引きこもりたい俺を、シェアハウスの女子が放っておかない
城野白
第1話 独りのクリスマスにもらったケーキ
俺はたぶん、なにかしらの点で致命的にズレている。
◆
「ねーねークリスマスどーする?」
「そりゃパーティーっしょ。あれ? こん中にリア充っていたっけ?」
「なーし!」
「決まりだな。ってことで、真広もいいだろ?」
大学に入学して、最初の文化祭で仲良くなった男女の五人グループ。
長谷伸也、大友加代、仁科千景、安藤治雄。
で、ついでに一人入っているのが俺。
俺は知っている。長谷と大友が付き合っていることを。仁科と安藤が両想いであることを。クリスマスに集まる理由など、俺がいるから以外に存在しないことを。
「あー、クリスマスね。クリスマス」
俺の役割は、車の運転とか料理の準備とか、店の手配とか……まあ、面倒臭いこと全般だ。それをやらないと存在意義?みたいなのがわからなくなっていたし、たぶんそれ以外にない。端的に言えば、浮いている。
優しいっていうのだろうか。解雇通知は来てないけど、まあ、なんとなく雰囲気はあるわけで。五人で歩いていると、自然と俺が最後尾になるし。この間四人だけでカラオケ行ったのも知ってるし。
まあ、なんつーか。あれだ。
気を遣ってもらっている以上、裏切りだとか怒る気もしないし。嫌いならそう言やいいのになくらいで。いやむしろ気がつけってことなのかとか思ったりしてさ。
「バイト入れてるんだわ。ほら、時給良くなるから。だから俺抜きで頼む」
そんなこんなで、離れたわけだ。
◇
イブの夜は、猛吹雪になった。
マフラーに顔を埋めて、手袋に包んだ手をジャンパーのポケットに突っ込み、下を向いて歩く。個別指導のバイトが終わったのは夜の九時で、受験生はこんな日でも頑張ってるな、などと思う。
別に俺、受験生じゃないんだけどな……。
そう思った途端に、足が止まった。橋の上。下にある川は、深い闇に沈んで見えない。
希望を持って入学して、一年。これが俺の答えか。クリスマスにバイト。帰ってカップ麺。寝て起きて、死んだような毎日。
正月は実家に帰らない。冬休みが始まって、大学が終わっても、もう一人でいよう。一人でいれば、寂しいとすら感じない。一番辛いのは、集団の中で一人になることだ。
「……ばっかみてえ」
「なにが?」
独り言のつもりだった。だから、横から投げ掛けられた声に驚く。
ぱっと見ると、知っている顔。といっても、学科が同じだけで接点はないけど。
「君、戸村くんでしょ。こんなとこにいると風邪引くよ」
明るいブラウンに染めた髪に、白いマフラー、ベージュのコート。ぱっちりした目は輝いて、頬は健康的な朱に染まっている。彼氏に会いに行くのだろうか。手にはケーキの箱らしきものがあって、惨めな気分になる。
「関係ないだろ」
「関係ないよ。でも、風邪を引くのは良くないことでしょ」
「…………」
当然のことだと、彼女は言う。
「それとも、自殺するつもりだった?」
「まさか」
生きたいわけじゃないけど、死ぬほどでもない。そんな曖昧な状態で、ふらふらと漂っている。
この状態を大丈夫とは言わないのだろうが、大した関わりもない女の子の足を止めるわけにはいかない。彼女はこれから、楽しい夜を過ごすのだろうから。
「クリスマスを一緒に過ごす相手がいなくて、やさぐれてただけだ。心配掛けて悪かった」
「そ。じゃあこれあげるよ」
ん。と差し出されたのは彼女が持っていた箱。
「……え?」
「バイト先でもらったケーキ。美味しいよ」
「いや、もらえないだろ」
「いーのいーの。どうせ家うちには私が焼いたのあるし。これ以上食べたら太っちゃう」
半ば押しつけるように、俺の手に渡してくる。ちゃんと持ったのを確認すると、くるっと踵を返して手を振ってきた。
「いいことあるよ。メリークリスマス」
「あ、ありがとう。メリークリスマス」
軽やかで温かい言葉を投げて、彼女は雪の向こうへ消えていった。
家に帰って食べたケーキは、今までの人生で一番美味かった。
新学期が始まったら、お礼を言おうと思った。名前も知らない彼女は、同じ教室で授業を受けている。
それで終わりだ。そう思っていた。
◇
美味いケーキを食べた後俺がどうしたかというと、まあどうせ一人だしゲームでもやってみるかと思って電気屋に行き、そのままロールプレイングゲームというものにドはまりした。
いわゆる勇者になって魔王を倒すヤツだ。あれがたまらなく面白かった。
冬休みが二週間ほどあって、だいたい百五十時間くらいプレイしていたと思う。あっという間に時間は過ぎ去り、大学が再び始まる。
ケーキの女子はだいたい、講義室の左前列に座っている。近くに座ったりすると迷惑をかけるかもしれないので、授業終わりに軽く済ませてしまおう。
所属していたグループからは距離を取って(少し不思議そうにされたが、追及はされなかった)、久々の講義を受ける。
大学の講義というのは何人かで受けるものだと思っていたが、案外そんなこともないらしい。それはそうだ。俺がどうしていようと、講義の内容が変わるわけじゃない。
九十分が終わって、教授が退出する。荷物をぱっとまとめて去ろうとした例の女子のところへ。
「あ、あの」
「おー。戸村くんじゃん。元気してた?」
明るい髪色の彼女は、やはり軽やかに応じてくる。
「おかげさまで。これ、あの時のお礼」
「え、お礼!? 気にしなくていいのに」
鞄から用意していた物を出す。向こうはバイト先でもらった物だと言っていたし、あんまり本気のお返しをするのも気が引ける。
パッと食べて、スッと忘れてもらえるようなものがいい。
「ただのラスクなんだけど」
「ラスク!」
彼女は目を輝かせて、小包を両手で受け取った。
「え、ラスクだよね。やったぁ。今食べていい?」
「いいけど」
「いただきまーす。うわっ、美味しい。やっぱりシナモンだよねぇ」
ラスクでこんなに喜ばれるとは思わなかったので、わりと困惑してしまう。なにこれ演技? いやでも、演技でここまでやるか? わからん。女子わからん。人間わからん。
「一個食べる?」
「え、いや。俺はいいよ」
「そんなこと言わずに。はい、お一つどうぞ」
「……じゃあ」
家の近くのパン屋で買えるので、定期的に食べているものだ。今じゃなくたって食べられるのだけど。
「うまいな」
「だよね。戸村くん、センスいいよ」
「ども」
口ごもってしまうのは、この冬休みに思いっきり引きこもっていたからだ。対人コミュニケーション能力はキャラのステータスに譲った。
「それじゃね。ラスクありがとー」
手を振って彼女は去って行く。
結局俺は、名前すら知らないままだ。まあ、それでいいだろう。
あんまり優しくされると、好きになってしまうからな。
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