4-6


 ラシャとシュリ、ロナの怪我の治療のため、ウサマ堂に四人は上がり込んだ。

 関係者以外立ち入り禁止の看板を無視し、大丈夫かと危ぶむラシャとスエを他所にシュリは肩をすくめる。


「ここは特に人が来ることのないお堂です。巷ではお堂が派手ではないので観光客が寄り付かないと言われてますが、実際は呪いの噂があるせいですね。お堂には怪物が住んでいて、怪物と会うと翌朝には殺されてしまうとか。雑な都市伝説ですが、人は寄り付かなくなったようです」


 スエが「それはそれで怖い」とぼやくのをラシャは聞いた。

 スエがまずシュリの木工デバイスを修理し、スエとシュリの二人がかりでラシャの両手足を修理する。

 ラシャの治療をしながらシュリが疑問を口にする。


「良かったんですか? もしも拙が本当にあなた達を害する者であれば、拙から直すのは悪手です」


 ラシャは大きなため息をわざとらしくついて見せる。


「もし本当に悪人でれば、そんなことわざわざ聞かないんじゃないの」

「それはそう、とはいえ、教育係だった者からすると心配になるものでしょう」

「ああそりゃもう、間違えばゲンコが飛んでくるような愛ある教育係でしたもんね!」

「拳骨を受けねばならぬことをしたからです」

「説教の仕方ってもんがあるでしょ!? ほんと言葉足りないんだから!」


 スエはそんな二人のやり取りを見てふと思ったことを口にした。


「もしかして、ラシャさんが敬語で私に話してたのって、シュリさんを真似てたりしました?」

「は!? な、違、スエさん!」


 妙に取り乱して否定するラシャと、それを無視して作業を続けるシュリをスエは微笑ましく思った。

 そうして修理や傷の手当をする最中、お互いの情報のすり合わせを行う。どうやら、ナカン僧正は末期に「寺を襲ったのはシュリだ。仇をとってくれ」とラシャを焚きつけていた。

 ラシャはまだ信じられないといった調子で首を振る。


「ナカン僧正は確かにそう言った。だから、シュリ兄の修行先であるヘイスイ市をすぐに目指したんだ。でも、体は思ったように動かなくてヘイスイにたどり着くのもやっとだった。それに何とかたどり着いてもシュリ兄はもういなかった」


 シュリはラシャに名前を呼ばれて笑みをこぼした。だが、会話の内容が嘘ではないと示すためにすぐに頬を引き締める。


「その頃は、拙は家出した怪我人を沙羅しゃら寺周辺で探していましたから、何より何が起きていたのかをあの頃は知る由もなかった。拙の落ち度です」


 暗に責められラシャは気まずそうにする。それを感じ取ったのかシュリが付け加える。


「仕方がありませんよ。ラシャの視点では拙は帰ってきていなかったのですから」


 そして、シュリはウサマ堂の仏像をしげしげと眺めながら語る。 


「あの日、鬼の血ドライブの培養槽が暴走し、寺に居た者たちの命を奪ったのだと気付いたのは、ナカン僧正を埋葬した後のことでした。おそらく、ドライブのことを知っていたのはナカン僧正とその周囲、一人か二人ほどで、残りは全員まともに修行に励む者だったと拙は考えています。推測ですが……ラシャに拙を仇と吹き込んだのは、ドライブの事に拙がたどり着くと予測し、拙の始末を暗に指示したのでしょう。しかし、それでも謎が残ります」


 シュリは視線を落とす。


「何故、ナカン僧正はラシャを助けたのか。何のために助ける必要があったのか。命を賭してまでラシャの手足を完成させたのか……どちらにしろ、言えることは一つです」


 そして視線はラシャに向く。その眼差しは、親身に、ただ家族を心配するものだった。


「旅はここでお止めなさい。拙を仇として、旅を終えるのです。拙はお前に、旅を続けて欲しくはない」


 その話をラシャは遮る。


「ああ、ああもう! ここまで来て終えられるわけがないでしょ? まして、この旅は僕だけの物でもないんです」


 そう言ってスエを見る。スエは半ば虚を突かれたようにどぎまぎし、申し訳なさそうに自身の都合を話す。それを聞いて、シュリは申し訳なさそうにスエに頭を下げた。


「返す返す申し訳ない。ドライブの出どころは間違いなく沙羅しゃら寺です。ナカン僧正が関わっているのは間違いありません。つまり、我々はあなたの仇に最も近い」


 スエは首を振る。


「いえいえ、そんな。頭を上げてください。話を聞くに、シュリさんもラシャさんも、ドライブが何か解って手を貸していたわけでもないようですし、仇とは違います」

「しかし……」

「私がそう言うんです。ですから、あなた方は私の仇ではありません」


 そう言って微笑むスエに、シュリは頭を上げずに今一度謝意を示した。


「ですがそうであるならば、やはり、旅はここまでの方が良い」


 その様子に、ラシャとスエはお互いに見合わせ、そして疑問を口にする。


「シュリ兄、頭を上げて。まだわからないことがある」


 そう言いながら、ラシャはロナに目をやる。ロナはラシャに見られて首をかしげてみせた。


「シュリ兄は何を隠してるの? その隠し事は、僕らに旅を止めるように迫ることと関係があるんじゃなの?」


 その一言に、シュリの表情はこわばる。そして、口を開いては閉じ、首を振って苦笑いをする。


「質問の範囲が広すぎますね。ええ、例えば、戦闘中にあなたの肩を切って手を突っ込んだのは、心臓の神木デバイスの調整のため、とかは隠してましたが……そういうこと以外に、というのでしょう?」


 シュリの困ったような視線に、ラシャは口を真一文字に結んで応える。シュリはため息をつく。


「解りました。しかし、語るためには勇気が必要でして。一晩、考えさせてもらえますか?」


 ラシャはがっかりしたとばかりに悪態をついた。


「なんだそれ!」

「まあまあ、あなたちに語って聞かせたいことが山ほどあるんです。一晩でも足りるかどうか」


 シュリは申し訳なさそうに、しかし楽しそうに微笑んだ。それに対してラシャはどこか拗ねたように返す。


「んなのね、こっちだって語るネタぐらいあるんだから! この間なんてピンクモヒカンの女の人が居て……」

「個性的な人の話も良いですが、ラシャはナノマシンの扱いが成っていません。基礎だけでもこの際に学びなさい」

「今!? そういう話の流れじゃなかったよね!?」


 そうして、ウサマ堂に間借りしてラシャとシュリは一晩語り明かした。他愛ない話を多く重ね、時に大事な話をして、寝物語とした。

 その話に耳を傾けながら、どこか幸せをお裾分けされながらスエは眠りに着いた。



 だが翌朝、シュリは何者かに首を斬られて死んでいた。

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