつは一般モブ男。俺くらいの上級モブ男になると、だいたいの真実を冷静に判断できる。
「絶対、美味しいもの食べる口実にしてますよね」
古河さんの目的は、俺の歓迎もあるだろうが――きっと最大の目標は食だ。そんな気がする。
穂村さんは腕組みをして、こくりと頷く。
「鋭いわね、まひろん」
「まひろん⁉」
「私のことは気軽にマヤたんと呼んでいいわよ」
「マヤたん⁉」
この距離の詰め方、もしかして俺のこと好きなのか⁉
古河さんの話をしていたのに、急に呼び名のことになっている。だが、当のマヤたん?は真剣な表情で、こめかみを叩く。
「困るのよね、穂村さんって呼ばれると会社にいるみたいで。うっ……上司のストレスが」
「唐突に闇ぶっ込んでくるじゃないですか」
「だから、家くらい下の名前で呼ばれたいのよ。他の皆もそうしているわ」
他の皆もそうしている。
日本人なら絶対にあらがえない、この同調圧力――ってのも含めて冗談だろう。向こうが名前で呼んでいいと言っているのだ。素直に頷いておく。
「わかりました。マヤさん」
「それでいいわ」
「その代わり、まひろんはやめてください」
◇
荷ほどきが一段落したのは夕方。部屋が薄暗くなり、電気をつけた頃合い。
最優先でテレビとゲーム機を設置し、ここをキャンプ地とした。それだけあれば生きていける。
廊下に出ると、下からいい匂い。つられて階段を降り、リビングに入る。
そこにいたのは――
「えっ、新しく来る人って男の人なんですか⁉」
聞いたことのないソプラノ。咄嗟にドアの陰に身を隠す。
もしかして……いやもしかしなくても、三人目の同居人? 三人目も女性なんですか?
そういえばマヤさん、一人は春休みの間は帰省してるって言ってたな。
ということは、今、この家に男は一人だけ?
肩身せまっ!
男同士でもぷかぷか浮き上がる俺が、ガールズトークに入れるか? 否。無理だ。絶対に無理だ。百合の間に挟まる男よろしく滅される。
会話の相手はマヤさん。大人の女性の、落ち着いた声。
「なに驚いているのよ
「でも……
それはほんとにごめん。
「そんなの、聞かなかった柚子に非があるんじゃないの?」
「うっ……」
そっとドアの隙間から中を覗く。
柚子と呼ばれたほうの女の子は――。
見間違いかと思って目を擦る。だが、どうやら間違ってはいないらしい。
ツインテールで、マヤさんよりずっと背が低くて、表情は幼さが強い。
え……何歳?
高校生にもなっていなそうな少女だった。個別指導のバイトで受け持っている中学生と、だいだい同じくらいか。
そうなると、中学生?
俺、女子中学生とも一緒に住むの?
それなんて罪状?
「呼んでくるから、ちゃんと挨拶しときなさい」
マヤさんがこっちに来る。まずい。慌ててドアから離れ、今来たふうを装う。
半開きのドアからマヤさんが顔を出す。
「あれ、荷ほどきは終わったの?」
「だいたい終わりました」
「そ。なら、中に入って。紹介するわ。姪の
落ち着け、戸村真広。
確かに俺は人との関わりを避けたが、バイト先は個別指導。なんなら女子中学生の生徒も持っている。
女子中学生なら俺に任せてください。そういうメンタルで行こう。
不信感に満ちた瞳を向けてくる七瀬さんに、まずは一礼。
「よろしくお願いします。戸村真広です」
「私に関わらないでください」
俺の横を通り抜けて、七瀬さんはリビングを出ていく。
誰だよ女子中学生なら大丈夫とか言ったやつ。即死じゃねえか。
「はぁ……まったく、あの子は」
マヤさんは深くため息を吐いて、一言。
「ま、仲良くしてあげて」
「無理では?」
無理だと思います。
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