引きこもりたい俺を、シェアハウスの女子が放っておかない

城野白

第1話 独りのクリスマスにもらったケーキ

 俺はたぶん、なにかしらの点で致命的にズレている。





「ねーねークリスマスどーする?」

「そりゃパーティーっしょ。あれ? こん中にリア充っていたっけ?」

「なーし!」

「決まりだな。ってことで、真広もいいだろ?」


 大学に入学して、最初の文化祭で仲良くなった男女の五人グループ。


 長谷伸也、大友加代、仁科千景、安藤治雄。


 で、ついでに一人入っているのが俺。戸村とむら真広まひろ


 俺は知っている。長谷と大友が付き合っていることを。仁科と安藤が両想いであることを。クリスマスに集まる理由など、俺がいるから以外に存在しないことを。


「あー、クリスマスね。クリスマス」


 俺の役割は、車の運転とか料理の準備とか、店の手配とか……まあ、面倒臭いこと全般だ。それをやらないと存在意義?みたいなのがわからなくなっていたし、たぶんそれ以外にない。端的に言えば、浮いている。


 優しいっていうのだろうか。解雇通知は来てないけど、まあ、なんとなく雰囲気はあるわけで。五人で歩いていると、自然と俺が最後尾になるし。この間四人だけでカラオケ行ったのも知ってるし。


 まあ、なんつーか。あれだ。


 気を遣ってもらっている以上、裏切りだとか怒る気もしないし。嫌いならそう言やいいのになくらいで。いやむしろ気がつけってことなのかとか思ったりしてさ。


「バイト入れてるんだわ。ほら、時給良くなるから。だから俺抜きで頼む」


 そんなこんなで、離れたわけだ。





 イブの夜は、猛吹雪になった。


 マフラーに顔を埋めて、手袋に包んだ手をジャンパーのポケットに突っ込み、下を向いて歩く。個別指導のバイトが終わったのは夜の九時で、受験生はこんな日でも頑張ってるな、などと思う。


 別に俺、受験生じゃないんだけどな……。


 そう思った途端に、足が止まった。橋の上。下にある川は、深い闇に沈んで見えない。


 希望を持って入学して、一年。これが俺の答えか。クリスマスにバイト。帰ってカップ麺。寝て起きて、死んだような毎日。


 正月は実家に帰らない。冬休みが始まって、大学が終わっても、もう一人でいよう。一人でいれば、寂しいとすら感じない。一番辛いのは、集団の中で一人になることだ。


「……ばっかみてえ」

「なにが?」


 独り言のつもりだった。だから、横から投げ掛けられた声に驚く。

 ぱっと見ると、知っている顔。といっても、学科が同じだけで接点はないけど。


「君、戸村くんでしょ。こんなとこにいると風邪引くよ」


 明るいブラウンに染めた髪に、白いマフラー、ベージュのコート。ぱっちりした目は輝いて、頬は健康的な朱に染まっている。彼氏に会いに行くのだろうか。手にはケーキの箱らしきものがあって、惨めな気分になる。


「関係ないだろ」

「関係ないよ。でも、風邪を引くのは良くないことでしょ」


「…………」


 当然のことだと、彼女は言う。


「それとも、自殺するつもりだった?」

「まさか」


 生きたいわけじゃないけど、死ぬほどでもない。そんな曖昧な状態で、ふらふらと漂っている。


 この状態を大丈夫とは言わないのだろうが、大した関わりもない女の子の足を止めるわけにはいかない。彼女はこれから、楽しい夜を過ごすのだろうから。


「クリスマスを一緒に過ごす相手がいなくて、やさぐれてただけだ。心配掛けて悪かった」

「そ。じゃあこれあげるよ」


 ん。と差し出されたのは彼女が持っていた箱。


「……え?」

「バイト先でもらったケーキ。美味しいよ」


「いや、もらえないだろ」

「いーのいーの。どうせ家うちには私が焼いたのあるし。これ以上食べたら太っちゃう」


 半ば押しつけるように、俺の手に渡してくる。ちゃんと持ったのを確認すると、くるっと踵を返して手を振ってきた。


「いいことあるよ。メリークリスマス」

「あ、ありがとう。メリークリスマス」


 軽やかで温かい言葉を投げて、彼女は雪の向こうへ消えていった。


 家に帰って食べたケーキは、今までの人生で一番美味かった。


 新学期が始まったら、お礼を言おうと思った。名前も知らない彼女は、同じ教室で授業を受けている。

 それで終わりだ。そう思っていた。





 美味いケーキを食べた後俺がどうしたかというと、まあどうせ一人だしゲームでもやってみるかと思って電気屋に行き、そのままロールプレイングゲームというものにドはまりした。


 いわゆる勇者になって魔王を倒すヤツだ。あれがたまらなく面白かった。


 冬休みが二週間ほどあって、だいたい百五十時間くらいプレイしていたと思う。あっという間に時間は過ぎ去り、大学が再び始まる。


 ケーキの女子はだいたい、講義室の左前列に座っている。近くに座ったりすると迷惑をかけるかもしれないので、授業終わりに軽く済ませてしまおう。


 所属していたグループからは距離を取って(少し不思議そうにされたが、追及はされなかった)、久々の講義を受ける。


 大学の講義というのは何人かで受けるものだと思っていたが、案外そんなこともないらしい。それはそうだ。俺がどうしていようと、講義の内容が変わるわけじゃない。


 九十分が終わって、教授が退出する。荷物をぱっとまとめて去ろうとした例の女子のところへ。


「あ、あの」

「おー。戸村くんじゃん。元気してた?」


 明るい髪色の彼女は、やはり軽やかに応じてくる。


「おかげさまで。これ、あの時のお礼」

「え、お礼!? 気にしなくていいのに」


 鞄から用意していた物を出す。向こうはバイト先でもらった物だと言っていたし、あんまり本気のお返しをするのも気が引ける。


 パッと食べて、スッと忘れてもらえるようなものがいい。


「ただのラスクなんだけど」

「ラスク!」


 彼女は目を輝かせて、小包を両手で受け取った。


「え、ラスクだよね。やったぁ。今食べていい?」

「いいけど」


「いただきまーす。うわっ、美味しい。やっぱりシナモンだよねぇ」


 ラスクでこんなに喜ばれるとは思わなかったので、わりと困惑してしまう。なにこれ演技? いやでも、演技でここまでやるか? わからん。女子わからん。人間わからん。


「一個食べる?」

「え、いや。俺はいいよ」


「そんなこと言わずに。はい、お一つどうぞ」

「……じゃあ」


 家の近くのパン屋で買えるので、定期的に食べているものだ。今じゃなくたって食べられるのだけど。


「うまいな」

「だよね。戸村くん、センスいいよ」


「ども」


 口ごもってしまうのは、この冬休みに思いっきり引きこもっていたからだ。対人コミュニケーション能力はキャラのステータスに譲った。


「それじゃね。ラスクありがとー」


 手を振って彼女は去って行く。

 結局俺は、名前すら知らないままだ。まあ、それでいいだろう。


 あんまり優しくされると、好きになってしまうからな。

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