第2話 シェアハウス……俺が?
それから俺がなにをしていたかというと、やはりなにもしなかった。家に帰ってゲームをして、バイトの金でゲームを買って、少しだけマシな食事をするようになった。
一人でいるのは楽で、簡単だ。向いているのかもしれない。皆で遊ぶときは気遣い八割、楽しみ二割だったのが、自分だけなら楽しみに十割の意識を割ける。
昔のグループから声を掛けられることはあったが、適当な理由で断り続けた。急に態度を変えたから、戸惑わせたかもしれない。けどそれも、どうでもよかった。
再びケーキの彼女と話すことになったのは、二月。迫り来る期末テストに向けて、一人で図書館にいたときだった。
図書館の一階はカフェのような空間で(自販機しかないが)、飲食も会話も許されている。俺は一人だが、あんまり堅苦しいのも嫌なのでよくここにいる。
「おっ、戸村くんじゃん。久しぶりだね」
「あ。お久しぶりです」
この時に至ってもまだ、俺は彼女の名前を知らなかった。一人でいると入ってくる情報はほとんどゼロだ。
「勉強だよね……期末、ヤバいもんね」
「ヤバいな」
「有機化学ほんっとに難しくない?」
「ああ。マジでヤバい」
「ヤバすぎだよね」
「ヤバすぎだな」
丸一ヶ月の間、人とのコミュニケーションを減らしたせいで、語彙力が平成のギャルくらいまで落ちてしまっている。違うところがあるとすれば、彼女たちのほうが表情豊かだということだ。
「戸村くん、今日も一人?」
無邪気な問いがクリティカルヒットする。表情豊かな女の子って防御力無視してくるよね!
「ぼっちなので」
「あ、いや、ごめんね。そういうつもりじゃなくて」
ぱたぱたと手を振って否定する。うわっ、リアル女子の反応可愛いな。
「戸村くんって、どこに住んでるの?」
「家」
「いやそうじゃなくて! 一人暮らし?」
「まあ、そうかな」
「彼女さんは?」
「クリスマスを見てもらえればわかると思います」
「趣味のほうは?」
「ゲーム。……えっと、これってなんかの面接?」
「面接です。ちょっと人を探しててね」
面接なのか。なんの?
まあいいや。もう少し付き合ってみよう。
「恋愛をしようと思っていますか?」
「絶対にない。恋愛だけはマジでないと思ってる」
きらっ、と彼女の目が光った。その答えを待っていた! と言わんばかりに。
「恋愛には興味ない?」
「あんな対人関係の極限みたいなこと、したいとは思わない。……絶対疲れる」
誰かと遊びに行くことすら、最近では億劫に感じる。恋? バカ言うなよ。俺はゲームの推しで十分だ。
「そんなあなたにお願いがあります!」
「えっ……なに、怖い」
ずいっと顔を寄せてくる彼女に、つい素が出てしまう。本気でダルそうな声が出た。
だが、それを気にする様子はない。メンタルつえーなおい。
「戸村くん、うちに引っ越してこない?」
「…………」
時間が止まったかと思った。
引っ越す。引っ越す。うちに。うちに。
これはなにかの暗号だろうか。危ない薬を受け渡すときの隠語ってやつか?
「俺、エスとかスピードとかのことはよく知らないです」
「なんの想像してるの!? 私はただ、一緒に住もうって言ってるだけなのに!」
「とんでもねえこと言ってるじゃん!」
ただで済ませられる問題じゃないから。絶対違うから。なんならまだ薬物の引き渡しのが現実感あるから!
「そんなに嫌? ……私と暮らすの」
「だってそもそも、俺たちあんまり関わりないし」
「関係ないよ。そんなことは」
「関係ないんだ⁉」
あんまり知らなくてもいけちゃうタイプなんだ。ビッチかよ。だとすればあのコミュ力の高さも納得ができる。
そうか。となると恋愛感情を持たれると厄介だから、俺が都合がいいと。
「いやあの……体だけとか、もっとあり得ないんで」
「どんな想像してるの⁉」
「え、だってそういうことじゃん」
「違う違う。待って、戸村くんはシェアハウスをなんだと思ってるの?」
「シェア……ハウス」
ハウスは英語で家という意味だ。
家とは自分の生活圏。誰にも侵されることのない(友人がいる場合は侵される)神域。ゲームやり放題の天国。
シェアは共有するという意味。うん。受験のときに勉強したね。
「家って、シェアするものではなくないか?」
そういうのはもっとこう、キャピキャピ青春男女でちゅっちゅみたいな奴らがやることであって、俺みたいなドロドロ廃人ゲームで二徹。みたいな人間とは正反対のものだろう。
「シェアできるんだよ。ちゃんとプライバシー確保できるし、家賃安いし、光熱費折半だし」
「家賃が、安い……だと?」
ぐらりと心が揺れた。今住んでいる家、正直言ってけっこう高いんだよな。あれのせいでバイトもしなきゃいけなくて、ゲームが捗らない。
引きこもりライフの充実には、やはり節約は欠かせないのだ。今の場所に、残りの三年間住み続けるのは大変だろう。
「学校からも近いです」
「なるほど」
「こちらとしても男手があると生活が楽になるかなー。みたいな感じなので、ご一考頂けると」
「家賃、いくら?」
「光熱費込みでだいたい四万円かな」
「や、安い」
今のところの半分……まではいかないが、格安なのは間違いない。
「その他設備は?」
「お風呂トイレは男女別、キッチンとリビングは共用。冷蔵庫はおっきいのが一つで、自分の部屋はゆったり七畳クローゼット付き! ゴミ出しは当番制!」
「対人関係は?」
「別に喋らなくてもオッケーです!」
安くて部屋の広さも十分あり、学校からも近い。おまけに煩わしい人間関係もなさそう。人を避けてはいるが、少しの会話くらいならできるし。それで家賃が数万単位で減るなら……。
シェアハウス、お前もしかしてぼっちに優しいのか。
「どうです? 今がお買い得ですよ」
「……今度見に行ってもいいか?」
「もち!」
とりあえず見学だけしてみよう。
断るのは自由だし。なにより、彼女には恩があるし。
「ところで、……えっと。名前教えてもらっていいかな?」
「知らなかったの⁉」
「ごめんなさい」
「一方的に知ってたとか、恥ずかしすぎて逃げたい……うぅ」
「ほんとに申し訳ない」
「いいのいいの。私は
「古河さんか。覚えた。いちおうだけど、俺は戸村真広」
恩人の名前くらいは忘れないでいよう。
見学の日は、その次の日曜日になった。
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